月下美少女

過去災害

 亀パンツの、いやうさぎパンツか。亀を置き去りにするのはだいたいうさぎだ。勝ち負けはともかく。どっちだっていいか。しけてたし。



「あたた…しかし…ヒドイな…」



 僕は夜が明ける前からボーっと部屋の天井をベッドに寝転んで見上げていた。


 うさぎパンツの日、昨日の昼に寝過ぎたのだ。痛さもあって目が覚めた。そこからどうも寝られない。


 あの後、土下座寝を敢行していた僕が目を覚ますと誰もいなかった。首と横面、膝と肩が痛かった。だからそのまま帰って寝た。誰か浦島太郎は居たのだろうか。持ち帰る場所などはないが。



 そもそも今頃何用であんなことをしてきたのか。


 中学を卒業し、高校に入った時、何のロスタイムか知らないが、柊と日向がいた。


 その日は流石に憂鬱だったが、幸いクラスは別だった。


 入学してから少し経ち、硬さと気恥ずかしさみたいな空気が教室から抜けた頃。


 クラスメイトの男達の話題はその二人足す一人、別クラスの美少女達の噂で持ちきりだった。


 ひいらぎ月世つきよ。曰く皓皓こうこうと優しく照らすお月さん。

 日向ひなた 向日葵ひまわり。曰く燦々さんさんと輝く太陽さん。

 星崎ほしざき リリカ。曰くキラキラと煌めく綺羅星さん


 柊と日向は、性格、言動、行動と魂抜いて、永遠にフィギュアにでもすれば、確かに美少女だ。


 元幼馴染兼嘘告女、柊月世。黒髪で肩口までのセミロングのストレート。まつ毛も長く、目はぱっちりとした二重瞼…いや、やめよ。


 元カノ兼寝取られ女、日向向日葵。髪を白に近い金に明るく染め、ユルフワカーブヘアー、やや吊り目勝ちの大きな瞳だが、常に双眸を崩しているため、あまり知られて…いや、やめよ。



 オナ中だし、何か聞いてくるやつがいるかもしれない。クラスにはオナ中の生徒が男女四人いたし、バレるか、普通。そんな風に思っていた。でも誰も僕の事は言わなかった。


 幸い僕の高校一年の時間は穏やかなものになった。そうか。良かった。やっぱり試合は終了していたんだ。そう思った。


 同じクラスのオナ中の子も、距離をとりながらも、中学のことは無かったかのように僕に接していた。オナ中だとも知らないフリをしていた。


 まあアレに巻き込まれたくないか。そう思った。


 アレ…彼女達のパワーは自然災害みたいに強烈なものだった。嘘、噂、疑念、疑心暗鬼、駆引、取引など。そんなのが受験真っ只中の中学三年の教室に溢れていたと思う。


 柊の圧倒的な情報操作能力。通称月光。

 

 日向の圧倒的な金パワー。通称太陽風。


 言葉にすれば、多分そんな感じの力が、一つのクラスに吹き荒れた。


 そして三日おきくらいにだいたい何か問題か、事件がおきていた。


 柊と日向の彼氏達が喧嘩を起こしたり。二股男子、二股女子は簡単に暴かれ晒されたり、優しい恋を重ねていたはずの男女はお互いを疑い出し、お互いを罵るようになったり、教師すら過去を暴かれ晒されていた。そしてその裏には必ず柊と日向がいると言われ、小さな問題にすら上がらなかった。大きな問題であっても同様だった。


 授業中はシンとしていて、休み時間、昼休みなどの休憩時間は誰もかれも話さない。会話は最低限。僕にはただただ椅子が軋むような、耳に残る不快な音。一人一人のギスギスとした空間が擦れて歪むような、軋むような、何か嫌な音。


 それだけが聞こえていたと思う。


 そしてそれは学年全体にジワジワと広がっていった。


 僕はたまに八つ当たりとばかりに呼び出された。別クラスの男は柊と日向への恋煩いで絡んできた。あいつらの彼氏に言えよ。なんで僕なんだ。そう思っていた。それに、してもいない冤罪でも罵ってきた。


 でもその頃はまだ彼女が居たから耐えれたのだと思う。でもそいつ…一個下の女の子に、クリスマスの日、最後の最後で裏切られた時、ついに僕の何かが決定的に変わってしまったんだと思う。


 心に、凪だ。


 卒業までの最後の三学期は、ほとんど覚えていない。覚えているのは、僕が裏切った側にされて流布されていたことと、そんなギスギスとした教室だったから誰もそれを問題にしなかったことだけだった。


 でもそれも、最早どうでもよかった。


 女性不信とか人間不信とか。そんなものはない。凪だ。人それぞれ欠落する場所や大きさは違うだろうけど、僕にとっては一本の地平線が心に生まれた。


 ヤマもタニもありはしない。あるのは悪い本の中にだけ。ドキドキキラキラはここにだけあった。


 それが救いだった。


 ほんと、ヒドイ。



 

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