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「そもそものきっかけは不可抗力でした」と、彼女は話を始めた。「友人と飲んでいる時に話がそっちの方へ行き、お酒の勢いも相まってアプリに登録してしまったのです。

 その場限りの盛り上がりだったので、わたしはしばらくアプリを放置していました。何ヶ月か経って、なんとか度というのが50%を突破したという通知が届いて久しぶりにアプリを立ち上げました。すると、わたしのアバターが、どこの誰かもわからない男性(すみません、言葉が悪いですね)と交際を進め、いわゆる〈いい感じ〉になっているではありませんか。

 これには心底驚きました。けど、それからすぐにまずいなとも思いました。わたしの方は遊びで作ったアバターです。でも、相手の方は本気かもしれない。それが結婚を前提としたお付き合いにまで発展しているんです。『すみません、やっぱりこれナシでお願いします』とは言えないなと思いました。下手に一方的に関係を断ち切って、恨みを買うことだってあり得ますし。実際、そういう事件も多いと聞きます。

 友人(アプリへの登録をそそのかした張本人です)に相談すると、是非続けろと言われました。あんたはそうでもしない限り一生誰とも結婚できないんだから、と。

 わたし自身は、こういうものを使って付き合うとか結婚するということには、少なからず抵抗を感じていました。どこか不純というか、自分の感情を誰かに——というより機械に操作されている気がして、その不気味さを乗り越えることができずにいました。けど友人は、それでいいのだと言います。きっかけはAIのマッチングだったかもしれないけど、後から相手のことをちゃんと好きになれれば問題ない、と。好きになるタイミングが早いか遅いかの違いだけなのだ、と。こういう色恋の方面には疎いので、わたしはただ『はあ』と相づちを打ちながら頷くばかりでした。納得はしていませんでした。それが伝わったらしく、彼女はこんなことを訊ねてきました。

『仮想愛犬は大事に育てるのに、アバターは簡単に消すの?』

 この言葉は胸にストンと落ちました。ご存知の通り、わたしは仮想愛犬を飼っています。それはもう目に入れても痛くないというか、網膜に刻みつけてもらいたいほど愛おしい存在です。この子だって操作一つで簡単にこの世からいなくなってしまいますが、絶対にそんなことをする気にはなりません。考えたくもありません。なるほど、そう考えると、アバターだってあの子たちと同じです。触れられないというだけで、一つの命に違いないのです。

 そうやって見てみると、途端にアバターが愛おしく見えてきました。ログを開き、これまで彼女が辿ってきた恋愛模様を読むと、更にその思いは増しました。恋愛小説や少女漫画を読んで、主人公に感情移入するのと同じです。この〈物語〉はわたし向けに作られたものだから、余計に入りやすくもありました。

 自分の分身だから、という気持ちは湧きませんでしたね。むしろ、そう思っていたら簡単に彼女を消せていたと思います。

 彼女へ感情移入するのとは矛盾しないと思います。彼女はわたしそっくりの誰かではありますが、わたし自身ではありません。わたしは、わたし自身には感情移入なんてできません。このわたしが、誰かと恋愛している様を見るなんて気持ち悪い。とても耐えられません。わたしではない、けれどわたしに似た他人がそうしているから、素直に萌えられるのです。

 わかっていただかなくて構いません。この考えに共感を得られたことは一度もありませんから。でも、こういう考えを持っている人は案外多いと思いますけど」

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