第2話 幸せ

私は、天才なんだ。


私がいなくなれば、どれだけの損失が待っていると思ってる。


立場を弁えろよ。


私が力を使えば、お前ら組織一つ分くらい余裕で潰せるんだよ。


絶対に、絶対に、絶対に、ぶっ潰してやる!!




天才か。たしかに君の貢献がなければ今の組織はないだろう。だから、今までは目を瞑っていた。


しかし、年々君の稼働率が減っていた。昔は完全無欠だったが、ミスをするようになった。


それと同時に科学が発展し、他のメンバーも育ってきてくれた。


時代が移ろう中で、稼働率が低いが天才的な働きをする君の貢献を、着々と成長していった科学力と他のメンバーの継続的な貢献が上回ったんだ。


それに何より、お前は和を乱す。


通告通りだ。


今となっては、うちの組織にもうお前は必要ない。


もう我々はお前の面倒を見切れないから、お前もうちの組織に貢献しなくてよい。


どこへでも行け。




なら暴れてやる。言っておくが私は強いぞ!お前の部下を目の前で殴り殺してやる!


お前らは警察を呼べないよな。


いや、むしろ私が呼んでやろうか?




無駄だよ。




くっ!


うぁぁぁああああああああ!!!!!!




抑えろ。




ゔっ!!


放せ!触るな!


私がその気になればこいつらを殺せる!お前の部下がどうなってもいいのか!!




その格好でよくそんなことが言える。


客観視してみたらどうだ。


はぁ、仕方がない。


いいだろう。だが、殺すなら私にしろ。


かかってこい。




くそっ!舐めやがって!!


ゔぁぁぁああああああああ!!!!!!


えぇい!やぁあ!ぁああ!んぁあ!!




非力だな。


もうお前は強くもないし、頭も良くない。天才じゃないんだ。


二十歳過ぎれば唯の人。


もっとも、天才の需要そのものがなくなってきているがね。


ふん!




かはっ!!




外に捨ててこぃ……






目が覚めた。


ここはどこだ。どこかの路地裏か。


いててっ……。


くそっ、あのじじい、掃き溜めみたいなところに私を。こんなことが許されるとでも思ってるのか。


もういい。ぶっ潰してやる。皆殺しにしてやる。




ぐぅ〜〜。




お腹空いた。というか私、一銭も持ってない。食糧を調達しなければ。川に行けば、魚が泳いでるかな。




河川敷だ。川の麓まで降りてゆく。


魚、全然いない。


というか、歩き疲れた。もう限界だ。あの橋の下で、一休みしよう。






私は気絶するように眠ってしまったようだ。


目が覚めると、夜になっていた。


星が綺麗だ。


何やってんだろう、私。




空腹ではあったが、食欲など忘れてしまった。気力ももうない。組織を潰すとか、皆殺しとか、もうどうでもいい。実際やったとして、それが何になる。




ーーお前は和を乱す




あれ、私の居場所はどこにあるの?




ーーもうお前は必要ない




もう、全部、無くなっちゃったの?




ーー天才の需要そのものがなくなってきているがね




私の存在価値は?




ーー二十歳過ぎれば唯の人。






もういいや、帰ろう。


私はその場に立ち上がった。


そしてすぐに思い出す。


帰るって、どこに?


そうだ、思い出した。私は天才だった。


だから、考えればすぐにわかったんだ。


この世界そのものに価値はないって。


生まれてきたのが間違いだったんだ。


15年前、私は死を選んだ。でも、死ねなかった。いざ死を目の前にすると、足が竦んで、手が震えた。恐怖を身体が感じていた。


だから、最善手だったはずの選択肢を選び抜くことができなかったんだ。


でも、今なら選び抜くことができる。




不思議と心が満たされていた。


坂を登り、橋の手すりによじ登る。


下を見ると、波が反射させた光がチカチカ輝いていた。


見上げると、月。


これでやっと自由になれる。


そうだ、生まれる前に還る(帰る)んだ!




ーーさよなら、この世界。




そして、




満面の笑みで、




ーーただいま!!






「あ!先生!目が覚めました!!」




ここはどこだ?




「自分の名前言ってみて!!」




「く、ずは……」




ここはどこだ?ここはどこだ??


まさか死んでないなんて冗談だよな。


ちゃんと死んだよな!ここは、あの世界ではないよな!!




いや、これは、死んでない。生きてる。霞む景色が、聞こえる声が、喉の痛みが、生きてるって実感を与えている。


そうか、私はまた失敗したのか。




この世界はどうしてこうも私を縛り付ける。


この世界は私に苦しみばかりを押し与える。


だから、見限ってやるつもりだったのに。悔しい。


今度こそ。今度こそ。


たしかに、私はこの世界を変えられないかもしれない。


だけど、この世界とて私を変えることなんてできないんだ。


この世界の思い通りになんてさせない。


私はこの世界に復讐してやる。


私が私のままで、この世界との縁を切ってやる!今度こそ絶対に負けない!!次は、次こそは、死んでやる!




