ヤンデレ姉と旅立つ朝

第8話

「おはよう丹波、たのしみだよね」


「ちょっとは、ね」


目を覚まして洗面所に向かう。

するとすでに姉さんはよそ行きの服で身をまとっていた。


僕は姉さんのとなりに肩をならべて、ホテルの歯ブラシを袋からとりだす。


「丹波、ワクワク、するよね……」


「すこし複雑な気はするけどなあ」


「そっか。ねぇとにかく、どこ行きたい?」


「そうだなあ」


「わたし丹波を慌てて追いかけたから。あまり荷物持ってきてないんだよ」


日付がかわり、いよいよ神奈川県から離れないといけない日になったのだ。


ホテルで疲れをとったからか、昨日とはすこしちがう。

今日の姉さんは知的で、それでもって優しい笑顔を振りまいていた。

まるで化粧品を頬張って旅行に行く女子大生のよう。


だけど、やっぱり薄暗い影は残っている。

 

どこかを旅しているうちに、またもとに戻ってくれるのだろうか。


「西方向に行ってみたいんだけど……」


30分ほど答えを保留していた僕は、部屋から出てエレベータに乗りこんだところでそう漏らした。


なれ親しんできた神奈川県を離れるのはつらい。


だけど、新しい景色を観てみたい気持ちもたしかに大きい。


「じゃあ、行こうね」


そう言って、1階に到着したエレベータから出る。そのまま姉さんは会計カウンターへ向かった。


さっさとチェックアウトを済ませる姉さんの後ろ姿は、とても凛としている。

昨日の制服姿とは違い、ワンピースを着た姉さんはもう完全に大人だ。



「ヒモに、なりたい……っ!?」


思わず口を両手でおおう。

なぜか無意識にこの言葉が心の淵からにじみ出た。


姉さんのデレ具合がこのまま悪化してくれれば……

僕は姉さんの懐でずっと温まっていられるのかもしれない。


そう思ってしまった自分に、すこし嫌気がさした。

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