第3話 再会(出会い)

第3話 再会(出会い)




「お前、私と会うつもりなの?」


「うん」


「なぜ?今こうして話しているじゃない?」


「あなたは、本当に姉さんなのか?あなたは一体何者だ?」


「それはお前自身が一番よく知っているでしょ?」


「僕の姉であり、僕の自己否定存在。僕を否定するためだけに生まれた、僕の天敵」


「相手をよく知っていないと、“天敵”なんて言葉は出てこない。その言葉が出てくるということは、私をよく知っているということよ」


「姉……さん、今日はよく喋るんだな」


「私はシステムであっても機械ではないもの。役割に忠実なこともあれば気まぐれがはたらくこともあるわ。些末なことで会話を途切れさせないでよ」


「ああ、ごめん。僕らは敵対関係なんだね」


「そうなんじゃない?」


「敵対関係でありながら、僕らはお互い物理的に攻撃することはできない。ただそこにいるだけ。一緒にいるだけ」


「お前は物理的な痛みに耐えるのは得意でしょう?だから、“否殺し”。このやり方が一番効果的なのよ」


「そして僕は姉さんを攻撃する手段がない」


「いや、違うわ。攻撃するという選択肢を選ぶことじたいを拒み続けたのよ。ただの怠慢よ」


「姉さんを攻撃だなんて、僕にはできない」


「やっぱり怠慢ね。生きるなら自分の意志を通さなきゃいけない時がある。それをやらないのは、選ぶことを放棄することよ」


「まったくその通りだね。だけど、一つ、誰にも譲れない意志ができたんだ」


「私に会うこと?」


「ああ、そうだ。そして姉さんは、それを否定するだろう。僕は兄弟喧嘩はそれなりにしてきたけど、姉弟喧嘩を初めてしようと思う。僕がこの足を止めないことが、僕の勝利条件だ」


