さよなら、遥@浅葉時生

扉の向こうはギアを上げる二人の睦み合いが続いていた。立ち尽くす僕の耳に届いてくる。


「時生は今日良かったのか?」


「もぅ、今はトキくんの事言わないでょ、っん、生徒会で遅くなる、んだって」


「バレたらどうする?」


「バレないょ…トキくん私の体に興味無いし」


「こんなに美味しいのになー勿体ない」


「良いの、ん、トキくんとは!あ、心を通わせてるんだから、んっいぃっ、そこ!」




一番大切な心なんか目には見えない。目には見えないからこそ二番目に大事な身体を差し出すのだと思っていた。


だからこそトラウマを抱えたままの心では身体で愛しさを表現できるとは思えなかった。


「違ってたのか…」


また一つ、ボソリと呟く。



彼女は僕の心さえあれば良いのだと言った。


その僕の心は、トラウマで一杯だった。母さんの浮気から始まっていた事を誰よりも知っていたはずの遥がまさか同じ事をするだなんて思いもしなかった。


心なんて通わせてなかったのか。


結局、最後までは居れず、ひっそりと遥の家を出た。見たくないものは見ないのだと言い聞かせて。だけど、ふと見上げてしまった遥の部屋にはカーテンが掛かっていて、在宅しているかはわからないようになっていた。





自室のベッドに寝転び考える。

大好きな遥。いつまでも愛してくれると信じて疑わなかった。ホロリと涙が流れた。



「どうするか…」



泣きながら考える。遥とは未来を歩めない。だからといって近所でも有名な僕たちカップルが、浮気が原因で別れたと知られれば、巡り巡って父さんに迷惑がかかるかも知れない。


高校二年生の今、まだ選択肢はある。



「そうだ」



見なかった事にしよう。スルースキルだ。このままの関係で高校生活を終わらせ、卒業と同時に別れよう。



「大好きだったよ、遥……さよなら」



静かに窓から見える遥の部屋を眺めながらそう呟く。


涙はもう止まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る