リ・新月
「なあ、神野。どうなってんの? それ」
「……」
朝のホームルーム前。僕は自分の席で、眼前の月の信徒の後ろ姿をボワ〜っと見ていた。
麻倉さんに話し掛けられたが、月の信徒、橋下君の後ろ姿を黙ってボワ〜っと見ていた。
いや、むしろ前しか見てられない。
橋下君はすごく力が入っていて、今にも血管が切れそうだった。
とても心配だったが、声はかけない。
昨日、僕は反省した。ここで、大丈夫? なんて言うと煽りになるんだろう。僕は別にマウントなんて興味ない。これも煽りになるのか。難しいな。
いや、今回はわかっている。理由はわかっている。煽ることになる理由は明白だ。
「うにゅ、うにゃ、うにゅ」
「なんか柊がまたたび猫みたいなんだけど…もしか、これ…」
昨日、柊…月ちゃんに公園でワカラセた後に聞き出した。僕のプライベートなどは、中学同学年女子には全て把握されていたのだと。しかも詳細に。わたしとのことは無いからね、安心してね。そう言っていた。
違う。そこじゃない。
無茶苦茶か。
無茶苦茶か。
無茶苦茶か。
これも、マウントか? マウントなら全ての女子に僕がマウントされてるのだと思うが? いやもう何もわからない。女子の世界は僕にはレベルが高すぎる。
いや、今はそれより口止めしないといけない。これ以上ゴッドハンドなんて広められたら嫌だ。困る。最後に星が落ちてくる。
「麻倉さん。それ以上はやめてくれ。ただ、仲直りしたんだ」
「あ、うん、そ、そーだな…」
昨日、月ちゃんとは仲直りした。彼女曰く、学生生活をやり直す中、僕の表情を取り戻した暁に、彼女になってあげる。そう言われた。
抜け殻の僕には興味がないそうだ。
ただし、煽るのはやめない。そう言っていた。
あの二択はなんだったのか。
岡野さんは、驚愕の表情を浮かべながらいらないことを言いそうだった。
「! これが…災を祓う…神の──」
やっぱりか。岡野由姫。彼女はユルい。これ以上はいけない。
「岡野さん。僕は女の子の泣き叫ぶ姿は見たくない」
「ぁひ! は、はい…」
そして。
「月ちゃん」
「うにゅ、うにゃ、うにゃ? にゃにー?」
「そろそろ頬擦りやめてほしい。殴られた場所に頬擦りとか痛さと柔らかさで感覚おかしくなる。そして周りの目が痛い。僕は穏やかなこのクラスが嫌いじゃない。月光はやめて」
昨日の夜、部屋の鍵は変えられていた。
妹曰く、エロ小説バレしたくなければ現実を見よ、だそうだ。
知られていた。キツい。
いきなり開けるからね! 気まずいのはごめんなんだからね! だから鍵替えたんだからね! そう言っていた。
弁当を盗み、金を抜き、鍵まで替える。
一日でこれだ。
ヒドイ。無茶苦茶か。
そう思いながら寝て、朝起きたら月ちゃんが部屋の真ん中で正座していた。
彼女は替えたてのドアの合鍵を何故か持っていた。
昨日言ったでしょ? 聞いてなかった? 駄目だなぁ、ふみくんは。ウケる。なんて言うから朝イチでワカラセた。
具体的な描写は出来ないが、僕の悪い本がまた役に立った。
彼女は息も絶え絶えにゴッドハンドだとまた言った。
それからずっとくっついている。頬は上気し、グネグネウニウニしてくっついている。周りが怖い。暑い。
「うーん? でも月世にメリットないしなー? なら壊せばよくない? ……久しぶりに本気を出そうかしら」
「お、おい! 神野、神野! おま、止めろ止めろし!」
柊月世。彼女は攻撃、つまり作戦決行のスイッチが入る時、目に見えて空気が変わる。災害化だ。オナ中では周知の事実だった。今度は寒い。
だから麻倉さんは焦る。
だけど、僕は強請ることを覚えてしまった。
「僕はやめて欲しい。月ちゃん」
「…じゃあやめる。でも…ここに……鍵、さしてくれたらね? ふみおマスターキーしか入らないんだよ?」
「下品か。やめろ。さりげなく僕の立場を貶めようとするな」
「いつでも怪盗されちゃうんだよ? まだかなー犯行予告。初犯なら見逃しちゃうよ? よんぱちで拘束だけだよ? あ、よんぱちって48時間ね。まあ逃しはしないかしら。月に変わってお仕置き…じょ、じょーだんだよー? またお昼にね? お弁当楽しみにしててねー? じゃーねー」
僕が一睨みすると、月ちゃんは慌てて去って行った。
? 僕…睨む…表情…出来ていたのか?
だとしたら……うん?
ふと目にした岡野さんは大きく口を開けたまま指を三本咥えながらワナワナしていた。
そしてやっぱりいらない事を口にした。
「これが…災害特効…神の手…ふみお…」
絶対悪口だろ。それ。
ヒドイ。
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