025 ソウル・マジック

 その吐き気のする光景に、エミリアは目を剥いた。ウィオレンティアが自身の影を引き裂き分離したソレに、彼女は恐怖を覚えた。

 そこに現れたのは、人間だった。

 呻き声を発しながら歪んだ体を動かす、壊れた人形のような“人間“だったのだ。


「『影使い』──この魔法は“呪いの魔法”だ。影を操って人を支配し、影を切り刻んで相手を殺す。そういう呪法が本来の使い方であり基本だが、私はそれ以外にもこの魔法を使いこなすことができる!」

「貴様……」

「私はな、影に人間を取り込んで呪い殺す奥義を応用し、人間を、部下・・を影にして保管する術を身につけたのだ!」


己の力量を語る女に、エミリアは怒りの言葉をぶちまけた。


「ふざけるな!何が、身につけた、だ!味方・・を自分の影に取り込むだと!?“人を呪い殺す空間”に、仲間を放り込むなど正気の沙汰ではない!今貴様が吐き出した部下を見ろ!どいつもこいつも人の精神を保っていない!」

「そうだとも!!だからこそ都合がいい!だからこそ使えるのだ!

 頭の回らない精神を狂わせ、私に意見することなく、命尽きるまでただ命令に従順であるこの状態こそが、我が手足になるにふさわしい!!」


 その言葉にエミリアは激昂し、狂気に満ちた女を睨みつけた。


「外道め──」

「言っていろ。何にせよお前はここで終わりだ。

 だが、私を侮辱したんだ。ただこの影で殺すのも面白くない。貴様のソウル・ブレイカーを魂喰者ソウル・イーターとしての格の違いを見せてやろう。」

「!」


ウィオレンティアの顔を巻く黒い包帯が、歪な笑みを浮かべた。


「ああ、そうだとも。ソウル・ブレイカーを破壊されることが何を意味するか、わかっているだろう?」


黒い女が、部下にんぎょうとともにゆっくりとエミリアに近づく。


「ソウル・ブレイカーは禁忌の武具だ。そして禁忌と名のつくものを使用するためには大体リスクが伴うように、ソウル・ブレイカーも例外ではない。他人の魂を破壊するという莫大な利益の対価として、我々魂喰者ソウル・イーターは己の魂を賭け金としてこの武具に支払っている。

 故に、魂喰者ソウル・イーターはソウル・ブレイクを使用する度に。そしてソウル・ブレイカーを手放した時、。」

「……」

。それがソウル・ブレイカーの正体だ。ソウル・ブレイカーは武器が持ち主を決める“契約武具“。故にこの代償は絶対だ。だからこそ魂喰者ソウル・イーター同士の戦いは、が肝であり、それを為せる者こそが真の強者ソウル・イーターであることを意味するのだ!」


ウィオレンティアの手のひらで、毒々しい短剣がギラリと光る。


「私は貴様のソウル・ブレイカーを破壊し、確実にお前を魂ごと粉砕して抹殺する。」

「……その短剣が、お前のソウル・ブレイカーか。」

「そうだとも。魂を引き裂く研ぎ澄まされたこの刃こそ、私のソウル・ブレイカーだ。貴様のような、ソウル・ブレイカー自身が武器になれないような、ちんけなものじゃない。」

「……なに?」

「だってそうだろう?貴様のソウル・ブレイカーは“矢”ではなく“弓”。弓では剣を叩き切ることなどできないからな。ソウル・ブレイカーを破壊することはできない。」


 ウィオレンティアは両腕を広げ、高らかに嗤った。


「そうとも。だから、お前たち飛び道具を使う魂喰者ソウル・イーターは弱いのだ!

 お前たちの使う遠距離型のソウル・ブレイカーは確かに武具ではあるが、そのものに刃がついていない!

