[追憶]嘘告
中学一年の二学期の終わり頃。わたしは悪い女に嵌められた。
これはその苦い苦い記憶だ。記憶の夢だ。ただそれだけの夢をいつも見る。わたしをいつも苦しめる始まりの記憶だ。
◆
「付き合ってなかったんだねー」
「ん? 急に…何?」
月曜日の昼休み。ご飯を食べ終えて仲良しグループのみんなは中庭に出かけた。残った友達の阿澄ちゃんは私に変なことを言った。
「いや、神野くんと」
「?」
いつもなら一緒に仲良しグループについて行くのに、ちょっと話があるって言って残っていた。その話が何の話かわからない。
「いやーすっかり騙されてたよー。月ちゃんの演技力はやっぱりすごい」
「…なんで? ふみくんだよ。彼氏は」
何言ってるの? ふみくん狙ってるの? 親友なのに酷くない? 胸の奥がザワつく。そもそも演技なんてしてない。彼氏はふみくんだ。
「もう隠さなくって良いって。これって嘘告だったんでしょ?」
「なんでそんなこと…」
そんな酷いことしない。そもそもふみくんと私は小学校の時から有名なカップルじゃない。付き合ったのは遅かったけど。
「あれでしょ? 神野くんが有吉くんと月ちゃんの中を取り持ってくれてたんでしょ? なかなか男気あるよねー」
「えっ」
阿澄ちゃんの言うニュースは笑えなかった。しかもよりにもよって有吉とだなんて。
「幼馴染と友達が交際を明かせないからって自分を犠牲にしてまでかー。いやーやるね」
「…」
どこかで何かが始まってた。話の流れが掴めない事にだんだんと腹が立ってきた。
「今まで月ちゃんがいるからって諦めてたあの子、再燃しそうだね。あれ? どしたの?」
「…わたしの彼氏はふみくんだよ。ずっと」
本当にどうしたのか聞きたいのはこっちだ。
ふみくんが極端な女の子にモテるのは知ってる。決まってクセのある女の子ばかりに。常に牽制してるんだから知ってるに決まっている。
おっちょこちょいなとこも、ぼーっと何かに心奪われている時も、そんな時に会話したらだいたい男子煽る発言することも、のんびり屋さんで、あったかくって。小さく笑うところが可愛くて。ちょっとイジワルで。いつもイジワルで、わたしの大好きな男の子のことを、幼馴染のわたしが一番良く知っている。
何? 何が始まっているの?
「…もう嘘つくのやめた方がいいよ。月ちゃん庇うのも大変なんだから」
「嘘なんか…」
嘘なんかついていない。ふみくんとわたしは熱々のカレカノなのだ。これからもずっと。
「これ以上はダメだよ。月ちゃんなら幼馴染だし可愛いし、仕方ないって諦めてた子に恨まれるよ」
「…恨まれる?」
諦めないその子達に直接わからせたい。恨まれるって何? そんなの今更だよ。なんなの?
「そ。一応月ちゃんに一番近いのがわたしですから。真実を教えてーって確認がもうビシビシと」
「じゃあっ、有吉とは嘘って言っておいて! 彼氏はずっとふみくんだってっ!」
このまん丸な真実を疑われてる? イライラする。最近は無くなったけど付き合い初めの頃はよく他の男の子と噂を流された。でも私が否定すればグループのみんなや阿澄ちゃんを中心に広まり噂は消えていった。
あの時の噂は、誰が流したのかまだわかってない。
「なら、この写真はなに?」
「何これ…なんでっ…」
先週の金曜日。確かに会った。バレていないはずだった。写真はしっかり腕を組んでいる。得体の知れない恐怖が胸に宿る。手が僅かに震えてくる。
これはふみくんを助けるために…しかもこの一瞬だけだ。ふざけた有吉がふみくんとはいつもどうやって歩いてるのかって無理矢理…あのクズが! あとは何にもない!
「ほら嘘じゃん。あんまり心配させないでよ? わたしもちょっとイラつくし。だいたいこの写真、神野くんがくれたし」
「え、嘘…」
最悪だ。最悪の事態だ。目が眩む。視界が滲んでくる。その日からもう二日は経っている。どこまで噂が出回っているのか検討がつかない。
「土曜日だったかな? 噂が回ってきてね。それで確認とったの。たまたま部活で学校来てたから神野くんに会って。だって修羅場かと思うじゃん。でね、神野くんが内緒だったけど写真が回ってきたからバレるのも時間の問題かなって事で教えてくれた」
こんな事が起きているのに笑った? あのふみくんが? 何が起きているのかわからないよ。
「…ふみくんはなんて言ったの?」
「賑やかグループ内で付き合ってる事がバレたら月ちゃんの立場が悪くなるし、体育会系グループの彼だと放課後とか休日とか合わないから応援とかって言えばグループにアリバイ作れるし、コソコソ会えるでしょっだって。頭良いよね」
違う。それは日向さんが考えたアリバイ作りだ。有吉を嵌め殺すためのアリバイだ。
しかも協力者のように振る舞う…ふみくんが? ふみくんはそんな器用なこと出来ない。…つまり日向さんが言った? 絶対に巻き込まないって言ってたのに? 信じさせた? 有吉を追い込むのに協力してたあの子も? この写真を使って? 優しいふみくんにいったい何を吹き込んだの?
