020 魂喰者(後編)
「ええと、ごめんなさい。分からないわ。」
「よし、ならちょっと長くなるが、説明しようか。」
エミリアは再び咳払いをすると、説明を続けた。
「まずおさらいすると、とにかく『ソウル・ブレイカー』という魂を破壊する武器を持った奴が『
ここまではいいかい?」
「え、ええ。それで、魂を破壊されないようにするには肌を出さないようにすればよいのよね?」
「ああ。で、さっき言ってた基本はっていうのは、服をきているだけじゃ防げない例外があるってことさ。」
「例外?」
「うん。
『
「そんな、恐ろしいことを……?」
「ああ。んで、強い
「──な、なるほど?」
「ではどうやって防ぐのかというと、こいつが厄介なことに、大体の『ソウル・マジック』は『ソウル・ブレイク』で打ち返すか、ソウル・ブレイカーを
ソウル・ブレイカーは魂を破壊することに特化した武具のはずだけれど、どういう訳か、
「そういう……もの、なの?」
「まぁ原理は不明なんだけど、いずれにせよ『ソウル・マジック』を防ぐ手段は限られているというわけだ。
だからフレイヤ。『ソウル・マジック』という言葉を聞いたら、とにかく逃げることだけ考えなさい。」
フレイヤはふと、山頂でコウスケが放った炎の魔法を思い出した。あの時確かに、コウスケは『ソウル・ブレイク』と叫んでいた。もしかすると、あの迫っていた木の枝は誰かの『ソウル・マジック』だったのではないか、と。
そう思うと彼女の身体は震えた。あの木の枝は、空を覆うほどの物量があった。あれが魂を破壊する魔法の一種だと言うのなら、どう逃げても逃げきれないと、そうおもったのだ。
フレイヤは恐怖を振り払うように思考を追い出し、慌ててエミリアに答えた。
「わ、わかったわ。
……じ、じゃあ、とりあえず、服は着こんだ方がよさそうね?」
「まあ、そうだな!」
エミリアは少し笑うと、そのまま続けた。
「だけど、あんたは心配しなくたっていい。あんたにゃ指一本だって触れさせやしないさ。なんたって、あたしたちもその『
「えっ。それじゃあ、その弓は……」
「ああ。」
驚くフレイヤに、エミリアは握っている弓をフレイヤに見せる。
「あたしのこの弓は、『ソウル・ブレイカー』だ。」
「!?」
「ああ、そんなに怖がらないでくれ。あ、いや、怖い代物ではあるのだけれどさ……」
一歩後ずさったフレイヤに、エミリアは穏やかに言った。
「さっきも言ったが、魂を破壊するのは『ソウル・ブレイク』という魔法だ。
だから『ソウル・ブレイク』って魔法をいつ発動させるかで魂を破壊できるか否かが決まる。あたしのような飛び道具としての『ソウル・ブレイカー』は、矢を魔力で生成しなければ『ソウル・ブレイク』を発動できない。
だから今のあたしの『ソウル・ブレイカー』は、そのまま普通の
「そ、そうなのね……」
「ああ。だからこれを素手で持っても死にゃぁしない。どれ、持ってみるかい?」
「えっ!?」
さらに一歩後ずさったフレイヤに、エミリアは笑う。
「あはは。冗談だよ。ま、それに、きっと持てないと思うしね。」
「それは──どういうこと?」
「拒絶反応だ。」
フレイヤの問いに、コウスケが素っ気なく答える。
「『ソウル・ブレイカー』は使用者を
「そ、そうなんだ……」
フレイヤはエミリアの握る弓を凝視した。イチイの木でできたその弓は、不思議なオーラを放っていた。夜の暗がりに灯る蝋燭のような、淡くて怪しげな、ちょっと転がせばすべてが一変してしまいそうな危うい気配だ。なのに、どこか不思議な暖かさがある──そんな感覚を、彼女は感じ取っていた。
「──あら?そういえば、おじさんも
「……ああ。そうだ。」
「お、フレイヤはコウスケの『ソウル・ブレイク』を見たことがあるのか?」