「私と喧嘩?そんなの意味ないよ。最初から勝敗なんて決まりきってるでしょ。でもいいわ、それでもやるってんなら、付き合ってあげる」


僕らは、初めて喧嘩をした。


罵られ、貶され、侮辱された。


否定、否定、否定。


でも、僕とて反論をやめなかった。初めて反論する。そして、最後まで一歩も引かなかった。一歩一歩踏み締めて、歩くことをやめなかった。


その時だった。携帯の通知音が鳴った。メッセージを確認する。僕は呟いた。


「僕の勝利だ」


「だから言ったのよ。初めて喧嘩振ってきたけど、そもそも喧嘩する意味なんかなかったし、やったとしても最初から勝敗なんて決まりきってるって」


「そんなことない。この勝利は、僕の意志の証だから。僕が僕になるための時間と旅路だったんだ。そして、ここまで導いてくれたのは、姉さんだろ?」


「そこまでわかってるんなら、早く行きなよ。ここでお別れよ」


「いや、後ですぐにまた会える!また、あとで!!」








ここが、私の……。


私はインターホンを押した。


「はーい」


ちょうど庭で草むしりをしていた女性が立ち上がり、こちらへ近付いてきた。


「何かご用ですか?」


「あの、ええと……」


暫しの沈黙。


「く……ずは?もしかしてあなたは、私の……樟葉なの?」


「母さん……、母さん、母さん!!」


身体が勝手に動いた。私は、はぐれて迷子になった子どもかのように、母さんに抱きついた。


「今までどこにいたのよ!心配したのよ!!」


「母さん、ごめんなさい!勝手に居なくなって、ごめんなさい!!いっぱい迷惑かけて、いっぱい心配させちゃって、ごめんなさい!!母さん、母さん、会いたかったよ〜」


「私だって、母さんだって、ずっと会いたかった……。樟葉、帰ってきたら、ちゃんと言うっていつも言ってたでしょう?」


「うん、うん、ごめんなさい……。母さん、ただいま」


「おかえり。こんなに見違えて……。よかった。本当によかった。生きていてくれて、本当に……。さあ、疲れたでしょう?中にお入り」


「い、いいんですか?私なんかが……」


「当たり前だよ。私たち、家族なんだから。中でこれまでの15年間のこと、聞かせて」


「うん……!」






お茶を出してくれた。


席に着いてゆっくり、組織でのこと、菜月さんのこと、自分がどういう風に変わったか、これからどう生きていきたいか、たくさん話した。






部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。


「……!?姉さん……!?」


「敦……なの?私だよ!お姉ちゃんだよ!」


「今更、帰ってきたのか?」


「え?」


「よく帰って来れたもんだぜ。貴様のせいで、どれだけ家族が苦しんだと思ってる。出て行けよ。出て行け!!」


「ごめんなさい……」


「は?ごめんなさいだと?貴様はそんなこと言う奴じゃなかったろ!いつもみたいに酷いこと言ってみろよ!散々俺たちを見下しやがって、人の人生狂わせやがって、今更謝られても遅いんだよ!気持ち悪いんだよ!15年だぞ!返せよ!返してくれよ!!」


「敦……」


「母さんもなんで気安く家に入れてんだよ!そりゃ母さんにとっては、怪物だろうがなんだろうが、愛娘なのかもしれないけどよ!」


「敦!!」


「!?」


「敦、びっくりしちゃったんだよね。大丈夫、お姉ちゃんを怖がる必要なんてもうないのよ」


「何言って……」


「ちゃんと見てあげて、お姉ちゃんを」


「え?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。う、うぅ、うぅぅ……」


「姉……さん……。そうか、もう、あの頃の姉さんじゃ、ないんだね……。……姉さん、今日、優太が姉さんを探しに行ったよ」


「え?優太?」


「忘れちまったのか?姉さんと俺の、弟のことだよ」


「忘れてなんか、ない。私、迎えに行く!」


「ちょっと待てよ。今弟にメッセージ送るから、ここで待ってろよ。また入れ違いになったら面倒だろ?」


「そうかもしれない……。でも、やっぱり迎えに行く!迎えに行きたい!!心と体が、待ってなんかられないって!!だから!!!」


「わかったよ。本当に変わっちまったんだな、優太も姉さんも……。じゃあこれが優太の連絡先だ。これで合流できるだろ」


「ありがとう!じゃあ私、行ってくる!!」


「姉さん!今度こそ優太連れて帰って来い!!さっきは悪かった。今度はちゃんと出迎えてやるからさ。今度こそ、優太連れて絶対帰って来いよ!」


「……うん!行ってきます!!」


「おう、いってこい……」




『はじめまして。いや、久しぶりかな。優太。私はお姉ちゃんの樟葉です。優太が今日、私を探しに出かけたことを母さんと敦から聞きました。ありがとう。何の因果か、私も今日、家に帰ってきたんだよね。そしたら入れ違いになっちゃったみたいで。だから、今度は私が優太を迎えに行きます。今の居場所を教えてください。合流できたら、一緒に帰ろう。』


