シワシワに波打っていた。@成宮遥

 溜息を漏らす日が続いていた。



「最近元気ありませんね」


「何かあったのか、成宮」



 同僚や後輩の心配する声が聞こえてくるけど、反応し辛い。けれど、何か吹っ切れたい。



「今日は飲みに行きましょうか」


「本当か!」



 もう、恋を始めてもいいのかもしれない。トキくんに逢ってからだと鈍るかもしれない。



「あ、いえ、みなさんで」


「あ、ああ、わかった」



 トキくん曰く、わたしは無敵なんだってさ。


 何よ、それ。


 そんなわけないじゃない。





 手紙の中は、トキくんとわたしの思い出で溢れていた。


 スマホの中の思い出は全て消えて、真っ黒になっていたから、わたしはまさかトキくんから書いてくれるなんて、覚えてくれてるなんて、夢にも思わなかった。


 小さな頃。それこそ二歳くらい。そこから始まっていた。トキくんは全然覚えてないと思ってた。


 いや、一度聞いたはずだ。


 でもそんなの覚えてないって、言ってたよ。


 え〜なんでよー、絶対あったよー、なんて言ったっけ。本当は少し悲しい気持ちになったんだよ。



「何よ…めちゃくちゃ覚えてるじゃない…ふふ…はは、は、は……」



 パタパタと手紙に落ちる涙が止まらない。


 色褪せない思い出が蘇る。トキくん目線のわたしはこんなにも輝いていたんだ。トキくんからこんなにも思われていたんだ。


 いったい誰よ、この素敵な女の子は。


 ちゃんと口に出して言ってよ。


 トキくん、わたしを見てばっか…ベタ惚れじゃない…


 だから安心してたんだ。



「クラスの劇…」


 そうだ。私はお姫様役で…トキくんが王子様がいいってみんなを困らせたっけ…あの時トキくんは、みんなに迷惑だからって…止めてきて…


 でも本当は嬉しかったんだ。



「…林間学校…」


 そうだ。高い崖から下を覗くやつ。あったな…後ろから支えてくれてたっけ。きゃーきゃー言って…そんなところが可愛いなんて…


 そんなこと思ってたんだ。



「…文化祭…」


 そうだ。今思えばすぐわかる。殺したいくらい憎んでいたっておかしくない。手紙には…トキくんも実際思っていた。でも嫌いになんてなれない自分の気持ちと憎い気持ちをスルーして耐えたって。


 ああ、後悔しかない…よ。



 他にもいろいろな事が書かれていた。裏切るまでは素敵な日々で、裏切った後は、苦労して書いたのか、筆圧がまるで違っていた。


 そしてトキくんのお母さんのことも。


 こんな目に遭っていたなんて。酷い…なんて思う資格なんてわたしにはない…ないけど!


 ああ、トラウマじゃなかったなんて、嘘だ。

 もう、嘘はついて欲しくない。


 あの嘘の瞳は嫌だ。


 彼に届かない届けられない気持ちの歯痒さに、胸の中が騒ついて止まらない。


 ふと時計を見る。


 駆け出す用意を頭の中でしてしまう。


 でも、最後に書かれていたことでピタリと止まってしまった。



 僕は遥の幸せを願う。

 真っ直ぐな君はいつだって無敵だ。


 浅葉時生。



 これは…決別の手紙だ。



「ふふ…何よ…無敵って…ははは。…だったらトキくんを落とさせてよ! やり直させてよ!! それがわたしの幸せなん、だ、よ…わたしの敵は過去のわたしなんだよ…どうやってそんなの倒せばいいのよ!? タイムリープなんて、何度願っても出来なかったんだよ……無敵なんか…どこにもないよ」


 

 逢いたいよ。トキくん。


 やっぱりお別れしたくないよ。


 無敵になんてなれないよ。


 弱いから黒崎に逃げたんだよ。


 わかってないよ。


 わかってて書いたんだよね。


 優しくて、ひどいよ。



「ああ、駄目だ、二周目が…読めない…読めないよ…」



 わたしの涙で滲んで歪んだ手紙の文字は波打っていた。


 裏切るまでのキラキラした毎日が、シワシワに波打っていた。


 まるでこのままその思い出が、波に攫われ、遠く霞んで消えていくかのように、思えてまた泣いた。





「お、おい、成宮、寝るな。酔いすぎだぞ」


「……トキくん…トキくん…ごめんね…」


「…トキくんって誰でしょうね…許嫁? そういえばどこの誰か教えてくれませんよね」



「許嫁と…上手くいってないのか?」


「あ、嬉しそう! いけないんだ。協力…しましょうか? なんなら今からでも…」



「アホか。俺のキャリア飛ばす気か。タクシー呼ぶぞ」


「ちぇ〜いや、実際最近辛そうでしたよ…今押したらチャンスかも。原田先輩優しいし」



「……そうか。でもまずは許嫁との話からだろ」


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