目を輝かせるエミリアからコウスケは顔を逸らし、答えにくそうに言った。
「……その、一度だけ、だ。ヴァルキリーズの1人が『ソウル・マジック』を使ってきたから、な……」
「あ──」
二人の間に、触れてはいけない話題に触れた時のような気まずい空気が流れた。エミリアは少し後悔するように俯き、視線をフレイヤに移した。
「どうかしたの?」
「……いや、気にしないでくれ。」
エミリアはそういってから、とってつけたような説明をし始めた。
「……まあ、その、なんだ。コウスケの武器はさらにちょっと特殊でね。そもそもその武器形態が
「この世界にはない??古代の……遺跡にそんなものがあると本で読んだことがあるけれど、そういうものなの?」
「あー、いや、なんというか…まぁ、そんな感じさ。」
エミリアは“しまった”という顔をしつつ、話を続けた。
「けれど、武器の特徴としてはあたしの弓と一緒さ。あたしは“ソウル・ブレイクの矢”を作りだして魂を破壊するが、コイツの場合“銃弾”と呼ばれる代物を魔力で作って魂を破壊する。」
「銃弾?」
「……あの山で、この銃から放ったモノのことだ。」
コウスケが腰からその武器を抜き、机の上に置く。
「俺は他の
俺があの洞窟で見せたのは魔法じゃなくて、本物の弾丸──鉛でできた金属の弾だ。俺は基本的にそれで戦っている。」
「へぇ……金属の弾を出す武器なのね。まるで
「いや……」
コウスケは口をつぐみ、フレイヤを悲しげに眺めた。
彼はあの洞窟で躊躇なく人を殺めた。だがそのことを面と向かって彼女に、まだ15にもならないいたいけな少女に、人を殺す兵器の説明をするのは気が引けたのだ。
彼は話を本筋に戻すと同時に、自らの首を横に振る。
「フレイヤ。さきほどエミリアが言っていたが、君はソウル・マジックについて心配しすぎる必要はない。
俺とエミリアは『ソウル・ブレイカー』を所有する
「それは──何か、違うわ。だっておじさんは……」
フレイヤは首を振り、否定した。そんなものは、彼女は望んでいなかった。自分のために誰かが犠牲になるのは、特に自分の命を救った目の前の男が犠牲になるのは、何かが間違っていると、そう思った。
しかしその”何か”が、具体的な言葉にはならなかった。その正体がなのか、分からなかった。ただ彼女は俯むくばかりで、悲しそうな表情をうかべるしかなかった。
そんな彼女に、エミリアは花に触れるようにそっと頭をなでた。
「あんたはやっぱり、優しい子だね。」
「……違うわ。これは、優しいとか、そういうのではなくて……」
「ふふ。たしかに、そうかもしれないね。けれど、そう思えるのは、やっぱり優しいんだよ。」
「……」
俯く少女に、エミリアは言う。
「だけど、コウスケが言うようにあんたは心配しなくてもいい。最初に言ったけれど、あんたはあたしたちが守ってあげる。だから、子どもは心配なんかしなくたっていいんだよ。」
「……」
フレイヤは何も言えなかった。
エミリアの優しさにどう答えればいいのか、自分は本当は何をしなければいけないのか、何が間違っているのか、分からなかった。
そして同時に湧き上がった別の感情が、さらに彼女を混乱させていた。
頭をこうやって撫でられたときにどう言葉を返せばよいのか、その温もりにどのような態度をとればよいのか、フレイヤは分からなかった。
心の奥から何かこみあげてくるものがある、ちょっとこそばゆい温もりに、どう対峙すればよいのか分からなかったのだ。
だから、彼女は言った。冬の朝のように、もうちょっとだけ寝ていたいと思うような、そんな小さな声で。
「なんだか……エミリアさんの手は、干したての布団のようだわ。」
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