幼馴染としてなら。@浅葉時生

「浅葉君、ちょっと付き合ってくれないか?」

「はい、承知しました。視察ですか?」


 社長に声をかけられ、直様ピンとくる。

 今日は午後から隣県にある関連会社に赴くはずだ。


 どうやら社長に同行することになりそうだ。


「ああ、近いし日帰りだからそこまで大事じゃあない。誠司は妻に任せてくれ」


「わかりました。念のため、父と穂乃…母にも伝えておきます」



 最近は社長秘書の補佐みたいなことをしていた。割と時間に融通が聞くという理由で与えられたが、どう見ても縁故採用だろう。


 正直周りの目が痛いけど、父との時間を配慮してくれたことに感謝していた。


 それに、社長はこうやって僕をたまに連れ出していた。お金の流れを掴むための修行だ、なんて冗談っぽく言っていた。


 おおよそは秘書の橘さんがまとめてくれていて、事前の視察内容はタブレット内にあるからと、移動中に読み込むことにする。


 社長と無言の時間が続くが、苦ではない。それを同僚から大層に驚かれる。どうやら社長はかなり怖がられているらしい。


 見た目自体は怖くないが、登り詰めた人特有の空気があった。


 社長のコミュニケーション能力は高い。寧ろ得意な人だからこそ、黙ると怖いのだそうだ。


 でもそれは社長、いや、成宮のおじさんが何かを思案している時の癖だった。


 僕はそれを知っているだけで、待つのが苦ではない。彼女にもそんなところがあったから。


 その時に尋ねていれば、何か変わっていただろうか。


 そんな訳で同僚には不思議がられるが、昔からそんな付き合い方だった。


 でもなんだかズルみたいで気がひけるから、きちんと部下の顔を作って接していた。



「…遥とは、会ったかい?」



 社用車で出掛け、高速に乗った辺りでそんなことを聞いてきた。


 社長の言葉遣いがおかしい。おじさんの言葉遣いだ。運転してくれている橘さんにミラー越しにチラリと目線を送るが、特に驚いた様子はない。


 プライベートな話だろうか。



「…いえ、会ってはいませんが…ああ、手紙ですか。ありがとうございました」


「ああ、うん。いや、そうじゃないんだ。…いかんな。気になって…そうだな。随分と気にしているんだよ」



 成宮のおじさんとして、か。本当に僕を良く目にかけてくれているのだろう。どれくらい恩を返せばいいかわからない。



「それは…ありがとうございます」


「うむ…ははは、いかんな。次は内容が気になってくるんだ。明かせないのもわかるが、その…な」



 どうやら手紙は渡ったみたいだ。


 彼女は読んでくれただろうか。


 彼女に届いただろうか。


 彼女の言葉を聞くことから逃げた僕だということが、上手く届いただろうか。


 おじさんに決して明かせない内容ではないが、中身の説明はしにくいな…



「…ああ、えっと──」


「ああ。やはりいかんな。性分じゃあない。率直に言おう。遥を貰ってくれないか?」


「…? 彼女とはもう…」



「大学時代…時生君がこの町から居ない時にね。一度だけ見たんだよ。あの子の泣いてる姿をね。君の住む街に行って帰ってきた時だった。それから誠司が倒れ、君が帰って来るまであの子は家を出て行った。まあ、今もだが違うんだ」


「……違う、ですか?」



「ああ。私はね。心に整理をつけた。決着をつけたのだと思っていた。それが君が帰ってきてから…ははは。随分と頻繁に帰って来るようになってな。笑顔も増えた…」


「…そう…ですか」



「…事情をきちんと聞いたわけじゃないし、当人同士で決着をつけての話だと勿論思っている。時生君と遥を見るに、うちの娘がバカをしたのだと思う。それでもだ。少しだけでいい。会ってやってくれないか?」


「…僕と彼女とはもう…でも、幼馴染としてなら…はい。父さんにも…会って欲しいですから」



「…そうか。ありがとう、時生君」


 

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