018 作戦会議(後編)

「今は国ではなく、無人島だ。」

「え……?」


 コウスケの素っ気ない言葉にフレイヤは驚き、そして同時に落胆した。


「え……無人……島?」

「ああ。あそこにはかつて、天までそびえる水晶の館を中心とした小さな国があったそうだが、夜暦1976年に大火災が起きて国の全てが焼け落ちてしまったそうだ。以来、人のいない廃墟になったらしい。」

「え?」


 フレイヤは意味がわからず硬直した。

 「家に帰る」と言っているコウスケから放たれた祖国に対する口調が、まるで他人事だったからだ。それに「家に帰る」のに“無人”とは、どういうことなのか。それが、彼女には理解できなかった。

 そして何より、自分が抱いていた父の故郷の姿が音を立てて崩れていったことに、ショックを隠せないでいた。『おとぎ話』に出てくる美しい島というイメージが瓦解していったことに、彼女は言葉を失った。

 しかしコウスケは彼女の思いとは裏腹に、淡々と“よくわからない説明”をしていった。


「アクア連邦とカエルム帝国は戦争中……だった。だからアクア連邦の各国はカエルム帝国に対し、中立的体制を引いているところはほとんどない。ならば誰も住んでいない、見向きもされない島に行くほうが、無用な争いを招かずちょうどいい。

 ……それに“よそ者”である俺は──どこにもツテがあるわけじゃない。だから、外界から隔絶されたこの地に向かうのはベストだ。」

「よそ者……?」


 フレイヤはその“よそ者”の意味がよく分からなかった。だがそれを尋ねる前に、コウスケは話を続けてしまった。


「【ノーアトゥーン】に行こうとすると、どのような手順を踏めばいいと思う?エミリア。」

「そうだねぇ。今私たちがいるのはここ、【ユーダリル】から少し離れた山の中腹。一番近いルートは世界の中心【聖地ユグドラシル】の近くにある街からテッラ王国に入るものだが、これはだめだ。」

「なぜだ?」

「門が強固で国境を越えられない。だから、こっちにいく。」


 エミリアは【ユーダリル】から真西に位置する街を指さした。


「通称、【掃溜めの街】。ここはいわゆる流れ者が集まってくる街で、いろんな手段で国境を超えることができる。」

「いろいろな手段……か。」

「安心しろ。あたしだって、なーんにもせずに生きていたわけじゃない。それなりに蓄えはあるさ。」

「……すまない。」

「いいってこと。」


 エミリアはそういうとその先について指を進める。


「そこへは山脈に沿っていけばいいだろう。

 問題はその先、テッラ王国だ。

 アクア連邦に行くならこの海岸沿いの街、【スルーズヘイム】まで行く必要がある。まぁ、みたら分かるが、大陸のど真ん中から大陸の南の端までの大移動。馬車で休みなく走っても2ヶ月以上はかかる距離だ。

 きっとここが正念場だ。

 【掃溜めの街】で国境を超えた後はテッラ王国にある【ボルヴェルグ】と呼ばれた街に行き、その後は【グルトップ】、【タングニョースト】と通過して【スルーズヘイム】に行く。」

「街道を行くのか?」

「ああ。【スルーズヘイム】に行くまでに広がる【ヴィーグリーズの大草原】を突っ切るのはおすすめしない。」

「なぜだ?そちらの方が危険じゃないのか?

 これらの街はたった一つの道でしかつながっていない。確実に“関所“を通ることになる。俺の顔と本名はテッラ王国に知られていないからともかく、お前はかつて軍の小隊を率いていた実力者だ。お前の顔を知っている人間がいてもおかしくないだろう?」

「それなら安心しろ。ちょいとしたツテで顔を変えられる“魔法の布“を持っていてな。それを使えば関所の兵士や役人くらいなら騙せるさ。」

「しかし……」

「あ、あの!」


 尚も怪訝な顔をするコウスケに、突如フレイヤが声をあげた。


「どうかしたのか、フレイヤ?」

「その、【ヴィーグリーズの大草原】を通るつもりなの?それは……大丈夫、なのかしら?」

「どういう意味だ?」


 思いもがけない言葉にコウスケが眉を顰めると、フレイヤは首を振りながら訴えた。


「だって、その草原は、とっても危険な場所よ?わたし、街道を行く危険が何なのかはわからないけれど【ヴィーグリーズの大草原】は危ないってことは知っているわ。」

「どういうことだ?」

「土地そのものが危険なんだよ。」


 フレイヤに、エミリアが補足する。


「あれだけバカみたいに広い土地をテッラ王国がどうして開拓しないかというと、あそこが呪われた土地だからだ。神話──『おとぎ話』では、あそこは主神オーディン率いる神々と巨人たちとの決戦の場になった場所らしくてな。あの場で死んでいった者たちの怨念だか何だかが渦巻いていて、入ったら出られないとか言われている、曰く付きの場所なんだよ。」

