交換条件

 腕組みしたまま勝ち誇った顔をしていた一番星さんは、一転、困惑の顔をしていた。


 まさか条件をつけられるとは思ってなかったんだろう。それはそうだ。


 頭回ってないな。今の内に聞き出そう。



「彼氏と普段何してるかとか教えてくれない?」


「なんでわたしが…彼氏のことを…」



「いや、僕のこと聞き出してきたんでしょ。少しは教えて」


「だから! なんで彼氏のこと教えなきゃならないのよっ! …普通私のことでしょ? それにだいたい何であんたに教えなきゃなんないのよ」



 そんなしけたの要らないんだけど…なら、さしてダメージの無い事を、勿体つけて伝えることにしよう。0に0だ。何にもならない。



「……クズバレのほうが重いと思うんだけど。もう僕のライフは0。ひっそりとしたい」


「痴漢よりマシでしょ」



「星崎さんは優しい。でも虫…アレと僕の過去話を天秤にかけたらちょっと」


「………なにが知りたいのよ?」



 提案しといてなんだけど…大丈夫かこの人…殴るけど優しいし、殴るけど素直……素直だから殴ったのか。


 なるほど。


 素直過ぎて怖いな。


 でも自分が他の男にどう見られているのかまったくわかってなさそう。このまま酷い目に遭いそうだ。

 そんな時に女の子の拳は何の意味もなくなる。慢心してなきゃいいけど。


 まあ、関係ないから聞き出そう。



「日常的な話だよ。彼氏と会った時にナニしてるかとか」


「何って、まだ出来たばっかしだし…」



「そっか。なら彼のプロフィール教えてよ」


「…なんでそんな…なんで彼氏のがいるのよ。だいたい何すんのよ、そんなの」



「…ああ、星崎さんって何にも噂なかったでしょ。それが虫コン…アソコまで彼のこと大好きそうだし、だからどんな人か気になって」


「……なんだ…なら…ちょっとだけだからね!」



 普通クズだと思ってる人に教えるかな…やっぱりこの人、バグってんな。





 星崎さんの彼氏の話を聞いた。


 名前は興味ないから最初で消えた。


 最初は辿々しく話していたけど、流石は演劇部。


 徐々にテンションが上がってきたのだろう。声に抑揚をつけながら、まるで舞台の上の恋する乙女のように彼の話を雄弁に、歌うように語りだした。


 流石は我が校の綺羅星一等星。


 流石はいつも一番に見つかる一番星。


 彼女の瞳は、表情は、彼との未来が明るく楽しく、ステキなものになると確信しているかのようにキラキラと輝いていた。


 しけた星だ。


 

「───ってわけなの! 素敵でしょ!?」



 結局話が脱線してしまい、聞きたくもない、彼との出会いから始まって付き合うまでの話を聞いてしまった僕は、このとても哀れな彼女の語る駄作が、恋が、せめて壊れないようにと、せめて名作になるようにと願い、一つの幸せな真実を言うことにした。


 まあ、クラスメイトだしな。



「星崎さん。それ遊ばれてるから。ただ上級者っぽいから初めてでも気持ち良いのかもしれない。それだけだね。良いところ。彼氏。一個あって良かった。……しかし…三つくらいないとな…またヤリチン系か…ほんといらないな」



 僕は良いことを伝えた満足感から目を閉じてうんうんと納得していた。


 そのまま頭の中で星崎さんの彼氏を想像してみる。


 やっぱり普通の浮気上等間男ヤリチンクズ男系にしか思えないな。


 しけてんな。


 だからプロフとかデートの話だけで良かったのに。ヤリチン系はお腹いっぱいだ。


 まあ、星崎さんが裏切られた時に感じる痛い思いが、悲しい気持ちが、少しでも和らげばそれでいいか。



「〜〜〜ぎゅにゅ〜! 死ね────っ!」



 そして僕は気づけば殴られ気絶していた。


 後にわかったのは、彼女は中学の時まで空手を習っていて、まあまあいいところまで進んだのだそうだ。


 やっぱり殴られた。


 そして、やっぱり床は硬かった。


 殴らないって言ったのに。


 ヒドイ。


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