[幕間]放課後月光

 放課後、柊月世は神野文雄のクラスを訪ねた。


 放課後デート。


 今日の日にふさわしいイベントに頬が少し上気していて、それを知った上で利用するかのように可愛らしい仕草で教室に入っていった。



「ふみく〜ん! かえろー。あれ? 寝て…る?」



 文雄の席に近づくと、机に突っ伏して寝ていた。相変わらず微動だにしない寝方に少し口元を緩める。

 そんな月世に、同中、同クラスだった麻倉みなみが話し掛ける。



「…柊。神野は六限あたりから寝てた。……担任が何も言わないのって、アレか?」


「みなみ……ああ、太陽風かしら」



 太陽風。日向向日葵の金パワー。既に教師陣は懐柔されていた。しかしそんなものを文雄にだけすれば、妬み嫉みは免れない。中学の時と違い、周りから弾かれることを日向は知っててやっている。

 だが、この愛する幼馴染にはそんなものはもう効かない。ましてやその特別扱いに酔ったりなどもしない。

 中学の三年間で彼は変わってしまったのだ。その事に少しだけ、月世は落ち込む。



「なぁ。もしか……また始まんのか?」


「…もうしないかしら。みなみさん。お久しぶりね」



 みなみの問いに、彼女は月光の仮面を被り言う。もう災害は起こさないと。



「同小女子には無理だかんな…取り繕っても。お前と神野のことも」


「…そだね。もうしないよ。中学のアレは。ただ、ふみくんにだけすることにしたの。んふ」



 軽々しく月世は言うが、洒落にならない。もう文雄のプライベートなど今日からなくなってしまう、という宣言だった。

 それを正確に読み取ったみなみは溜息を吐きながらも自分と友人である岡野由姫の潔白を示すことにした。神野はご愁傷様だ。



「鬼かお前…一応協定に従って何にも話してない。岡野も」


「あれ? それは予想外だったな…」



 やっぱりか。月世は裏切りを死ぬほど嫌う。許さない。ゆえに固い結束に守られた月の信徒達が発令した協定。神野文雄には何も教えない。それさえ守れば、自分のやらかしや、大事な友人のやらかしは拡散させない。ただそれだけの協定だった。そのシンプルさ故に今日まで守られてきた。

 でもやはり自分には関係ないと面白がって文雄に絡むやつも出てくる。そんな時はそのもの自身が発信者になって友人を地獄に叩き落とすことになる。そんな協定だった。



「その言い方だと…もう自由ってことなのか?」


「うん。今までごめんね。今日…いや、明日からね。だいたい日蝕が悪いんだけどさ。いっつもいらないことして…あいつ…」


 

「まあ、柊がさ、こだわってんのは知ってんだ。日向も。ただどっちの言い分を信じてるかは聞かないでくれ」


「…まあ、それでいいよ。みなみは小学校から友達だしね。一応守ったんだよ? ……あの先輩から」



 少し微睡んだ瞳で薄く笑いながらネタばらしをする月世。みなみは全てを察した。かつて淡い恋心を弄ばれるところだった自分を救ってくれたのは、やはり彼女だったのだと。それは、小学校の頃から変わらない優しさだった。



「…あれはやっぱりお前だったのか。いや…ありがとう。当時は…行き場のない気持ちに…少し恨んだけどな」


「ふふっ。恨む気持ちは誰より知ってるからいいよ。それに、もう一人のクズに用事があっただけだから」



「ああ、神野に絡んでたやつか」


「そ。男の嫉妬なんて醜いよね。ちょっとアレしたらあっさり口割るんだもん。そしたらみなみのこともバラしてさ。遠目危ないなーって思ってたからさ。ついでに潰しちゃった」



「…やっぱお前こえーわ。でも神野は…その、あれだ。手加減してやれよ。小学校の時と違いすぎて…あーしもどう接したらいいかわかんないからさ…」



 みなみのシンプルな素直さは、月世がかつて持っていて、もう無くしたものだった。もう思い描けないその感情を考えると少し胸が痛く、羨ましさに口篭る。


 そして、文雄のことも。


 それを誤魔化すかのように、月世は小ターゲットに呼びかけた。



「……うん。わかってる。あ、お〜い、岡野さ〜ん。ちょっとこっち来てくれないかな〜?」


「ぃひっ! ぉ、お久しぶり〜柊さん…な、何かな〜?」



 青ざめながら、辿々しく月世の前に歩みよる岡野由姫おかの ゆき。彼女は別小出身で、昔から男の子にチヤホヤされるのとドギマギさせることが大好きな可愛い容姿の女の子だった。

 ただ、中学三年になるまで奇跡的に災害のことを知らず、小悪魔のように振る舞っていて、二股三股は当たり前だった。なので、こいつマジかよと周りをざわざわさせていた。


 そこにやっぱり災害が襲い掛かってきた。


 その嵐に小悪魔などなす術なく、あっという間に粉微塵にされ、廃人のようになった。それを救ってくれたのは他ならぬ、みなみだった。それ以来、みなみと仲良くしていて、一から災害の恐ろしさを学んでいった。


 やはり平和な一年が怠惰を招いたのだろう。災害は忘れた頃にやってくるのだ。


 その災害が目の前に形を結んでいる。そして話しかけてくる。その恐怖に、由姫は足をガクガクと震わせながら立っていた。


 ヤバい。アレが目の前にいる。

 あと一押しで私、失禁しそう。



「岡野さーん。久しぶりーところでー変態豚野郎ってーいったい誰のことかなー?」


「な、なんで…それを…ひぃぃ! わ、わ、私です! 私のことですぅ!」



「なら今度からそう呼んであげるね! ん? あれれ? 変態豚野郎なんでしょ? 嬉しく…ないかしら?」


「ぃぃぃいえいえいえいえ! 大変嬉しく! あ、あ、ありがとうございますぅぅ! 豚とお呼びくださぃぃ!」



「ウソウソーごめんねー? せっかくになって…立ち直ったのに……勿体ないかしら。だって…今は…三年の北野君、だっけ、彼氏。んふ。幸せかな? だからね? 次は…ね?」


「ぅえ、なんで…は! き、き、気をつけ月に感謝しますぅぅ!」



「そう〜? わかったー。でもすごーく綺麗だよねー月って………そうは思わないかしら?」


「超バイブス綺麗ヤバ過ぎでありますぅ!」



 岡野由姫は膝を笑わせながら、おしっこ少しちびらせながら、から笑いがバレないように愛想笑いを全力でしながら、月に届けとおっきな声で、月世に訳の分からない賛辞を送った。


 この災害は全て知っている。



「あは。意味わかんない。岡野さんって面白いんだねー」


「そ、そうですかぁ、嬉しいなぁ、あは、あは、はは、は…」



 そのやり取りを見て、麻倉みなみは、素直に感想をこぼした。



「あー、やっぱお前こえーわ」



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