リ・幼馴染

 今日は一番星さんはお休みだった。失恋したてだ。立て直す時間も必要だろう。心を整理することも必要だろう。


 つまり、呼び出されない。連れ出されない。殴られない。憩いの時間が約束されたと言うことだろう。イケてるお昼。僕は穏やかな日常にようやく帰還したのだ。


 しかし、そんな僕の小さな展望が一瞬で0になった。むしろマイナスか。



「あ、いた〜。おぉ〜い、ふみく〜ん」



 お昼休みが始まるや否や、柊がうちのクラスにやってきた。


 横紙破りか…嘘だろ。


 少し構えていたから来ること自体はそこまでショックではないけど、その立ち振る舞いに少しばかりショックを受けた。


 あれは、中学一年のクリスマス、嘘告前の柊だ。


 その表情で、なんか昔のラブコメヒロインみたいなゆっくりとした走り方してこっちの窓際に向かってくる。


 なんだこいつ。


 そんな走る距離ないだろ。麦わら砂浜白ワンピか。年代バグってんのか。


 そして同時にこの元幼馴染が、違和感のない天性の身体の動かし方をできるのを思い出す。何個特技持ってんだ。持ってたな。


 みんなから注目という光を集めて更に光出す。まるで空に浮かぶ月のように。だけどお前の皓皓こうこうは僕にはもう通じない。


 そしてそれだけじゃない。月光だ。こいつの一つ一つの行動に策か裏があったはず。中学の時は。


 もっと昔はそんなのなかった。そこにずっといろ。出てくんな。


 いろいろバグった幼馴染とかほんといらないな。このクラス、割と穏やかで結構気に入ってたんだけど、仕方ない。



「キショい。寄るな」


「お昼、一緒に食〜べよ?」



 なるほど。


 聞かないスタンスか。ウルツァイトクラスのメンタルか。でも僕の心も凪だ。どうでもいいし、なんでもいいが、会話しろ、会話を。僕をツンみたいな扱いにする気……だ、こいつ。…なぜだ?



「これ、何の企て?」


「幼馴染として一緒に食べたいだけだけど…?…あ、風花ふうかちゃんに聞いてさ、今日お弁当忘れたでしょ? だから分けてあげよーって。いろいろ…忘れてるだろうから、ね?」


「…」


 

 忘れたんじゃない。何故か今日は弁当がなかったんだ。そうか。あいつだったのか。


 これで妹を既に掌握してることがわかった。昔からあいつは月の信者だ。でも関わりなんて途切れていたはず。まさか復活したのか。


 しかし、いつもの清楚系お姉さんキャラはどうした。そこから繰り出す上から目線はどうした。小学生時代まで遡って急に若作りすんな。お前の中学の有様を吹き飛ばす気か。


 いや、こいつの昨日の話…まさか今日をもって0から始める気か…


 どこの世界に顔を踏みつけながら絶縁解除申請する元幼馴染がいる。認めるやつも。狂ってんのか。


 あと、昨日のあの白パンツは何だ。清楚系がウリじゃなかったのか。官能小説みたいなことすんな。


 なんでもいいし、恨んじゃいないが、今こうやって0から始める動機と意味はなんだ。


 躾けるなんて、まさか言葉通りだとでも…言うのか。言うな。


 ああ、言いかねない。こいつなら。


 ヤバァ。



「ふみくんの好物ばっかり作ってきたから。さ、食べよ。ね?」


「…」



 つまりこの状況を知ってて仕込んでいた…のか。そういえば朝コンビニに寄ったら財布になぜかお金がなかった。昨日確かにお昼代くらいは入っていたはずなのに…いや…風花だったのか。


 昼を抜くくらいわけないが、汚い。実の妹とはいえ、汚い。お前は僕の敵だ。


 しかし、僕の前の席は少しは会話する仲になったクラスメイトの橋下君だ。彼が席で食べるかもしれないだろ。



「あ、橋下君なら前もって伝えてるから心配しないで。一週間前に、だけど。えへへ」


「…」



 なるほど?


 え、コワァ。


 一週間前から決まってたのかこれ?


 すると昨日の侵略的な絶縁解除もか?


