第7話

船の汽笛が聴こえる。


夜になるとより一層、船の燃料が香る。


湘南と横浜——


湘南で感じられた磯の香りは、はげしくて熱い。

横浜で感じられるのは、おしとやかで心を落ちつかせる。


気分に合わせて自分の居場所を選ぶことができるのは、とても恵まれている。


「そういえば姉さん」


青い光に照らされた桟橋を、横の公園から眺める。


手すりに乗りのりだしたひうち姉さんは無言でこちらをのぞき、にこやかに眼を細めた。


「ちょっと姉さん、海に落ちるよ」


夕方とくらべて、顔色だけはすこし回復したようにみえる。

だけど眼は――


「昼すぎ、なんで僕の居場所がわかったの?」


「——」


にこやかな笑顔はかわらず、そして無言のまま姉さんは何も答えない。


「姉さん……」


横浜の夜景に溶けこむような、やわらかい笑顔。


しかしその笑顔の裏で、ふたたび姉さんの瞳はかすれていっているのがわかった。


「ねえ丹波。ここで一緒に海……飛びこまない?」


「怖いんだけど」


話をそらそうとする姉さん。


「私だって超能力者じゃ、ないのよ……?」


「え……」


――超能力者じゃない。


つまり姉さんは僕の居場所を把握するために、何らかの手立てを講じていたということ。


「丹波、いつも同じベルト……してるでしょ?」


すかさず僕は腰に手をあてる。


「あぁ……」


澄んだ空を見上げる。


――ある程度、理解した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る