虫コンパス
昼休みの時間。窓際一番後ろの席でお弁当を食べ終わったときだった。
ツカツカと真っ直ぐに僕の元に向かってきた一等星さんが話かけてきた。
「ねえ、ちょっと」
「……いくら?」
僕ははまた金銭による縛りを受け入れるため、財布に手を掛けた。
手に入るはずだったお金を冷静になってから惜しくなることは、まあわかる。
「違うわよ! ちょっとついて来て」
どうやら違うようだった。
なら、また殴られるのか。今時流行らないと思うけど、仕方ないな。なら、せめて環境を整える提案をしよう。
「星崎さん、殴るんだったら放課後で、なおかつ柔らかい地面のところにしない? 僕は授業受けたい。廊下は硬い」
「殴らないわよ!」
一等星さんは割とおっきな声を出したからかクラスがざわざわし出した。僕は一応配慮しての小さな声だったのに。
お昼はクラスの男子の大半と、女子のアッパー連中はだいたい教室を離れ食堂に行く。
でももう半分は過ぎていたから校庭で食後の運動をしているやつ以外は戻ってきていた。
外は暑いし、教室は涼しい。
当たり前だった。
だから外はやめよう。やっぱり中がいい。
「リリカちゃん、何してんの?」
「神野だぞ?」
「柊に昨日聞いて知ってるわよ!」
「知ってんのに…しかも柊にかよ」
「これ、もしか再来じゃない?」
「またあの惨劇が…あーし巻き込まれんの嫌なんだけど…」
そんな酷い事を同クラスの女子、僕とオナ中出身者に言われながら教室を後にし、連れて来られたのは理科準備室だった。
「昨日の事は謝らないから」
彼女は腕を組み、おっきな胸を半分潰しながらいきなり切り出した。
それしない方が良いと思うけど、二人きりだし、彼女の防衛本能なんだろう。
けど、殴られたのは僕で、殴ったのは彼女だ。ああ、そういうことか。
僕はこの三文芝居を見抜いた。
「これで」
とりあえず土下座を敢行した。僕がやり返すわけがないことを目で見てわかる形だ。僕には一つくらいしか守るべきプライドはない。
「ちょ、ちょっとちょっとやめてやめて! まだ何も言ってないから! それじゃないから! もう、柊の言う通りじゃない…」
「虫、一緒に集めるよ」
「要らないわよ! 違うの! 聞いてよ! 人の話!」
なんだ、会話をしたかったのか。
先に言ってくれないかな、そういうの。キョロキョロと柔らかいモノを探してしまったじゃないか。
「どうぞ」
「なんでちょっと偉そうなのよ…まあいいわ。昨日の事は謝らないけど、神野君が悪いってわかってる?」
「痴漢のこと?」
「そ、それよ! な、何でいきなりああゆー事するの! 物事には順序ってものがあるでしょ!」
「痴漢に順序とかないと思うけど。面白い人なんだね、星崎さんって。意外」
「な、こ、くぬ〜〜! …ふー。落ちついて、落ちつくのよリリカ」
「自分のこと名前呼びしてるんだ。なんかほっこり」
「かっ、この瞬間だけよバカ!! 言い聞かせの定番じゃない! もう! なんなのよ! …まあいいわ…犬に…いややめとこ、また進まない。そのアレよアレの件よ」
アレ、と言われたらだいたいは共通の話題だ。そもそも一番星さんとは昨日初めて…か? 会話したの。
痴漢でもないなら虫とコンパス…これか?
「虫コンパス? 僕はセンスいいと思うけど。特にピンクのコンパスが」
「馬鹿にしてんの!」
褒めたら怒られた。
なんだか怒られてばかりだな。
カピカピに乾いた濁色の虫に色褪せたピンク色の持ち手のコンパス。なかなか無い組み合わせでステキだと思うけど。
「あの日はね、彼氏にね、約束すっぽかされてイライラしてたの。それだけだから」
「……イラついて…死んでる虫に…死体蹴り……星崎リリカ」
「何? 何か言った?」
「いや、すごい発想だなって。すごい」
世の女の子はイライラすると死んだ虫を刺すこともあるのか…更新しないといけないな。
「ぎっ…馬鹿にして…ふ───っ、…知ってるわよ…私、聞いたんだから。あなた…昔、女の子を何人も酷い目に合わせたんですって? 私のこと黙ってないと言いふらすからね!」
ああ、そんなことか。まあ、オナ中の人結構いるし、仕方ないか。けど、わざわざ聞き出してきたんだ。なかなか酷いなこの人。
でも、ハードル下げたことに……気づいてないのか。ならそれでいいか。
もう終わった話だし、別に痛くはないんだけど、黙っておこう。
「なら、交換条件だね」
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