あの街から出よう。@成宮遥
「トキくんの誕生日はねー楽しみにしててね!」
「何か…考えてくれたの?」
「ふふー教えなーい。でも私の一番大切なものをあげるね!」
「……大事なものを持ってないと…駄目なんじゃない?」
「だからあげたいんだよ!ふふー楽しみにしててね? じゃあねー」
◆
「夢…」
あれは…そっか。
初めてを二人で挑戦して、失敗した日の…前日の記憶だ。
あの日に戻れたらどんなに良いか…
もう何回目の後悔だろう。
………?
でも、良く思い出してみると、変な違和感がある。
大切なものをあげる。これは私の初めてだ。
でも、大事なものはちゃんと持ってないと駄目ってトキくんは言ったと思ってた。
自分の大切なものは大事に持ってないと駄目なんじゃないか。そうわたしに言ったと思ってた。
だからあげるって。交換…した…く…て…
大事なもの……を?
違う…これトキくんの…嘆きだったのかもしれない。
◆
翌日、またアルバイトが終わるのを最寄り駅で隠れて待っていた。
そうして、昨日と同じようにトキくんを待つ。女の子を横にして歩くトキくんを見ると心が軋む。ふふ、そんな資格なんてないよ。わかってるよ。
夢の中で感じた違和感。
その正体を確かめてみたい。
それとトキくんの彼女の目。やっぱり…あの時のわたしと同じだ…だから、確認しに来たんだ。
昨日と同じように後を尾ける。わたしと同じ目なら同じ行動をすると……思っていた。
◆
…今度は…耐えた。
私の時と同じ…結果だった。
まったく同じだった。辛そうにしながら謝るトキくんも、それに苦笑いで答える彼女も辛そうで。客観的に見れば、丸わかりだった。
はは。彼女がトキくんに向ける目。
これ、私だ。
焦っていて、不安で、嫌われたくなくて、取り繕って、でも確かめたくて……だから大事なものを交換したくって。求めて欲しくて、安心したくって。言葉だけじゃ嫌になって…嫌だったのに…
そっか…勝手に…勘違いしてたんだ。
勘違いして間違えて。何食わぬ顔をしてトキくんの横に居て。決定的な場面を見せ続けて。
いつしか麻痺して、そんなことも忘れて…
トキくんのこともちゃんと見なくなってたんだ…
小学校の時の写真を見る。
本当はこんなに笑えるはずなんだ…
そうだ。トキくんの笑顔は私の宝物だったんだ。あの優しい眼差しも。
中学校の時の写真。
ああ、影がある。そう見える。いつか黒崎が言っていた、心の穴。なんでお前が語るんだって内心腹を立てたっけ。わたしはずっと自分のことだけだった。
トキくんに心から笑って欲しい。だからわたしの全部をあげたくて…でも彼は本当の愛を探して嘘をついていた…のか……わたしは嘘偽りなく寄り添い続けるだけで…いつか心が癒えるまで…そばに居るだけで…良かったんだ。
いつかあの笑顔になるまで待てば良かったんだ。
ただそれだけで良かったんだ。
多分この子も同じ間違いをする。けど、これ以上重ねられると困る。これ以上酷くなると困る。
なら、彼が一歩踏み出すためにも、この子に後で伝えに行こう。わたしみたいにされると困るんだ。
わたしは会えなくて良い。トキくんの人生が素敵なものになれば、それだけで良い。
けど、最後になるかも知れないから、せめて思いを綴らせて欲しい。
ただの言い訳に聞こえるかもしれない。酷いことをした自分を守ろうとしているだけに映るかもしれない。でもトキくんには嘘で塗り固めた自分はもう見せない。終わりにしたい。
だから全てを脚色なく綴ろう。
こんな馬鹿な女が居たなっていつか笑ってくれたら…
トキくんは…見ないかな…破って捨てるかな…燃やしちゃうかな…
けど、それでも綴ろう。
トキくん…大好きでした。
それを手紙の最後の言葉にして、あの街から出よう。
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