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家に帰るとPCを立ち上げ、マッチングサービスのアプリを開いてログを呼び出した。電脳空間の〈俺〉はいかにして銀座で夜景を見ながら彼女とワインを酌み交わすまでの男になったのか、純粋に気になった。レンジで温めただけの冷凍ピザを囓りながら、最も古い記録から目を通すことにした。
最初は初めてのデートから始まる(そこまでの面倒な過程が全て省略されているのがこのサービスの利点なのだとネットには書かれていた)。新宿で待ち合わせ、映画を観に行く。デートで映画は悪手だとも思ったが、「最近気になる作品がある」という彼女の言葉をきっかけとして誘ったので判断ミスではないとログには書いてあった。ちなみに彼女は二歳年下で、都内の人材派遣会社に勤めている。仕事は人材不足と機械化の両方に追い立てられ大変なことばかり。仮想愛犬のティーカッププードルが唯一の癒やしという女性だった。アバターであれ容姿は見えないが、俺好みの女性であることはプロフィールを読むだけでもわかった。
映画が終わり、二人は新宿御苑を散策して(途中、転んだ子供を彼女が助け起こすアクシデントがあった。優しい女性だ)予約していたイタリアンで夕食を共にする。そこで互いの趣味や仕事の愚痴などで盛り上がる。二十時前に新宿駅で解散。初回のデートは終わる。親密度は2%。
この時点で、AIに任せてよかったと心底思う。デートの約束を取り付け、レストランを選び、予約をする。そこまでの労力を払える自信が、自分にはない。しかも一緒に映画を見てその後も会話をしながら時間を過ごさねばならないとは。消費するカロリーが高すぎる。昔は平気にできた気がするが、この歳になると考えることすら億劫である。それだけやって親密度が2%しか増えないという効率の悪さも、俺にはできないと思わせる大きな要因の一つだ。
別れてからもメッセージのやり取りを続け(この日はもう終わりでいいじゃないかと思うのだが)、翌日以降も交流を絶やさないようにする。まるで小さな種火が消えないよう、息を吹き吹き必死で守るかのようだ。そうして二週間後、二度目のデートにこぎ着ける。
今度はやり取りの中で生じた話題を無理矢理広げ、お台場へ行く。いわゆるデートスポットなど柄にもないとも思ったが、そういう経験が乏しくボキャブラリーがないので、むしろベタな行動をとるのは当然かもしれなかった。お台場では観覧車に乗る。席はまだ向かい合わせのままである。この日も夕食を共にし、二十時前に解散する。親密度は3%に上昇。
その後の流れは一度目の時と同じだ。火が消えないように、それでいてくどいと思われぬよう気をつけながらメッセージのやり取りをする。またスケジュールを決め、デートに臨む。三度目、四度目のデート。親密度は6%まで上がる。
結婚が可能になるのが80だとすると気の遠くなる話だ。俺が(俺の人格を模写したAIだが)特別遅いのかもしれないが、とても自力で68まで進められる気がしない。世の中の既婚者たちが全員この行程をAI任せではなく自力でこなしているとすれば、彼らは相当に忍耐強い人格者である。俺は既に、ここまでの労力を捻出できる見込みが全くない。
五度目のデートで告白。成功。親密度はまだ10%。やはり任せて正解だった。読んでいるだけで何らかのエネルギーを消耗した俺は、ここでログを読むのを一旦やめた。
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