リ・告白
「ね、覚えてる? 二人で見上げた満月を」
ふいに柊はそんなことを口にした。
僕はさっきまで回想していたからか、少し頭が疲れていた。
もう月は出ていた。
覚えてはいるが暗雲によって濁って見えるこの月じゃない。小さな頃に二人で見上げた透き通った夜空に浮かぶまん丸な月だ。
黙って続きを促すと、彼女は淡々と話し出した。
「わたしね、やっとわかったの」
「今まで周りが悪いんだって思ってたの。ふみくんとわたしを引き裂いた周りがね。でも違った。ふみくんが悪いんだって気づいたの。ううん、知ってたの。やっとわたしが、やっとわたしの心が認めたの」
「今日のお昼。少し昔に戻ってたよね。表情筋。少し動いたかしら。簡単なことだった。顔にマッサージすれば治るんだって」
「鬼か。あれはマッサージじゃない」
黙ってとりあえず聞くつもりだったが、ついツッコんでしまった。あの亀はマッサージのつもりだったのか。ヒドイな。
いや、それより、僕が悪いだって? 周りが引き裂いたって何の話だ?
「ふふ。だって四年分の恨みだもん。少しくらい許してよ」
「……恨み?」
台風が近づいているのか、九月の夜だというのにまだ蒸し暑い。少し汗ばんできた。そう思いたい。
隣の柊は少し俯いていた。さっきとは違い、じっとりとしたトーンで続きを話し出す。
「ふみくんが信じた写真」
「いったい誰が渡してきて、誰がそのストーリーを吹き込んだかしら。そして……ふみくんはわたしに真実の確認も取らなかった」
そういえば、確かに確認は取らなかった。正確には取れなかった。
日向の最後の頼みごとを叶えた瞬間に罵倒され、嘘告だったと告げられた。
本当はその後で確認するつもりだったことを、薄らと覚えている。でも、そうしろと言ったのは…日向じゃなかったか。
「…確認…しなかった…だけど覚えている。あの日柊が、確かに僕の初恋を砕いた。嘘告だったと言ったはず」
「……あの日のわたしの気持ち、知らないでしょ? ふみくんが言ったあんな単純な言葉に気が動転するくらいショックを受けてそんな事を言ったの。バカだなぁわたし。どれだけふみくんのことが好きだったのかな……だからね。あの日、あの瞬間にわたしはわたしが壊れないように他の全部壊すことに決めたんだ」
「嘘だった…? …壊す…?」
壊れたという表現が正しいのかわからないが、心を挫いたのは僕だった。その後、癒してくれたのは日向だった。
「だけど無駄だった。中学三年間を使っても駄目だった。周りをいくら変えてもふみくんは戻ってくれなかった。いつの間にか災害だなんて女の子に酷いよね。あ、全部が全部わたしのせいじゃないよ? 女の子は味方で敵だったから。男はそれ以上。あの三年間はわたしにとって地獄だったかしら。あ、でもでもずーっとふみくんのために一人寂しく頑張ってたんだよ? えへへへ」
「僕のために…一人で?」
「そ。ふみくんってば、知らず知らずのうちに男子煽るとこあるじゃない? もちろんわたしは煽ってないの知ってるよ? だからターゲットにならないようにって」
…僕、煽ってたのか。普通に話していたつもりだった…よく絡まれたのはこれか? え、嘘、あれでマシってこと? お前の彼氏とかにも絡まれたんだが? めっちゃ居て、なんか多いなって思ってたが?
「あ、彼氏の噂は嘘だからね? 勝手に自称していた男達かしら。たまにガバッと襲ってきたけど阿澄ちゃんとののかちゃんに手伝ってもらったの。だいたい予測できるからレイプしてるように隠れて撮って。動画で縛って言うこと聞かせて。あとは男子達を探らせる探偵…スパイ…犬かな。の、完成かしら」
「あ、安心してね? この身体は今日の満月みたいに何にも欠けてないよ? ふみくんへのまん丸な気持ちも。ずーっとそのまま」
少しだけ、想像してしまった。一人寂しくしている柊の姿を。幼馴染は……厄介だな。
「だからね?」
「もしわたしを捨てるのならね?」
「わたしね?」
「えへへ…月ちゃんはね?」
「新月になるためにね?」
「中学で培ったわたしの全てをね? きっちり束ねてね? 纏めてね? よりをかけてね? びんびんに尖らせてね?」
「ふみくんだけにね?」
「贅沢にアレすることにしたの。一時的に過程的に躾みたいになるけど、大事なのは最後だから。ね?」
「……?…」
なるほど?
ね、じゃないが?
わたしを捨てる?
これ、告白か? 嘘だろ?
あれ、おかしいぞ? 脅迫にしか思えないぞ? 災害が僕だけに降り掛かる? 自己犠牲なんて持ってないから満遍なくクラスメイトに降り注いで欲しいが? そんな贅沢は敵だが? あれなんか違うな?
情報が多すぎて対処できない。
今日の昼は昔を思い出させるためだった?
災害は僕が生んだ?
嘘告が嘘だった…?
駄目だ、頭が回らない。
嘘告のシーンが頭の中にさっきからずっと繰り返す。思い出したくもない、そう思えば思うほど他の事は考えられなくなる。本当か嘘かもわからない。心が騒つく。凪だ。心に凪を。
駄目だ。凪は来ない。
柊にのまれる。
「あ、あ、僕は、あの日、あの日、月ちゃんに、会う前に──」
その時、風が吹き、暗雲は去った。
彼女は立ち上がり、姿を現した月に背を向け、ゆっくり見上げた僕に言う。
「今日は満月の夜。それが0。わたしのリスタート。カタチといい、エモさといい、満っ点なの……!」
大きくて美しく輝く満月をバックにして、あの当時のような笑顔で、彼女は僕に右手を差し出す。
「さあ、選んで! わたしか! 月光か!」
不覚にも見惚れた。美しいと思った。まるで時間が止まったように感じた。満月の下、美しく佇むヴァンパイアのようだと想った。
脅迫なんて、災害なんて、目じゃないくらいの運命を感じる眩しさだった。
嘘だっていい、苦手だっていい。僕はその手を掴みたいと思ってしまった。
僕が茫然としていたからか、左手でスタイルの良い身体を掻き抱きながら絞り出すように叫ぶ。
「もう…限界なの! 耐えられないのぉ!」
そして、その美しい吸血鬼は、笑顔を溶かしながらこんな言葉を付け加えた。
「ゴッドハンドふみくん! 早く来てぇ!」
「……」
誰がゴッドハンドか。
僕の感動を、返せ。
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