第13話

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「ミオさーん」

「ん?」

「こっちの書類の建物って調査いつでしたっけ?」

「ああ、割と大きいやつだね。来月の始めだからまだ日はあるよ。朝からうちの班全員で行くって」

「えぇ〜朝からなんですか……嫌だなぁ。あ、ミオさんコーヒーおかわり欲しいです」

「自分で淹れなよ……」

「いやぁ、ミオさんの淹れるやつの方が100倍美味しいから」

「……もう、仕方ないな」

「えへへ、ありがとうございます」

「そのかわり明後日の当直代わってね」

「ぇで⁉︎⁉︎」

 後輩の呆けたリアクションを横目に、ベルが鳴る電話に目を向ける。だが、コーヒーを淹れながらでは電話はとれない。

「ん、サリア電話お願い」

「あっ、はーい…………はい、総合遺失物管理センター迷子遺物ユニパーズ課です。……はい、新規の届け出ですね、はい。お名前をお伺いしても?はい……はい」

 総合遺失物管理センター。

 失くし物とはいつの世もなくならないもので、ここにも日々誰かの失くしものが届けられる。財布や鍵から、時には迷子のペット、ひいては空き家まで、その種類は様々だ。

 そんな失くしものを解析や問い合わせとの照合から持ち主へ返したり、不明であればその保護や管理をするのがセンターの役割だ。

 ただ、この世界の失くしものというのは少々多種多様がすぎるようで。

「はい、確かに承りました。では失礼いたします」

「何だった?」

藍針鉱アズリカイトの廃鉱山近くの海岸で船型の迷子遺物ユニパーズが見つかったそうです。最近海沿いの報告多いですねー。ミオ先輩もこの前の調査は海の近くでしたよね」

「ふーん、海沿いね」


 迷子遺物ユニパーズ

 八年前のかの日から、正体不明よ物品がひっきりなしに報告されるようになった。形は奇怪で用途も不明。大きさや見つかる場所もまちまちで、屋外でまとめて発見されることもあれば、家の中でひとつだけ見つかることもある。

 共通点といえば、どれもこれも全体が緑色の錆びに覆われていて、その形は歪んでいる。触れれば硬く、冷たく、重たい。


 八年前、『睡雨』《すいう》と呼ばれる世界中の人間が突然眠ってしまうという怪奇な災害が起こった。

 雨に触れているいないに関わらず、眠ってしまった。

 眠りはほとんどの者が翌日には目覚めたが、数ヶ月〜1年程眠ったままの者もいた。

 人々が一度に眠ってしまうなんて、これだけでも大災害なのだが、被害は人体にも及び、稀ではあるが精神を患ってしまう者も出ている。

 そういった者は揃って、ありもしない出来事を口にしたり、見知らぬ人に親しそうに話しかけたりする。

「みんなどうしたんだ」とか「そんなわけない」とか。

 眠りの原因は未だ調査中らしいが、目立った進展は見られないそうだ。


 しかし、この災害の最も怪奇な部分はここではない。

 目覚めた後、正体不明の物品や建造物が大量に発見されるようになったのだ。

 まるで未来や異世界と混じったかのように、街のはずれや山奥、海沿いに集中して現れ人々を困惑させた。

 当然、発見された未知の物品は、危険物として間もなく国の管理下に置かれ、一般人が近づくことはなくなった。

 やっとのことで少しずつ混乱が鎮まった後も、こうして正体不明の物体『迷子遺物』《ユニパーズ》の発見報告の電話がほぼ毎日かかってくる。この調査や解析をするのが総合遺失物管理センター 迷子遺物ユニパーズ課の役目だ。

