017 作戦会議(前編)


 影が、動いた。

 森の暗闇から這い出るように、家の明かりに向かってそれらは忍び寄った。彼らはそれぞれ煉瓦の家を取り囲むように配置につくと、そのうちの一人の合図で一斉に中に突入する。

 

 が。


 扉を開けた瞬間、ピンッと何かの栓が抜ける音がした。

 そしてそれが、彼らの聞いた最後の音となった。





「煙が上がった。」


 望遠レンズを持って洞窟に入ってきたエミリアは、中にいる二人に告げる。


「家に仕掛けてきたあんたの罠が、敵もろとも見事にあたしの家を木っ端みじんにしてくれたよ。あー、お気に入りの家だったのに。」

「そうか……それはすまなかった。」

「ま、いいさ。なんて、とうの昔になくしちゃったしね。」

「……」

「……ここはあの家から4つも山を越えたところにある。今日はこの本当ので休むとしよう。」


エミリアはそういって洞窟の入り口に向かって指を鳴らす。


クラーウィス!」


 その言葉と同時に、巨大な岩が頭上から降りてきて入り口をふさいだ。そして隙間を埋めるように周囲の小石や砂が集まり、瞬きの間に長年そこにあったかのような洞窟の壁が出来上がった。


「これでよし、と。……ん?フレイヤ、どうかしたのかい?」


 ポカンと口を開けているフレイヤを見て、エミリアは首を傾げる。


「えっ!?あ、いや、その、スゴイ魔法だなぁと思って。」

「そうかい?そこまで難しい魔法じゃないから、あんただってできるようになると思うよ。」


 エミリアの言葉に、フレイヤは首を振る。


「わたし、魔法をうまく使えないの。明りを灯す『ルクス』の魔法が精一杯。他の魔法を覚えてみようと思ったのだけれど、本で読んだものはどれもうまくいかなくて……。

 だから、エミリアさんの今の魔法や、ここに来るまでに使っていた風の魔法なんかも、とっても憧れてしまうわ。」

「え?」


 エミリアはコウスケを一瞥するが、コウスケは何故こちらを見たのか分からないといった顔をしていた。それを見るとエミリアは少し首を傾げて、フレイヤに言った。


「……ここに来るまでに使った浮遊魔法のことかい?確かにあれは難しいけれど、コツさえつかんでしまえば簡単だろう。あたしの見立てじゃ、あんたの体内魔素は結構な量があるし、魔力には事欠かないと思うんだが?」

「そうなの?わたし、自分の魔素の量を測ったことがないから分からないけれど、魔法が全然使えないから少ないのかと思っていたわ。」

「うーん……詳しく調べないと分かんないが、そんなことはないと思うよ?ま、そちらの男に比べれば山のようにあることは間違いないけれどね。」

「……」


悪戯な笑みを浮かべているエミリアにコウスケは小さく肩を竦め、机の上に地図を広げ始める。


「あ、あの……」

「ん?なんだい?」


 フレイヤはコウスケに聞こえないよう、小さな声でエミリアに尋ねた。


「わたし、ほとんど何も分かっていないの。おじさんのこととか、私達を追っている人たちのこととか……一応、この国の騎士団『ヴァルキリーズ』だってことは分かっているんだけれど……他はよくわからなくて……」

「なるほど。教えてほしいってことか。」

「ええ。できれば。」


苦笑するフレイヤの頭を、エミリアはそっと撫でる。


「もちろんいいってことさ。遠慮しなさんな。というか、巻き込んでいるのに説明もしていないあいつが悪い。……まあ、あたしにできる範囲でなら、今後のことも含めて説明するよ。」

「……ありがとう。」


 “巻き込んでいる”。その言葉にフレイヤは胸が締め付けられそうになったが、彼女は笑顔を見せた。今ここで自分の命も狙われていることを言うのは、父のことを言うのは、少し怖かった。



「それじゃあ、作戦会議といきますか。」





 ランプの明かりの元、一つの地図を取り囲んで三人は座った。


「まずは目的の確認だ。あたしたちはアクア連邦に亡命する。そのアクア連邦はもはや一つの国じゃない。かつてのように一人の代表者がいるのではなく、複数の島国が協定を結んでできた同盟連合の状態だ。だから、どこの島に向かうかで大きく状況は変わる。あたしたちはどこを目指すんだ?」

昔話した通り・・・・・・、俺は『ノーアトゥーン』に行く。理由は──」


フレイヤを一瞥し、コウスケは続ける。


「──に、帰るためだ……」

「ああ……そうだったな……」


 小さな沈黙が流れた。その突然且ついきなりの沈黙に、フレイヤは戸惑い、声を上げた。


「え、ええと。その。わたし、よくわからないのだけれど、アクア連邦って、そんなに場所によって何かが違うの?」

「ああ。そうだ。」


コウスケの言葉に、エミリアが続ける。


「フレイヤは、このカエルム帝国やテッラ王国がどうやってできたのか知っているかい?」

「ええ。おとぎ話……程度だけれど。」


フレイヤは記憶を遡り、かつて読んだ本の中身を思い出す。


「今から二千年ほど前、神様たちの世界が終わった頃、世界はたった一つの国しかなかったわ。

 世界の中心【聖地ユグドラシル】を首都に置く始まりの国『ホッドミーミルの森』。平和で緑豊かなその国は、南の果て【ムスペルの火山島】から北の【フレーズヴェルグの島】まで、この世界に住むすべての魂をあまねく包み込む美しい国だった。

 けれど、どこからともなく現れた『亡霊たちの兵士』によって『ホッドミーミルの森』は滅んでしまうわ。それからこの世界は戦争が絶えない争いの世界になってしまった。」


フレイヤは一呼吸おいてから、地図のある場所を指さす。


「『ホッドミーミルの森』が滅んでから、およそ千年後。【聖地ユグドラシル】に住んでいた王家が、東の地【グラズヘイム】を首都にした国を興したわ。これが、カエルム帝国の誕生ね。そして……」


彼女は地図の反対側、食べかけのホットケーキのような大地の西側を指さす。


「嘗ての神様たちを彩った神話おとぎ話『黄金教』またの名を『巫女の予言』。これを信仰する人たちが創った国家、テッラ王国がその後300年ほどで誕生したわ。首都は【グリトニル】で、黄金に輝く都だと聞いているわ。」


さらに彼女は大地のない広大な海が広がる南の地を指さした。


「そして最後に誕生したのが、南の島に住む人々たちが興したアクア連邦。テッラ王国の誕生から間もなくして彼等は徒党を組んで2つの国に対抗したと、聞いているわ。」

「ああ。その通りだ。よく知っているね。えらいえらい。」


エミリアはフレイヤの頭を撫で、そして言った。


「アクア連邦は今言ってくれたように、他の2つの国家に対抗してできた、いわば組織だ。彼等一国ではほかの2つの大国には勝てないからね。

 で、だ。

 アクア連邦は代表者を創り出したものの、今まであった国家体制を捨てることはしなかった。それぞれの島には王がいて、それぞれ独自の法を敷き、統治している。そのため、今も島によって文化は違うし、言語も考え方も違う。2つの大国を目の敵にする国もあれば、どちらかと言えば中立的である国もある。

 だからもしアクア連邦に逃亡するのであれば、中立的な立場にいる国に行った方がいいのさ。」

「へぇ、そうだったのね。じゃあ──」


フレイヤは一度深く息を吸い込み、ようやく聞きたかったことを尋ねることができると目を輝かせた。


「その、【ノーアトゥーン】は、どういう国なの?」

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