第3話

あるとき誕生日をむかえた僕に、ひうち姉さんがプレゼントをくれた。


「このベルト、大事にしてね」


それだけ言って、彼女は僕の手をとり紙袋を握らせる。


――なぜか彼女は添えた手をはなさない。

ひんやりしたひうち姉さんの手の感触に、すこし鼓動が高鳴った。


15秒ぐらい経っただろうか。

彼女は僕の眼をみながら、すこしコクンとうなずいた。


かと思いきや、僕の部屋から立ちさろうとする。


開けていた窓から流れてくるそよ風が、彼女の後ろ髪をなびかせる。

ながれ込んでくる木々の香りが、姉さんの姿をより一層美しくみせた。


ふだんひうち姉さんはあまり感情表現をしない。だけど彼女の後ろ姿が、このときはすごく嬉しそうに感じとれた。




その日の夜。


――自分の弟を付き添わせて何が悪いんだ、ああ!?


――悪いとは言ってない。だけど扱い方がひどいせいで、あの子がつらい思いしてるじゃない


扉の向こうから、姉たちが言い争う様子がうかがえる。

あばれまわる心臓をドードーとなだめながら、ドア越しにひっそりとやりとりを聴いていた。


――うるせぇ! 私がいままでお前らの面倒見てきたんじゃないかっ!私の仕事を手伝うのは当然だろ!?


――ガシャンッ!


僕は思わず身がまえた。


いまの物音。たぶんいらだったみやま姉さんがグラスを壁に投げつけた音だろう。


姉さん――いや、もうひとりの姉さんが心配だ。


僕には姉さんが2人いる。

いちばん上の姉さん――みやま姉さんと、にばんめの姉さん――ひうち姉さんだ。


ふたりは正反対の性格をしている。だからみやま姉さんが暴君の様相を呈しはじめてからは、僕の扱い方でよく言い争いをしている。


暴走するみやま姉さんへ、僕のかわりに立ちむかってくれるひうち姉さん。

ひうち姉さんがいなかったら、とっくの昔に僕は行き場を失っていただろう。


――ねえ知ってる? 最近の丹波たんば、わたしをみるとき瞳孔が大きく開いてるの。

あなたをみるときよりも大きいんだよ。


――あぁん……? 何が言いたい?


――知らないんだ? 丹波があなたみたいないかにも美人顔って女よりも、わたしみたいな落ちつき系の方が好みだってこと。


――黙れやクズがっ!


「姉さ……」


みやま姉さんが怒鳴りつけるやいなや、ひうち姉さんは部屋の扉をバンッとけとばすかのように開ける。

廊下に呆然と立ち尽くしている僕をふり返ることもなく、無言で去っていった。


あのとき部屋を出てきたひうち姉さんの表情は、いつもとすこし違ったように思える。

斜め下に広がる床をさらに突きぬけるような、ふだんにもまして据わった眼をしていた。

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