027 予知夢
「もう大丈夫よ。ありがとう、エミリアさん。」
「そうかい?もう少しあたしの腕を貸してあげようか?ま、このゴツイ腕でよければ、だけどね。」
エミリアはその褐色肌の腕に、力強い“こぶ”を造って見せる。
「ふふふ。確かに、エミリアさんの腕はたくましいわ。わたしも鍛えてみようかしら。」
「そりゃあいい。このご時世、最後に頼りになるのは自分の体だからねぇ。ま、ただお互いムキムキにならない程度にしとかないと、着る服に困っちまうけどな!はははは!」
軽快に笑うエミリアに、少女は頭を預ける。
「……ありがとう。父の話をしてくださって、わたし、とてもうれしかったわ。父は、やっぱりわたしの知っている父だったんだって、そう分かったから。」
「ああ。あの人は優しい人だったよ。」
「うん……エミリアさんも、優しい人だわ。」
「はは……ありがとう。」
再び悲しげな表情を浮かべたフレイヤに、エミリアは話しかける。
「それにしても、あんたがニョルズの娘かぁ。」
「どうしてだか、【イヴィング】にいる人以外には知られていないらしいの、わたしのこと。」
「ああいや、そういうことじゃなくて……こういっちゃああれだが、あの強面巨漢戦士の娘が、こんなにも美人で可憐とは、と……分からんもんだな。」
「ん?そう?あまり似ていないのかしら?」
「うーん。母親似なのかねぇ。お母さんはやっぱり、ニョルズの昔の幼馴染だったのかい?」
「幼馴染ではないとは思うわ。お母さん、小さいころは周りに誰もいなかったからっていっていたから。」
「ふーん。そうか。ニョルズと会話したときに、なんか幼馴染がいるような口ぶりだったからもしやと思ったが……ちがうのか。
しかし、周りにだれもいなかったってのは、ひょっとしてフレイヤの母親は箱入り娘だったのかね?」
「ふふ。そうかもしれないわ。母は初め家事なんて全然できなかったって、言っていたから。」
「そっか……
……なぁ、フレイヤ。一人で、寂しくはなかったのかい?」
エミリアは思わず尋ねてしまった。フレイヤの瞳の奥底で揺らぐ光を見て、彼女はこみあげる思いを堪えられなかった。そして尋ねてから、何故また話をぶり返してしまったのかと一人後悔した。
フレイヤはその問いに、静かに首を振った。
「ううん。確かに、ちょっと寂しかったけれど、大丈夫よ。思い出もあるから。」
フレイヤはコウスケと初めて出会ったときに話した、父との思い出を語った。搾り出すように、噛みしめるように、ゆっくりと言の葉を紡ぎ出した。
その眼に蓄えた黄金の涙が、一つ流れるまで。
「そうか……あんたは、強い子だね。」
エミリアは話を一通り聞いてから、少女の頭をなでる。がさついた肌のぬくもりが少しこそばゆく、そしてこの上なく暖かかった。
「あ、でもね、1つ不満があるの。」
フレイヤは小さく口を膨らませる。
「なんだい?」
「父は、わたしに稽古を教えてっていったら、それはダメだって言ったの。この技は、俺の背中を任せられるヤツにしか教えることはできないからって。」
「それは……」
「わたしが、わたしのことを信用できないの?って聞くとね?父はこういったわ。“お前には俺の背中ではなく、家を、お前の母を守ってくれ。”って。」
「……」
「私を愛してくれていることは分かっていたし、大事にされていることはよくわかっているの。でもね、こんなご時世だから、こういう事態になったかもしれないでしょ?だから、私にも戦える術を教えてほしかったなって、今は思っちゃうの。そうすれば、きっとエミリアさんとコウスケさんのもっと役に──ううん……」
フレイヤは首を振り、膝を抱えて小さく言った。
「やっぱり、もう少し、もう少しだけ、一緒にいる時間がほしかったかなって、思っちゃうの。」
「……」
三度沈黙が広がった。フレイヤは想いと一緒に膝を抱えて動かなかった。コウスケはずっと洞窟の外を眺めるだけで、何も言うことはなかった。
エミリアはその二人を交互に見てから、フレイヤにそっと尋ねた。
「フレイヤ……あんたはこの10年、一人で暮らしてきた。そして街の連中にひどい目にあわされたとも聞いている。
だけどそれなら……何故、見も知らずのコウスケを家に招いたりしたんだい?」
「……え?」
フレイヤは顔を上げ、きょとんとしたような顔をしていた。
「いや、だってほら……あいつ、結構顔怖いだろ?髭濃いし。」
「……ふふ。たしかに、コウスケさんのお髭は濃いわ。」
少女は小さく笑い、背中を向けるコウスケを見つめた。
「なんで家に招いたのかっていわれると、うーん。言われてみれば、どうしてだったのかしら。わたしも、よくわからないわ。でも……」
「でも?」
「多分この人は大丈夫だろうなって、なんだか思ってしまったの。」
「……そう、かい……」
「それに、全く知らないってわけでもなかったわ。」
「────」
その言葉にエミリアは息をのみ、コウスケは少しだけ頭を動かした。
「それは──どういう?」
恐る恐る尋ねるエミリアに、少女は恥ずかしそうに視線を逸らす。
「その……おかしなことを言うようだけれど、夢でコウスケさんを、見たことがあるの……」
「夢?」
「うん。その、わたしの知らない燃え盛る家の中から、コウスケさんが誰かを助け出す夢、なの。」
「────」
「わたし、その誰かの視点でコウスケさんを見ていて……そこがどこなのか全く分からないし、何が起きていたのかも分からないのだけれど、そのあとまた誰かを助けようとして中に入っていくの。その姿を見ていたから……わたしは、全く知らないわけじゃ……