『久しぶり、姉さん。優太です。驚きました。現在地を添付しておきます。自分も今から引き返して戻ります。途中で合流しましょう。』


私たちは、お互いの姿を確認するまで、メッセージのやり取りを続けた。


これまでのこと。


今日家であったこと。


どれだけ会いたかったか。


そして、これからのこと。


これまで一度も話したことのない者同士だ。


でも、もっと話したい!お互いにそう思っていた。


二人を結びつけるものは、何だろう。


しかし、こういうのを人は、“縁”と名付けたのかもしれない。




赤信号だった。立ち止まる。


そして、横断歩道の向こう側に焦点を合わせたのが先か、直感で分かったのが先か。


「姉さん?」


「優太?」


高揚した気分に倣い、高く手を掲げた。


そして、相手の呼び名を呼ぶ、その瞬間だった。


耳をつん裂くような甲高い摩擦音が辺りに響き渡った。


途端、僕の、私の、視界外から何かが侵入してくる。


盛大にコースアウトした車が歩道に突っ込んできたのだ。


目の前で起こった光景は止まることを知らず。


思わず僕は走り出した。手を伸ばした。しかし、この手はまったく届かず、無力だった。


鈍い音が響き渡った。


倒れ込んだ姉さんに駆け寄った。


他に巻き込まれた人はいない。


周囲の人が集まってきた。ザワザワと騒がしくなったが、僕の耳には何も届かない。聞こえるが聞こえない。僕の意識は姉さんにだけ集中していた。




「姉さん!樟葉姉さん!僕だよ!姉さんの弟の、優太だよ!!大丈夫!?」


「優太……?」


「そうだよ!優太だよ!」


「そっか、やっと会えたね」


「それどころじゃ……。よりによってなんで姉さんなんだよ。なんでこのタイミングなんだよ。しっかりしてくれ、姉さん!」


「優太、大きくなったね。あんなに小さかったのに。あはは、泣いてばかりなのは、今も変わらないんだね」


「姉さん、何言って……」


「優太」


ハッとした。姉さんは優しい眼差しでこちらを見つめていた。


「姉さんが……、ここまで導いてくれたんだよ!」


「え?」


「僕の中にさ、いつも現れてくれただろ?いつもみたいに僕を否定してくれよ。“華の人たち”と同類だって。いつもみたいにさ、ほら」


「ああ、その言葉、懐かしいねぇ。ううん、優太は“華の人たち”と同類なんかじゃないよ。そっか、当時の私も気づかなかった。優太、優太をここまで導いたのは私じゃないよ」


「え?」


「優太の中にいる”私”は、私じゃない。優太自身なんだよ」


「え、でも……」


「優太は、歩き始めるのも言葉を話し始めるのも遅かったからね、だから、正直当時の私は見下してた。ごめんね」


「いや、その通りだよ。姉さんは間違ってなんかない。僕は、頭が悪くて、成長も遅くて、何の価値もない、人間ですらない……」


「ううん、違うよ。それにたとえ頭が悪くても、成長が遅くても、何の価値もなくても、人間ですらなくても、優太は、私と敦の、弟なんだよ。それに、優太は天才だったんだね」


「え?」


「優太は、自分の中に“私”という人格を作り出したんだよ。優太はあまり話さないし、大人しくしてるからわからなかったけど、いろんなものを見て、感じ取って、吸収していたんだね。そして、人一人分の人格を完璧に作り上げた。昔の私でもそんな才能ない。すごいよ」


「姉さん、血が……。もういい、喋らないでいい」


「ううん、喋るの。だってやっと私の弟に会えたんだもん。最後の最後まで精一杯生きるんだ」


「ダメだ!死んじゃダメだ!だって僕ら、再会し(出会っ)たばかりじゃないか!!これからだろ!?」


「優太……。そうだね。これからはさ、もっと楽しいことしよう。みんなでたくさん思い出作ろう。私が言えた義理じゃないけどさ、今度こそ、みんなで幸せになろう」


「うん、そうだよ、うん!」


「ははは……。ああ、悔しいなぁ。今私、もっと生きたいって思ってる。でも、もう、……死んじゃうんだね」


「違う!姉さん、死なないでくれ!頼むから!これからなんだ!!」


「皮肉だな、どれだけ死にたくても、死なせてくれなかったのに、せっかく生きようと思ったらこれだよ。世界は美しいと思ったら、やっぱり残酷だった。憎いな。もしもう一度この世界に生まれてくることができたなら、今度こそ、今度こそ負けないよ。精一杯、生きてやる……」


「姉さん、姉さん!!」


「優太、生まれてきてくれてありがとう。再会し(会い)に来てくれてありがとう。お姉ちゃんって、言って、くれて、ありが……と……」




目を閉じた姉さんは、笑っていた。幸せそうに。






後日、僕は姉さんが居候していたという、いや、姉さんのもう1人の家族、井上菜月さんのお宅にお邪魔していた。

「姉さんの話を、聞かせてください」






これは、姉弟(2人)が再会い(出会い)、僕らが幸せを見つけるまでの物語だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姉弟(僕ら)の意志と幸せの在処 たくみん @Maquia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