リ・クラスメイト

 なんか…疲れたな。お腹は満たされたが疲れた。


 俯瞰してみれば、ただ女の子とのお昼ご飯だ。そう考えれば良かった。凪があんなに掻き乱されるなんて今までなかったのに。あれが…初恋に囚われる…か…


 五限終わりにそんな事を考えていた僕に、元オナ中で同クラだった麻倉さんが話し掛けてきた。



「なあ、神野。柊は…どうしたんだ?」



 どうしたか。僕も知らない。わからない。ただ…麻倉さんが知りたいのは、僕と柊の関係ではなく災害のことだろう。



「…わからないけど、アレは起こさないとは思う」


「…そっか…もう、嫌だよな。アレは…」



 麻倉さんとは本当に久しぶりの会話だけど、アレで通じるのか。通じるか。



「そーだよね、アレ、もー嫌だよね。この平和、守りたい。そーだよね、神野くん?」



 麻倉さんの後ろからひょっこり顔を出しながら岡野さんも絡んできた。暗に僕を生贄にしようとしていることはわかる。ヒドイな、この人。


 麻倉さんはなんとなく違う気がする。僕への気遣いは見える。


 彼女は恋を諦めた女の子だ。本当かどうかは知らないが、確か同じ陸上部だった男の子に裏切られていた。とされてた。


 岡野さんは確か二股女子だ。盛大に晒されていたから覚えている。モテてたのも。一時期は暗かったけど、随分と表情が明るくなった。


 深水中学、三年二組。あのギスギスした空間ではあまり個人のやらかしに対して全体での糾弾の方向にはいかなかった。みんな自分の身を守るのに必死だった。それは良かったのか、悪かったのか。



「あの、神野くんはさ、その、柊さんのことどこまで──」


「岡ちー。それは駄目。それだけは駄目」



「だってさ、神野くんが───」


「岡ちー! ……フヌけてんぞ。忘れてんのか? 相手はアレだぞ? あ?」



「ひっ! ご、ごめんね、神野くん。何でもないよ。あはは…アレ、怖いよね…」



 このシーンは何度か見覚えがある。みんな文化祭の劇なんか目じゃないくらいの真剣さ。でも僕は観客だった。舞台裏にはいけず、決定的なことは誰も何も教えてくれなかった。


 しかし改めて思うと、いつから僕の同級生はこんなにも殺伐とした決意を秘めないと学生生活を送れないようになっていたんだ。


 いや、僕もいつの間にか災害に対してボケていたのか。だからそう見えるのか。


 そういえば、女子側の生の意見や証言は聞いたこと…ないな。


 元オナ中は柊のことは口止めされているようだ。何か大事なものと未だに天秤にかけられているのだろうか。


 何か災害の打開策はないだろうか。もし一番星さんが災害化したら目も当てられない。現状既にまずいし。なら僕はどうだ。ヒントをこぼして欲しい。



「…いや、いいよ。でも少しだけ。実際のところ、僕はどう扱われてた? あの頃、何故か高頻度で男子に絡まれてた。その理由知ってる?」



「か、神野は…その、なんだ…あ〜〜〜! バカ!」


「も、もう! 神野くんのバカ! みなみっ、席戻ろっ!」


「え? あ、ちょ…」



 ヒントどころか、ちょっと予想が違うというか、予想外の反応なんだけど。なんだいったい。収穫は僕がバカってことだけか。


 麻倉さんと岡野さんが席に戻ると、今度はいつもクラス内で明るくて楽しそうに大きく笑う男子、佐藤君と河井君が素早く絡んできた。


 途端に音の無い静かな教室になる。これあのギスギスとした嫌な音を思い出すからなんとなくいやなんだけどな。



「なーなー神野君さー、あのお月サマと幼馴染なの? 今までそんなこと聞いたことないからさー気になってさーしかもあんな可愛いく、さらに健気とか…なー?」


「そーそー月の下さんさ〜正直めちゃくちゃ可愛いじゃん。けど、どれだけ押しても壁みたいでよー。ぶっちゃけ…神野君が居たからってことでOK?」


 

 二人とも楽しそうなテンションで話すが、嫉妬が隠しきれてない。黒さ暗さがトーンに混じってる。これも今までに見てきたものだ。


 柊に恋慕するのは、まあわかる。だけどそれだけで絡むとか…え? もしかして幼馴染って理由だけで僕は中学の時に絡まれてたのか? 小学生からの延長だしそんな人は何人もいた。だから中学の頃は幼馴染なんて意識してなかった。


 それよりそんなことを誤解されたままにはしておけない。


「いや、つきまとわ…」


 あ…いや待て…よ? もしかしてこれも…月光か? 何があいつの不正解だ? このまま素直に否定的に答えることを見越していたなら…


「あんなの興味な……」


 いや、これもあいつにとっての予想の範疇…ツン男アゲ、健気女アゲ…つまり僕サゲであいつアゲになる。なら逆は? 


 僕アゲあいつサゲ…ないな。嫉妬男子からなら無理だ。ただただ嫉妬アゲになる。なんて厄介な災害なんだ。


 いや、違う。そうだ。つまり彼ら嫉妬男子にとっての僕サゲあいつアゲになれば良い…例えば、今日見せていないあいつの姿。これなら予想外だろう。月光破れたり。



「いや、そんな関係じゃないんだ。土下座したらアタマを踵でぐりぐり踏みつけてくる。そんなライトな関係」



 今は謝罪ざまぁ社会だ。そこかしこに土下座が溢れている。今時土下座くらい珍しくもないだろうからそこまで情けなさインパクトは無い。


 だけどアタマぐりぐりを足せば情けなさにバフが乗る。乗りすぎて災害化するのも困る。だからポップにライトに言う。



「お、おぅ。すげーな…表情ひとつ変えずに…マジモンかよ」


「すっげ、神野氏すっげ」



 そう言って彼らは納得して席に戻っていった……なぜか僕アゲっぽかったが、彼ら嫉妬男子からの嫉妬は消えた。正確だったか。


 ただ一部男子からは別の嫉妬の炎が立ち昇っていた。


 それは目の前に座る橋下君だ。肩が震えている。首の筋が立ってる。頬に拳に力入ってる。歯を食い縛ってる。横目で僕を睨んでいる。


 これも見たことがある。彼は月の信徒だ。


 仲良くなれると思っていたのに。残念だ。


 変態とかほんといらないな。



「神野、それ多分…やばいかんな…でも、なんかサンキュ」



 麻倉さんは、どうやら僕の身を案じてくれているようだ。なんとなく戦友みたいに感じる。何せあの災害を乗り越えてきた。



「ひっ、こ、こっち、無表情で見ないで。変態豚野郎」



 反対に岡野さんはそんな訳の分からない事を口にした。


 やっぱりヒドイな、この人。

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