 え、コワァ。コワァ。


 周りを見渡すと元オナ中以外は興味と妬みと好奇心で注目してくる。間違いだ。


 元オナ中、特に同クラだった麻倉さんと岡野さんがなんだか形容し難い苦い顔してる。正しい。それ正しい。凪の僕もその顔したい。


 あ、表情筋死んでた。くそ。


 いやまだだ。



「お箸一本しかなくて…おっちょこちょいで…ごめんね。だから、はい、ふみくん、あーん。あ、あ、あれれ? お口にジップ&ロックかなー? もー困ったふみくんだなーもー。ふふ。でも合鍵持ってるんだ〜。はい…中3…あーん」


「…………………ぁーん」



 ボソリと中3って言ったなコイツ。


 あの災害は合鍵じゃない。しかも脅しながらあーんとか何考えてんだ。それにそもそも今時付き合ってる男女でもそんなイベント公でしない。だけどその分効果的だ。くそ。


 表情筋死んでる僕はまるでツンとした男子。そこに健気にもお弁当を口に運ぶ幼馴染。という絵面。くそ、いやらしいくらい俯瞰が完璧だ。ほんとやらしい。最初のツンの態度にさせる事もこれ込みか。汚い。汚いぞぉ! ヤリチン恐喝野郎も見習え!


 しかも拒否したら健気さに拍車がかかる罠。もっとこいつに有利な盤面になる。それは癪だ。


 くそ。おっちょこちょいが呪文に思えてくる。


 しかし、何故にここまでして…


 もしかして…僕が普通にクラスに溶け込むのを待っていたのか? 軽いとはいえ、関係を持たせて…? 上げて落とすために…か? まさかまたあの災害起こす気か。


 いや、さっき脅しとしか使わなかった。それに柊とは別クラだ。このクラスに僕はあまり関わってないが、そこまで悪い人はいないはず。被害はない…はず。


 いや…思い込みはこいつの一番の好物だ。


 それに…ここにいる時点で、既に完成しているのかもしれない。


 コワァ。



「美味しい? 美味しいよね。だってふみくんの好物ばっかりだもん。これ好きーなんて言ってたよねー。これがふみくんの血と肉になるんだよ。デトックスデトックス。ん〜だいたい細胞って三ヶ月くらいかなぁ。あ、一年なら安心だね。頑張らないと! ふん! なんてね。てへへへ。はい、中3、あーん…」


「………………ぁーん」



 なるほど?


 え、何言ってるかわからない。科学ホラー? こんなんだったっけ。バグりすぎて最早誰だかわからない。

 お前との対面会話、ほぼ二年ぶりとかだと思うけど、まさかこれ毎日続ける気か? やりとり思い出すまでか? 思い出さないと災害コースか? 狂ってんのか。いや、狂ってたか。



「んふふふ。あ、そうだ! 帰り、一緒に帰ろーよ。いいよね? 駄目、かな? ……あーおっきくて、まん丸なお返事、欲しいなぁ…チラチラ。騒がしくしたくないなら…てへ、間違えちゃった。騒ぎにしたくないなら小さくて可愛いお返事でもいいよ…チラチラ」

 


 だいたい一緒だボケェ!


 近くの麻倉さんと岡野さんが息を呑むのがわかるだろ! そうだ、二人とならきっと今の気持ちを分かり合える。災害には一人では太刀打ち出来ないのだと。


 色ボケ男子は目を剥いて喉を鳴らす。これそういうのと違う! ただの…人柱だ。


 仕方ないか。くそ。



「…………わかった」


「わぁ。良かった〜嬉し〜やったぁ! ふみくんと放課後デートだぁ!」



 僕、声小さく言っただろ! 音量合わせろよ! なんでおっきく言う! 素人動画か!


 色ボケ男子の嫉妬オーラが高まっていくのがわかる。だからこれ違う! そんな可愛いもんじゃない。これは脅しと言うんだ! 嵐と言うんだ! 僕、君らをこの災害から庇ってんだよ!


 それに上目遣いでお前はムニョムニョすんな。誰だお前……在りし日の月ちゃんをお前が汚…す…な…いや…これは…懐かしいのか…僕は。


 駄目だ、こっちが錯乱デッドロック状態になる。


 こいつ───ワカラセる必要があるな。



「柊…お前───」


「ああ、逃げれると思っても、無駄かしら」



 そうボソリと呟く元幼馴染。

 あ、良かった。心が一瞬で凪に戻った。


 しけた月が出るまでに帰ればいいか。

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