ヤンデレーションの片鱗
第4話
我にかえると、すでに列車は終点に着こうとしていた。
到着してドアが開くやいなや、ホームの上を足早に進む。
――あれだけの大事になってしまったんだ。
思わずそうつぶやく。
当面のあいだは関東地方にいられないだろう。
だからいままでなれ親しんできた海を最後にみておきたいと思った。
あまりゆっくりしていると、追手が来る――
湘南の海がみえる。
この景色が待ちどおしかった。
ベルトに手をあて、すこしゆるめる。
――そういえばこのベルト、ひうち姉さんがくれたんだった
磯の香りが、脳髄にまでしみ込んでいく。
これが、僕の好きな街の匂い。
今日僕は、神奈川県と関東地方に最後のお別れをすることになる。
ひうち姉さんがみやま姉さんとモメてから、半年が経とうとしている。
あれからひうち姉さんは、僕にすっかり話しかけなくなった。
そして今日僕は、関東地方を去る。
たぶんもう、ひうち姉さんと顔をあわせることもないのだろう。
飼い主に連れられた白い大型犬が、かわいらしくパシャパシャと水面を叩く。
僕も海水に触れてみたいと思い、一歩前へとふみ出そうとした。
だけど――
――一緒に、逃げよう?
誰かが僕に抱きついて、耳もとでささやいた。
誰の声か、すぐに悟る。
まさかと思った。
彼女が僕の異変に気づいたのは理解できる。
なぜなら自宅の窓ガラスは割れているからだ。
自宅にひき返したであろうみやま姉さんから、たぶん事情をきき出したりしたのだろう。
――だけど。
どうして僕の居場所がわかったのだろうか。
気づけば磯の香りは一転、サラサラのボブが放つやわらかいシャンプーの匂いへとぬり替えられていた。
恐るおそる後ろをふり返る。
「ひうち姉さん、ごめんなさい……」
「うん。お待たせ、丹波——」
「僕、みやま姉さんから逃げることに決めたんだ」
「どこに逃げるの?」
「まだ決めてない。関東地方からは出ようと思ってる」
「お金はどうするの?」
「何日かはもつ、かな……」
「ひとりで生活、していけるわけないじゃん」
「そう、かな……」
後ろから抱きついた状態のひうち姉さんが、両腕をほどいた。
そして僕の前へとまわり込み、こう告げる。
「わたしも一緒にがんばるから、ね?」
晴天の砂浜で、ひうち姉さんはニッコリとした笑顔をみせた。
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