シワシワに波打っていた。@成宮遥
溜息を漏らす日が続いていた。
「最近元気ありませんね」
「何かあったのか、成宮」
同僚や後輩の心配する声が聞こえてくるけど、反応し辛い。けれど、何か吹っ切れたい。
「今日は飲みに行きましょうか」
「本当か!」
もう、恋を始めてもいいのかもしれない。トキくんに逢ってからだと鈍るかもしれない。
「あ、いえ、みなさんで」
「あ、ああ、わかった」
トキくん曰く、わたしは無敵なんだってさ。
何よ、それ。
そんなわけないじゃない。
◆
手紙の中は、トキくんとわたしの思い出で溢れていた。
スマホの中の思い出は全て消えて、真っ黒になっていたから、わたしはまさかトキくんから書いてくれるなんて、覚えてくれてるなんて、夢にも思わなかった。
小さな頃。それこそ二歳くらい。そこから始まっていた。トキくんは全然覚えてないと思ってた。
いや、一度聞いたはずだ。
でもそんなの覚えてないって、言ってたよ。
え〜なんでよー、絶対あったよー、なんて言ったっけ。本当は少し悲しい気持ちになったんだよ。
「何よ…めちゃくちゃ覚えてるじゃない…ふふ…はは、は、は……」
パタパタと手紙に落ちる涙が止まらない。
色褪せない思い出が蘇る。トキくん目線のわたしはこんなにも輝いていたんだ。トキくんからこんなにも思われていたんだ。
いったい誰よ、この素敵な女の子は。
ちゃんと口に出して言ってよ。
トキくん、わたしを見てばっか…ベタ惚れじゃない…
だから安心してたんだ。
「クラスの劇…」
そうだ。私はお姫様役で…トキくんが王子様がいいってみんなを困らせたっけ…あの時トキくんは、みんなに迷惑だからって…止めてきて…
でも本当は嬉しかったんだ。
「…林間学校…」
そうだ。高い崖から下を覗くやつ。あったな…後ろから支えてくれてたっけ。きゃーきゃー言って…そんなところが可愛いなんて…
そんなこと思ってたんだ。
「…文化祭…」
そうだ。今思えばすぐわかる。殺したいくらい憎んでいたっておかしくない。手紙には…トキくんも実際思っていた。でも嫌いになんてなれない自分の気持ちと憎い気持ちをスルーして耐えたって。
ああ、後悔しかない…よ。
他にもいろいろな事が書かれていた。裏切るまでは素敵な日々で、裏切った後は、苦労して書いたのか、筆圧がまるで違っていた。
そしてトキくんのお母さんのことも。
こんな目に遭っていたなんて。酷い…なんて思う資格なんてわたしにはない…ないけど!
ああ、トラウマじゃなかったなんて、嘘だ。
もう、嘘はついて欲しくない。
あの嘘の瞳は嫌だ。
彼に届かない届けられない気持ちの歯痒さに、胸の中が騒ついて止まらない。
ふと時計を見る。
駆け出す用意を頭の中でしてしまう。
でも、最後に書かれていたことでピタリと止まってしまった。
僕は遥の幸せを願う。
真っ直ぐな君はいつだって無敵だ。
浅葉時生。
これは…決別の手紙だ。
「ふふ…何よ…無敵って…ははは。…だったらトキくんを落とさせてよ! やり直させてよ!! それがわたしの幸せなん、だ、よ…わたしの敵は過去のわたしなんだよ…どうやってそんなの倒せばいいのよ!? タイムリープなんて、何度願っても出来なかったんだよ……無敵なんか…どこにもないよ」
逢いたいよ。トキくん。
やっぱりお別れしたくないよ。
無敵になんてなれないよ。
弱いから黒崎に逃げたんだよ。
わかってないよ。
わかってて書いたんだよね。
優しくて、ひどいよ。
「ああ、駄目だ、二周目が…読めない…読めないよ…」
わたしの涙で滲んで歪んだ手紙の文字は波打っていた。
裏切るまでのキラキラした毎日が、シワシワに波打っていた。
まるでこのままその思い出が、波に攫われ、遠く霞んで消えていくかのように、思えてまた泣いた。
◆
「お、おい、成宮、寝るな。酔いすぎだぞ」
「……トキくん…トキくん…ごめんね…」
「…トキくんって誰でしょうね…許嫁? そういえばどこの誰か教えてくれませんよね」
「許嫁と…上手くいってないのか?」
「あ、嬉しそう! いけないんだ。協力…しましょうか? なんなら今からでも…」
「アホか。俺のキャリア飛ばす気か。タクシー呼ぶぞ」
「ちぇ〜いや、実際最近辛そうでしたよ…今押したらチャンスかも。原田先輩優しいし」
「……そうか。でもまずは許嫁との話からだろ」
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