わからない。わからない事に胃がキリキリと痛み出す。
「そう…なんだ…」
「もうバレるだろうから一応写真渡しておくねって連絡先交換したよー。いやー実はわたし…神野くんと繋がりたかったけど月ちゃんを裏切るし出来なかったけど、もういーよねっ?」
「うぇ、うん…」
咄嗟に了承してしまっていた。本当は誰にも会って欲しくないからわたしは不安を盾にふみくんに連絡先だけは交換はしないでとお願いしていた。
阿澄ちゃんはクセが強い。だから一番近くに置いて仲良くしてる。
駄目…頭がガンガンして眩暈がする。
「わたしの心配もしてくれてさー。立場的にシンパシー感じたよー」
「…立場?」
「月ちゃんと私、有吉くんと神野くんってこと。今回でわかったけど何かお互い似てたんだねって。神野くんって普段あんまり表情見せないからさー照れ屋さんなのは知ってたけど。こうキュンって。テヘヘ。でね、今度どっか遊びに行こーってなって。楽しみだなー」
もう俯くことしか出来ない。だいたいあの有吉がふみくんの悪口を影で流してるんだ。それを信じたバカが群がるから根本を殺す。
この女は見る目ないし、わかってない。
ふみくんはそんな嘘で相手と共感を得るなんてしない。だからその嘘を信じてるか、台本があることは間違いない……そんなに無理して? 月世のこと、信じてくれないの…?…
それに、どっか行く? なにそれ?
「…いつ?」
「うん?」
「遊びに行くのっていつっ!」
「えーと、次の次の木曜日? だったかなー勇気だして誘ってみた! あ、クリスマスだったーなんてね。知ってたんだー私。なぜか大地ちゃんが教えてくれたのが謎だったけど。あーもう二学期も終わるねーていうかなんで必死?」
「な、んでも、ない…」
その日はわたしとふみくんとの記念日だ。一年前から約束していた幸せな未来日。部活も何にも無いからイチャイチャでぐちゃぐちゃな幸せな日になるはずだった。
やっぱり日向か。
「えっ! 顔真っ青だよ!? 大丈夫っ?」
「大丈夫じゃない…」
震える足に言うことをきかせ、一歩前に踏み出す。昼休みはもう僅かしか残ってない。ふみくんに会わないと。
誰だ。ふみくんを騙してるやつは誰だ。誰が撮ったのか知らないけど、見つけないと…
「待って…」
あの一瞬を写真に撮る……そんな事出来る? ストーカーくらいじゃないと…
……わたしとふみくんの……動きをどちらとも知ってないと……こんなこと出来ない…あの頭は回るけど自分で動くのを怠がる日向が?
そもそも最初に有吉の話をもってきたのは…
そうだよ。ちゃんと言えばふみくんもわかってくれる。わたしは有吉を潰したかっただけ。ふみくんから遠ざけたかっただけ。わたしを落とすためにふみくんと仮面つけて仲良くしてるクズをブッコロしたいだけ。内緒なのはふみくんがわたしを思って悲しい顔をするのが耐えられないだけ。可愛くない姿を見られたくないだけ。
ふみくんは泣顔が極端に苦手な人だから。
頑張って笑顔にならないと。
誤解を解かないと。
「柊──」
◆
ここでいつも夢が終わる。
ふみくんと会って、ショックで逃げ出したその記憶は薄らとしかない。何を言ったかもあんまり覚えていない。とても混乱して酷くて醜い言葉をふみくんに投げ付けたのは少しだけ覚えてる。
だったら仕方ないじゃない。
名前で呼ばないんだから。すぐに目を逸らしたんだから。口が硬く結ばれてたんだから。悲しい顔なんてさせたくなかったんだから。だって……日向の方を信じたってことじゃない。
だったら仕方ないじゃない。
どれだけかかっても。何もかも全部巻き込んでも。
だから仕方ないじゃない。
全部壊して、やり直すしか、ないじゃない。
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