思ってもみなかったこと。@成宮遥
あれから数年が経っていた。
わたしは隣県にある成宮の関連会社に就職していた。結婚を拒否し、実家を出て暮らす私への父が許す最大限の譲歩だった。
「成宮さん、ここ、どうしたら…」
「あ、ここはね、こうすると…ほら」
「わ、ありがとうございます! やっぱり頼りになりますね! 見習ってくださいよ、原田先輩も!」
可愛い後輩もできて、それなりに仕事に打ち込む日々が続いていた。
「何でだよ、ちゃんと教えただろ! なあ、成宮」
「ふふ。はい、ちゃんと教えてましたよ。小泉さんもきちんと聞いたら絶対わかるから。ね?」
「はーい」
「なんだその態度は! 成宮が優しいからって…」
チラチラと同輩の原田くんがこちらを見てくる。小さな時から変わらない、わたしに対する好意の態度。
トキくんだけが、真っ直ぐだった。
「あー、また成宮先輩の前で格好つけて。まー頑張ってくださいね」
「そんなんじゃ…なあ、成宮?」
「…え? 何ですか?」
「くすくす。成宮先輩には許嫁が居るんですもの。諦めましょって」
「…なあ、成宮…今夜どうだ? 飯」
「いえ…すみません。許嫁に悪いので」
「そうだよな〜はー仕事しよ」
◆
許嫁なんて居ない。何度も断るのが大変になって、そういうことにしていた。
トキくんが幸せになってから。
わたしはそう決めていた。父にも全て話し、実家を出る理由とまだ結婚出来ない理由に納得してもらった。
両親にはとても寂しい顔をさせてしまった。
でもそうなっても叶えたい、わたしのエゴだった。
だけど一人暮らしは思いの外寂しく、そんな時はトキくんの小学校の時の写真を見て誤魔化していた。
あの時の彼女とはどうなったのかな。直接会って、わたしの話をしただけだったけど。
傷、広がってないかな…
◆
仲の良い友人や後輩もできて、それなりに社会人が板についてきた頃、トキくんのお父さんが重い病気になったことを知った。
しかも看病の為にトキくんは父の会社に入るという。
なんともいえない気持ちになった。
誠司さんのお見舞いに行きたい。けど、トキくんには会えない。
悶々とした中、隠れるようにして実家に帰った時、隣から笑い合う二人の声が聞こえた。
一番近くて、一番遠い、わたしと彼との距離。
わたしは、なんだか無性に泣けてしまった。
◆
あれから数ヶ月経った。わたしはまた実家に帰ってきていた。以前は二か月に一度だった帰省も、だいたい二週間に一度くらいの頻度になっていた。
「遥ちゃん、これを」
そんなある日の夕食後、母が便箋を手渡してきた。また、縁談の話だろうか。差し出し人は書いてない。
「時生さんからよ」
「……いらない」
それは、受け取れない。見たいけど、見たくない。その中には確定する未来が入ってる。わたしの未練を断ち切る鋭い鎌が入ってる。
「そう? なら、捨てましょう」
「え? あ、駄目!」
ゴミ箱に捨てに行く姿を見て慌てて手紙を奪う。母は冗談が行きすぎる時がある。大事な手紙にいきなりなんて事をするんだ。
「あ、もー! くしゃくしゃになったじゃない!」
「ふふ。ちゃんと読むのよ」
「諏訪子さん…」
「あら、私はきちんと仕事を果たしたわ」
「……そう、だな…」
胸を張ってそう語る母に父は呆れていた。今更ながら、良い夫婦だなと、思う。
何にも見てなかったな。
◆
手紙は、実家で見る勇気が無く、一人暮らしの家に持ち帰ってきた。
何だかんだ理由をつけて、封を切るのを引き伸ばしていた。
トキくんの思いか…考えてみれば、高校卒業の日以来になる……そうだ、わたしは怖かったのだ。
いや、目を伏せない。そうだ。せっかく手紙をくれたんだ。きちんとトキくんの思いを受け止めないと。
ただ…今更何を言われるんだろうか。
罵倒かな…もしかしたら良い人でも…出来たのかな…まさか…結婚式の…招待、状…とか?
震えてきた手を抑えて手紙を読む。
ああ、懐かしい…トキくんの字だ。本物だ。
「……な…」
でもそこには、思ってもみないことが書かれていた。
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