運命のヒトはきっと僕じゃない
墨色
一番星
一等星さん
高校二年の夏休みが明けた。
僕、
夏の日差しはまだまだギラギラと突き刺してきていて、色白な僕の肌をこれでもかとイジメてくる。
ここは学校と最寄り駅を繋ぐ道…から逸れた道だった。名前は知らない。
あまり日焼けをしたくなかったから、いつもこの日陰の多い道を好んで使っていた。
「コンパス…」
その道端でコンパス、のケースを拾った。
見渡せど、辺りに中身は落ちて無かった。
この道は緑も多く、草花が咲く小川もあり、少し遠回りになるせいか、少数の生徒しか通らない。
だから朝夕の混雑など皆無。
だから落とし物なども皆無なはず、だった。
裏側を見ると、ほしざきリリカ、と書いていた。
星崎リリカ。我が高校の一等星、綺羅星の美少女と呼ばれてはや2年。
つまりタメだ。
ついでに同クラだ。
そして話したことはない。
字の雰囲気から推測するに、小学校から使っているのだろう。
僕は少し考えた結果、そのまま元の位置に戻すことにした。
関わらない。
そんなキラキラは得意じゃない。
そんな感想を浮かべつつ、ケースを元の場所に戻そうとした時、何やら音が聞こえてきた。
「聞いたことのない…連続音…」
カサシュ? カザシュ? カドシュ?
なんとも言えない音だった。
単音なら気にも留めないような音。
でもそれが連続すると少し気になる。
連続した単調なリズム、そんな音は好きだ。
その音を頼りに辺りを見渡すと、小脇に小さな道があった。
いつも目にはすれど、その先を探索するような気にはなれない道。その先から聞こえてくる。
その音への好奇心に惹かれるまま歩いて進むと、何やら鬼気迫る表情で───
一等星さんが堕ちていた。
このコンパスケースの主を使い、昆虫…多分蝉の死骸だろうか──をしゃがみながらリズム良く滅多刺しにしていた。
ああ、カラカラに乾燥した虫が砕けて、コンパスが地面に突き抜けた音か。
なるほど。
そして、横に薄く積まれている欠損した死骸数十匹は、処理後なんだろう。その量よく集めたな…
どうしようか。
気付かれれば、碌なことにならないのは明白だった。
僕は少し考えてから、彼女にコンパスケースを渡す事にした。
小学校から今まで持っているんだ。きっと大事なものなんだろう。
それにもしかしたら良いものが見れるかもしれない。
「落ちてたよ、ケース」
「!」
突然話しかけられた彼女はビクンとしてからしゃがんだままゆっくりとこちらに振り向いた。
亜麻色の長い髪を、手櫛でラフに頭の真後ろでまとめ、夏の日差しすら反射しそうな白い肌に滴る珠のような汗がキラキラしてる。
しゃがむ事で潰れて横にしか行き場のない大きな胸。細くともムチッとした長い手足に整った顔立ち、そして──
澱んだ、良い目をしていた。
「はい、これ。じゃあね」
「……」
良いものが見れた。
この偶然の出会いに感謝しながら、歩き出そうとしたら、捕まった。
どうやら右手をケースごと捕まれたようだ。
振り返る僕に彼女は言う。
「ね…いまの…見てたよね?」
どうしようか。もう充分だけど。どうしようか。
僕はこれから始まる三文芝居を見抜いていた。
「誰にも話さないから交換条件といこうか」
「誰にも話さないと言わないと…え? 何を…」
「星崎さん。条件は?」
「早っ…急に何? 脅してるつもり?」
そんなつもりはないが…仕方ない。僕はハードルをこちらから設定する事にした。
「僕は墓まで持って行こう。星崎さんより早く死のう。それでいい?」
「…え? え、墓? 死ぬ? え?」
少し待つが何も言ってはこない。一等星さんから追加条件は…ないのか。なら良いか。
「それじゃあ」
「ちょっと待ってよ! …神野君よね… 柊の…」
「柊は知り合いかな」
柊。柊月世。彼女は別クラの美少女だ。一年の時、一等星さんとは仲良くしていたらしいから、柊といえば彼女だ。
加えて言うなら所謂、幼馴染…でも、もうないか。
「……誰にも言わない?」
「先程の条件でいいなら」
僕の目を真っ直ぐに見据えて、一番星さんが話し出す。一等星さんか。どっちだって良いか。目の色、なんか普通だし。
しけた星だ。
三等星だな。
「…信じられないわ」
「そんな事言われても…」
やっぱり三文芝居が始まってしまった。
これを防ぎたいからバレた瞬間の慌てた時に約束を結ぼうとしたというのに…
「いくら?」
「いらないわよ!」
僕は約束を金銭に置き換えて提案したが、要らないようだ。であれば再び歩き…出せなかった。
手を離してくれない。
良い握力をしてる。これは…拳ダコ?
「……交換条件なんでしょ?」
「ああ、星崎さんは?」
「…バラしたら、痴漢されたって言うわ」
「それでいい?」
「それでいいわって、なんで神野君ぎゃ────!」
僕はとりあえず彼女のその大きな右胸を左手で鷲掴みし、もみもみと揉みしだいた。
「な、な、な、な、な!」
「これで星崎さんの制服には僕の指紋がべたりとついた。いつでも襲われたと言うといい。じゃあ」
「な! 待ちなさいよっ! 本当に痴漢するなんて! 信じらんない!」
「信じてくれ。痴漢したんだ」
「それじゃないわよ! そーじゃないわよ! 信じられない事したって意味でしょッ!」
「だって事実にしないと、星崎さんが冤罪になる。そんなの可哀想だよ」
「何このひと…なんなの…信じられない」
「信じてくれ。僕は痴漢したんだ」
「それ違うって言ってるでしょ! いや違わないんだけど! なんなのこいつ…」
まだ手を離してくれないのか。
痛いんだけど。
仕方ない。
僕ははもう一歩踏み込む事にした。
具体的にはスカートを捲り、素早くカメラで連写した。
「ぎゃ─────!」
「写真撮ったからこれで信じて────」
「死ねッ!」
僕は星崎さんの渾身の右ストレートをくらい、その場で気絶した。
気がついた時には、辺りは真っ暗だった。帰ってすることあったのに。
ヒドイ。
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