こころ。そうだ、心だった。@成宮遥
大学生活はもっと楽しいものだと思っていた。
トキくんが隣から居なくなってから私は何をするにも楽しくなくなっていた。描いていた大学生活も、サークル活動も、合コンなんかも参加してみたけど、なんにも楽しくない。
黒崎とは高校の卒業式以来、関わることをやめた。付きまとわれたけど全て無視した。
トキくんとの悪い噂話も流された。本当の事だし仕方なかった。
好きでもない男と、告白されたからと試しに付き合ってもみた。抱かれる度に心に穴が開いていくのがわかった。結局別れて。その度にトキくんへの想いが募っていった。
「トキくん…逢いたい」
こんなこと言える人間じゃないよね。
でも、逢いたいよ。
◆
高校2年の夏、前日にトキくんに拒否された私は落ち込んでいた。
家に居たらもっと落ち込むと思って買い物に出かけたら、たまたま黒崎に会った。
落ち込んでいた私を見て、黒崎はカフェに誘ってきた。普段性的な話しなんかしなかったのに気付けばその日は愚痴を言ってしまっていた。
トキくんに拒否された自分に自信が持てなくなっていた。
それから拒否された日の翌日は、決まって黒崎に愚痴を言う日になった。だからだろうか。試してみるかと誘われ、黒崎と寝た。
私はどんどんとのめり込んでいった。
自分の中にこんなにも浅ましい獣欲があるなんて知らなかった。
表ではトキくんに心を満たされながら裏では黒崎に抱かれていた。
それは卒業間近のホワイトデーまで続いていた。
去年のホワイトデーはマシュマロだった。意味は知っていたが、トキくんはそんな事調べたりしないだろうから多分美味しそうって理由でくれたんだと思って喜んで食べた。
でも今年のホワイトデーはハンカチだった。トキくんは意味なんて知らないだろうけど、すごく怖くなって、黒崎にはもうしないって宣言した。
これから大学生活が始まる。トキくんに尽くすんだ、そう思っていた。
卒業式のあの日まで。
ホワイトデーの意味はなんにも間違ってなかった。
◆
「心なんてちっとも通わなかった、か…」
私は何がしたかったんだろ。ずーとトキくんと一緒になると思ってた。高校二年の冬からか…トキくんはずっと知っていたんだ。
その時言ってくれれば…ううん、トキくんは誠司さんに気を遣ったんだ。そして多分私にも。成宮の家はこの辺で強いから。一番角が立たない道のためにずっと我慢していたんだ。
他の人のために自分を犠牲にできるトキくんを好きになったんだった。
それなのに私はなんてバカなことをしたんだろう。
トキくんがなんで拒否してたのか深く考えてなかった。トラウマは知ってたけど、ちゃんと考えてなかった。
私の事なんてそんなに好きじゃないんだって拒否される度に落ち込んだ。
そうか。トキくんに拒否された心を黒崎で埋めてたんだ。
………こんなのただの言い訳だ。
高校二年生に進級する前の春休み。二人で動物園に行ったときの写真を見る。
「幸せそうな二人……」
トキくんの私に向ける瞳は、笑顔は、昔の記憶のままだった。
高校三年の文化祭の写真と比べて見た。
「なんだ、ちゃんと愛してくれてたんだ」
今思えば、ある時から腕を組むと少し顔を歪めていた気がする。名前を呼び間違えたときは安心したような笑顔だった…あれは、たしか高校二年のバレンタインだった……
なんにも見てなかった。ちゃんと見ようとさえしてなかった。馬鹿だ。本当に大馬鹿だ……
こころ。そうだ、心だった。
心が壊れたままじゃ抱けないって思ってたんだ…私に悪いからって…
なのに、私が同じことをして、トラウマをもっと強くしたんだ。
そんな事、今更気づくなんて…
「トキくん……ごめんなさい」
手にしたトキくんのスマホにぽつりぽつりと涙が落ちる。
それには私の罪の証が、今も残っていた。
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