ごめんなさい。変な話をしてしまったわ。きっと私、疲れているんだわ。」
そういって話題を変えようとしたとき、コウスケが口を開いた。
「それは、いつの夢だ?」
「え?」
視線は未だ洞窟の外。その表情を見ることはできないが、彼の言葉は真に迫る様な声で洞窟の奥に向けて放たれていた。
「え、ええと、最初に見たのはちょうど10年くらい前かしら?」
「10年前──」
「それ以来、度々同じ夢を見ることがあって……まぁ、でもただの夢だから、何でもないわ。」
「いや……
フレイヤ。もしかして、他にも夢を見ていないかい?」
今度はエミリアがフレイヤに尋ねる。
「え?夢は、見るけど……」
「ああ、そうじゃなくて……そうだな。」
エミリアは少し考えてからもう一度尋ねた。
「見た夢と、
「え……」
フレイヤは少し考え、そして思い出したように答えた。
「あっ!あるわ。それも何度か。パンをもらいに行った帰りにあの男の子たちに襲われる夢をみたら、その数日後に同じことが起こったわ。あとは、明日の天気が珍しく晴れだったりとか……そうだわ、今日のエミリアさんの“振り返るな”も、昨日夢で見たの。」
「……」
エミリアは腕を組み、深く考え込んだ。そして一通り整理がついたところで、彼女はある言葉を口にした。
「あんた、もしかして──」
「「『セイズ』の一族なのか?」」
エミリアとコウスケが同時に同じ言葉を発した。だがフレイヤはその言葉に聞き覚えがない。神妙な顔つきをするエミリアに、フレイヤは尋ねた。
「ええと、ごめんなさい。『セイズ』って、何かしら?」
「特殊な魔法だ。」
「特殊な……魔法?」
コウスケの解答に、エミリアが続ける。
「この世界の魔法の系統とか歴史については、あたしもコウスケも詳しくはない。だから大雑把な知識しかないんだが、この世界の成り立ちを詠う『おとぎ話』、その中にある“神々の時代”にも登場するほど昔からある魔法だそうだ。その魔法の詳細は不明だがかなり強力なものだったらしく、ある一族のみが使うことができた魔法なんだそうだ。
で、その一族が衰退し、散り散りになったことでその魔法は消失。現在では断片的な効果をもつ魔法しか残っていないと言われている。」
「その『セイズ』の断片を代々伝承する者たちを、“セイズの一族”と人々は呼んでいる。」
「……コウスケさん、そのセイズと、わたし、何か関係があるのかしら?わたし、魔法なんて全然使えないわ。」
首を傾げる少女に、エミリアが言う。
「そこだ。『セイズ』が与える影響は甚大で、それを獲得すると他の魔法がほとんど使えなくなる、とも言われている。そういう訳でもない奴らもいるらしいが、あんたが“
「“未来に関する魔法”は、“セイズの一族”にしか使えない。」
「未来に関する魔法?」
コウスケは洞窟の外を見たまま話しを続ける。
「この世界には数多の魔法があるが、未来を見たり予言したり、予知夢を見たりする魔法──そういった、“未来に関する魔法”はその一族にしか使えない。そして、現在その魔法を使えるのは、世界にたった三人──現三大魔術師だけだ。」
「三大魔術師……」
「フレイヤ。あんたの親のどちらか、もしくは両方がセイズの一族だった可能性が高い。あんたの見ているその夢は間違いなく“予知夢”だ。特にそのコウスケの夢は──」
エミリアはそこまで言って、コウスケの方を振り返った。コウスケはもう意識を洞窟の中に向けてはおらず、じっと外を見つめていた。彼女は大きく深呼吸をすると、落ち着いた声でフレイヤに言った。
「……フレイヤ。あんたはその夢の話を、他の人に話さない方がいい。」
「どうして?」
「きっとあんたは宮廷魔術師長モルスと同等レベルの魔法が使える素質を持つ。」
「きゅ、宮廷魔術師長と!?」
「ああ。それはこの世界情勢を間違いなくひっくり返すほどの力だ。何しろこの世界は魔法と力が全ての世界。“最強の魔法使い”が世界を支配する世界だ。そんな世界で同等の素質を持った存在がいると知れたら、あたしたちの敵はヴァルキリーズだけじゃ済まなくなる。」
「!」
「だから、その夢の話はあたしたち以外に話さない方がいい。そしてもし何か夢を見たら、あたしたちに教えておくれ。今後の旅に、きっと役に立つ。」
◇
「眠ったよ。」
「そうか……」
隣に座ったエミリアに、コウスケは小さくうなずく。相変わらずじっと外の暗闇を見続ける男に、エミリアは独り言のように語りかけた。
「今日はあの子に随分と無理をさせた。すぐに寝かしてあげればよかったのかな。あんなに話をするんじゃなかったのかな。あたしはどうも御節介がすぎるみたいだ……。あんたみたいに、今日はすまなかったって言うだけにしておくべきだったかな。」
「……」
「ああ、でもそれじゃあまたあの子は謝らないでって、きっと言うんだろうな。」
「……」
コウスケは何も答えない。ただひたすら外を見続けている。だがそれは話を聞いていない訳ではなかった。ただ、自分は自分が出来る──
「やっぱり、あんたが【イヴィング】に行ったのは、
「……」
コウスケの視線が、苦悶に揺らぐ。
「……ああ。」
「そう、かい……」
二人の間に静かな風が吹く。肌を触るそのそよ風は落ち葉すら動かぬほどの微弱なもの。それでも、二人はその風に耐えるかのように歯を食いしばっていた。
「……どう、するんだい?」
「それは──」
「あの子に、話すのかい?」
「…………………」
その言葉は冷たく、鋭く、コウスケの心に突き刺さった。
「
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