「……」

「まぁ、『おとぎ話』を信じる信じないかはともかく、あたしはここを突っ切る自信がない。なにせ大陸の7分の1を占める領域が未開拓なんだ。そんなところへ足を踏み込んだら、どこをどう行けば【スルーズヘイム】にたどり着けれるのかなんて分からないからな。」

「そう、だな……」

「それで話を元に戻すと、だ。

 確かに街道を行くのはリスクが大きい。バレたら終わりだ。なんせここいら一体を管理しているのはオドアケル将軍だからな。将軍は草原の西端【ブレイザブリフ】にいるとはいえ、彼の耳にお前の名前が入ったら【スルーズヘイム】にたどり着く前にすっ飛んでくるぞ。」

「そうだな……それは、何が何でも避けねばならないな。」


 エミリアはため息をついて力なく笑う。


「いやぁ、流石にあたしもあの人を敵に回して戦いたくはないなぁ。昔からつよいんだよねぇ、あの人。騎士団にいた頃何度か手合わせをしていただいたが、一度も勝てなかった。それに知略もあたしが知る中では一番だ。今テッラ王国にはあと2人将軍がいるが、間違いなくあの人がの指揮官だな。」

「そうだな……それは、間違いないな。」


コウスケは静かに言うと、同時にその海沿いの街を指さした。


「しかし、アクア連邦にはこの先どうやって行くんだ?船に潜入するのか?」

「ああ、それなら心配ない。今【スルーズヘイム】にはあたしの知り合いがいてね。そいつがきっと案内してくれるさ。」

「……」


 怪訝な顔を見せるコウスケに、エミリアは笑って応えた。


「大丈夫、信頼できる。」

「そうか……お前がそういうなら、いい。」


コウスケはそれ以上それについては追求しなかった。そしてそれから地図に目を落とし、話題を変えた。


「だが、その正念場を迎える前に、一つ山場を越えねばならない。」

「……ああ、そうだな。

 『ヴァルキリーズ』。カエルム帝国の追手が、既にここ【ユーダリル】までせまっている。どーせあの陰気な女が追跡しているんだろうが、腐っても彼らは『魂喰者ソウル・イーター』だ。油断はできない。

 ……そういえば、他には誰か追ってきているのか?」

「フラーテルがいる。」

「げぇええ!」


 エミリアは露骨に嫌そうな顔をしてため息をつく。


「まじかぁ。あんた、とんでもないヤツに追われているわね。いや、まぁ、元相棒なんだし仕方がないっちゃないのかぁ。けど、フラーテルかぁ。」

「あ、あの、そんなにその人、強いの?あの黒い女の人も強かったけれど……」


フレイヤの問いに、エミリアが答えた。


「ん?ああ、もうそりゃあ強いなんてレベルじゃない。ウィオレンティアなんざ足元にも及ばないほどに、ね。

 あれは天才だ。

 あいつが参加した戦争では、カエルム帝国の勝率は100%。どんな武装をした敵もあいつの前では裸同然。一振りで千人の敵兵をなぎ倒し、その魔法は現三大魔術師に匹敵するレベルだとも言われている化け物中の化けもんさ。そんでもって、あいつのもつ『ソウル・ブレイカー』──『光陰剣アルベルヒス・ヘルム』は、なんでも西の果て、幻の【アールヴの島】まで旅をして得たものらしくてな。たった一撃で一つの国を壊滅させるほどの威力があると言われている。あいつはこの世界で5本の指には入る『魂喰者ソウル・イーター』だよ。」

「あの……」


 まくし立てたエミリアに、フレイヤは言いにくそうに小さく手を上げた。

 その様子を見て、エミリアは先ほどのフレイヤの頼み事を思い出して苦笑する。


「ああ、ごめんよフレイヤ。なんだったかな?」

「その……『魂喰者ソウル・イーター』って、何?」

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