 いかにソウル・ブレイカーが魂喰者ソウル・イーターの魂と繋がって“魂そのもの”になっていようと、ソウル・ブレイカーは魔法ソウル・ブレイクを無効化する。

 故に!“魔法ソウル・ブレイクの矢“なんぞでは、私のソウル・ブレイカーは破壊できない!そしてソウル・ブレイカーがソウル・ブレイクを無効化するが故に、ソウル・ブレイカー同士が接触すれば、その瞬間のみ“普通の武器”と同じ状態になる!

 であるならば!ソウル・ブレイカーそのものに刃がついている近距離型のソウル・ブレイカーに軍杯が上がるのだ!ソウル・ブレイカーを破壊することができるのは、近距離型の武具ソウル・ブレイカーだけなのだ!

 しかもだぞ?我ら近距離型のソウル・ブレイカーは刃そのものが魔法を帯びている、即ち常時ソウル・ブレイクを発動しているのだぞ?

 それを、この私は使いこなしている。

 これの意味するところは何か?簡単だとも!私は貴様なんぞよりも莫大な魔力を保有する、選ばれた人間だと言うことだ!」


ウィオレンティアは短剣を握りしめ、その刃先をエミリアへと向けた。


「貴様は確かに一般人相手には強いかもしれないが、魂喰者ソウル・イーターの前ではただの人間だ。」


 刃にのって、女の毒々しい視線がエミリアへと注がれる。女の目は包帯で巻かれて見えないが、蔑み、侮辱するその視線を感じて、エミリアはそれがたまらなかった。


「──ふ、ふふ。ふふふふ。」

「?」


 急に笑い出したエミリアに、ウィオレンティアは足を止めた。


「何がおかしい。」

「ああ、いやぁ、やっぱあんた、馬鹿だと思ってね。」

「あ?」

魂喰者ソウル・イーターの前ではただの人間?いや当然だろう?魂喰者ソウル・イーターだって、人間だ。あんたもあたしも、ただの人間。それを、まるで魂喰者ソウル・イーターが人間の上位種だと勘違いしてるようなセリフが出てきたもんだから、おかしくて。」

「……てめぇ」

「それにあんた、何か忘れていないかい?」


エミリアは弓を握りしめ、ニヤリと笑う。


「ここにいる魂喰者ソウル・イーターは、あたしらだけじゃないんだぜ?」


 一瞬だった。

 彼女の言葉が終わった瞬間、ウィオレンティアは信じられないものを見た。

 自分のソウル・ブレイカーが自らの手を離れ、宙を舞っていたのだ。


「これは──!」


続いてやってきた激痛を感じた時、暗殺部隊隊長ウィオレンティアはすべてを察して背後を振り返った。


 何者かが己の手に一撃を与え、ソウル・ブレイカーを弾いた。

 そんなことをする人物はこの状況で一人しかいない──


「“隻眼オクルス”!!」

「エミリア、放て!!」

「!?!?」


 コウスケの持つ銃口に視線を合わせるよりも早く、コウスケの言葉がウィオレンティアの耳を駆け抜けた。


(私がソウル・ブレイカーをで、魂喰者ソウル・イーターである『光の弓ウル』に命令すること。

 ──そんなものは、ひとつしかない!!)


 ウィオレンティアは目を見開いた。

 そこにはいたのだ。“おまけ”と称した弓のみをつがえる一人の女が。


「弓の神、イチイの谷のウルにたてまつる──」


短い髪が風に揺らめき、彼女の弓に魔力が集う。


「我が敵全ての魂に、断罪の雨を降らし給え。」

「っく!“影の暗殺者ウンブラ・シーカーリウス”!」


 ウィオレンティアの部下たちが、一斉にとびかかる。

 だが、時既に遅し。

 エミリアの弓には、金色の矢が一本。

 それが夕焼けを束ねたような、熱い輝きを放っていた。



「ソウル・マジック──『削ぎ落とせ、光の雨よデ・ルクス・インベル』!」



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