 センターは各地に支部があるが、ここは中央第5支部。今日もまた、かかってくる発見報告の電話に対応したところだった。



「はい、コーヒー」

「ありがとうございます!」

 サリアは熱いのに強いから、受け取って10秒と経たずカップに口をつける。

 一方で私は猫舌なので、窓から景色でも眺めながらゆっくりコーヒーを冷ます。

 レンガ造りの建物の4階から昼下がりの街道を覗く。窓の上部では植物の蔓と葉が日を隠してくれて快適だ。

秋晴の空、人通りもちらほら。季節外れだが上着を脱いでいる人もいるし、今日は暖かい方なのだろう。

 そろそろコーヒーの熱も落ち着いただろうとカップに口をつけた瞬間、側頭部のあたりに視線を感じた。

 この部屋には2人しかいないので、視線の主は決まっている。


「……ミオさん眼鏡変えました?」

 サリアの素朴な質問に一口目のコーヒーを途中で切り上げて答える。

「今更?」

「えっ?いつから変えてたんですか?」

「1週間は経つよ」

「えぇ〜全然気が付かなかったです……色も金色で一緒だし」

「チェーンがついてるからすぐ分かると思ったんだけどなぁ?」

「チェーンだけ新しくつけたのかと思ってましたよ」

「でもやっぱ白衣と金縁似合いますね、ミオさんだからっていうのもありますけど。背もあるしー、スタイルいいしー、私とは違って……」

「あはは、ありがと。でも成長期が人よりかなり遅かったから、背が伸びたのは18歳からかな?それまではかなり小さかったよ。子供と間違えられるぐらい」

「えぇ……信じられないです」

「その頃はまだ大学校に通ってて、卒業して管理センターに入ったのが20歳の頃で……サリアと出会ったのはその時だから知らないよね」

「見てみたいな〜ちっちゃいミオさん。流石に写真とか残ってないんですかー」

「うーん、写真機が普及しだしたのはここ数年だからね。一度誰かに撮ってもらっことがある気がするけど……もう忘れちゃったな」

「ですよねー」

 サリアは残念そうな顔をして、改めて椅子に身体を預ける。

 しかし、時計の針を見た途端一変してその表情は明るくなった。

「あっ、お昼の時間ですよミオさん!今日はどうします?」

「ああ、もうそんな時間……私、今日はお昼上がりなんだよね」

「あれ、そうなんですか?そっか〜じゃあ今日は大人しくひとりご飯か……」

「ごめんね。代わりに明日のお昼は私が二人分作っていくよ、明日は実地調査だからね」

「ほんとですか!ミオさんの手作りお弁当!えへへ……あっ、でも私たちは海岸と繁華街近郊で分かれちゃうから、結局2人でご飯はできないですね……」

「仕方ないよ、そう決まってるんだから」

「明日遅れないようにね、お弁当渡せなくなっちゃうから」

「はーい」

「うん、じゃあまた明日ね」



 何事もない日常、白衣を脱いで道を歩けば平穏そのもの。

 この時間帯だ、バス停に目を向ければ並ぶ人はぽつぽつとしか見えない。これなら席にも余裕がありそうだ。

 家路はそう長くない、ほんの20分揺られれば建物の代わりに緑が少しずつ増えていき、見慣れた住宅地が見えてくる。

 最寄りの停留所に着くためには少し行き過ぎてしまうけど、真ん中に磨りガラスが張られた白いドアのある小さめの平家、あれが私の住処だ。

「ただいま」

 一人暮らしだが。


 床の木目を踏んで2歩、灯りをつける。

狭くもない、広くもない、人並みに家具の置いてあるシンプルな部屋だ。

「あっ」

 照らされた黒のテーブルに置かれた小包を見て、今朝のことを思い出した。

 そういえば家を出る時、配達物があったから一旦置いてから仕事に出たのだった。

「そうだ、お母さんからだっけ……なんだろう」

 過剰なほどの緩衝材を剥がしていくと、中から煌めくものが見えた。

「わぁ綺麗なグラス」

 薄張りの呑口、その少し下の辺りから蒼の曲線が不規則に這っていて、グラスの内側に鮮やかな光を灯している。

 そして、そのシンプルながら美しい装飾の余白には"Movel Peak"と掘ってあった。

「ミオベル…ピーク……すごい、名掘りのグラス。綺麗だなぁ、後でお礼言わないと」

 部屋の灯りで照らされるグラスをまじまじと眺める。持ち上げて角度を変えてみたり、手で少し隠したりしてその煌めきを楽しんだ。

 そうして、太陽の光ではどう映るのだろうと窓の方を向いた時だった。

「あっ、雨?」

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