私は、うまく身体に力が入らなかった。


だから、入院するように言われたが、強く拒んだ。


すると、家で預かりますと、女の人が言った。そして、私は彼女の家に連れて行かれた。意思疎通もままならなかったが徐々に身体が回復してきた。




回復してどうする。死にたいのに、自分で死ぬこともままならない。




もう、自分でできないなら、他の人に頼むしかない。


「こ、殺してください」


「殺さないよ、私が面倒見てる間は死なせません。というか、やっぱり自殺、しようとしたんだね。なんで死のうとしたの?」


軽い口で聞く内容じゃないだろ。


いや、自分が常識を語るなんて、おかしな話か。


「私はただ、帰りたいだけ。そういえば生きてきて、ずっとそう思ってた気がする。自分の部屋に戻ってきても、帰りたいって。だから、生まれる前に帰りたいのかなって」


「ふーん、なるほどね〜。それで実際に帰ろうとして、帰れませんでしたと。で、その前と後で、気持ちの変化はありました?」


「ない。むしろ怒りが湧いてきた」


「何に対しての?」


「この世界。私は死ねなくて悔しい。今度こそ、確実に……」


「珍しいね〜、たいてい自殺失敗した人は、失敗して良かったって語る人が多いらしいけど。ああ、勘違いしないでね〜。私別にそういうのに詳しいわけじゃないから。そういうのを言ってたのよ、ちょうどこの前知り合いがさ」


「そうなんですか。でも私には関係ないです」


「まあそりゃそうだ。人それぞれだしね」


「それで、やっぱり殺してくれないんですか?」


「まず殺さないよ。でそれならって動けるようになったら自分で死ぬつもりでしょ?さすがにそれを止めるのは難易度高いからな〜。そうだなぁ、じゃあお姉さんから提案です!もうちょっと生きてみない?」


「お断りします」


「うーん、こりゃ厄介だなぁ。樟葉ちゃんって言ったっけ?人はいつかは死ぬ。いつでも死ねる。いいかい?死ぬのはいつでもできる。だから、自殺するのは決定事項。だけど、それを実行するのをちょっとだけ延期させる。これでどう?」


「……。生きて何をしろと?」


「いや、生きるだけでいいよー。私面倒見るし」


「辛くなるだけです」


「うーん。ねえ、樟葉ちゃんにとって譲れないものってある?」


「死ぬこと」


「即答だね〜。あちゃ〜、こりゃ質問内容間違えたかも。じゃもう一つ。樟葉ちゃんにとっての幸せって何?」


「それは……、そんなの、わかりません」


「じゃあその答えを探して見つけなさい。それまで自殺はお預けってことで」


「……いいでしょう。でもそんなことで自殺をやめはしませんよ私」


「わかってるって〜。じゃあお姉さんと指切りしよう。ん!」


小指を立てた右手を差し出された。


恐る恐るこちらも右手を、小指を差し出す。


それを彼女は小指で力強く掴み取る。


「やくそく!」


彼女は歯を見せて笑った。私はその笑顔をなんだか見続けていられなくて、耐え切れず俯く。


な、なんなんだよ。


というか耐え切れないって何に?


もし、もしも俯かずに彼女の笑顔を見続けていたら、私は、どうなっちゃってたのかな。


天才ではなくなった私には、もはやわからない。なんだか頭が回らないのだ。本当に頭が悪くなってしまったんだな、私。


「お、お姉さん。名前は……?」


「く、樟葉ちゃんが、私に興味を持ってくれた〜〜!?やった〜〜、泣きそうなんだけど私」


「べ、別に、今後のために名前知っといた方がいいって誰でも思うでしょ!」


「うふふ〜ん♪」


「な!ま!え!!早く!!」


「はいはい!私は井上菜月!お姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだぞってことでよろしく〜!!」




こうして、菜月さんとの二人暮らしが始まった。


菜月さんと私の主治医は、もともと仲が良いらしい。自宅療養を許諾してくれたのも、菜月さんという友人の頼みだったからに他ならない。本来ならダメだったが、なんとか手を打ってくれたそうだ。


身体は徐々に回復していった。通院の頻度も徐々に減っていった。




食事の用意も、掃除も、洗濯も、家事全般菜月さんがやってくれた。


基本的に菜月さんは在宅ワークだから家にいる。


私はというと、やることがなくて暇だ。


組織に大きく貢献していた自分は見る影もない。


前の自分だったら、天才だったから、やったことがないことも、見よう見まねと想像力だけでなんかできちゃってたけど、今は違う。きっと上達スピードも段違いに遅くなってる。


それでも、何か手伝わなければ、居心地が悪いだけだ。


「な、菜月さん」


「大丈夫だよ。手伝わなくていいんだよ、樟葉ちゃん」


「でも、でなきゃ私の価値は……」


「そんなのなくていいよ。価値なんてなくてもいいじゃん。私は樟葉ちゃんと一緒にいられて楽しい。それだけで十分だよ」


「それじゃあ、私が辛くなるだけです……」


「そっか。よし、わかった!じゃあ今から夕飯の準備するから手伝ってよ!ちなみに料理の経験は?」


「……ありません」


「これは楽しくなりそうだ〜〜!!」






「うん、美味しい!!最初は散々だったけど、だいぶ上達したね〜!洗濯や掃除もしてくれて、大助かりだよ!」


「いや、本当ならもっと上手くできるんです」


「樟葉ちゃん!」


「ん?」


「ありがとね!!」


見上げると、あの笑顔だった。また見ていられなくて、俯いてしまう。


「ねえ、ずっと家の中にいるけど、明日外に出てみない?何かオシャレなお店でも行こうよ」


「いや、そんな。悪いですよ……」


「樟葉ちゃん、私と暮らしてて楽しい?ちなみに私はめちゃくちゃ楽しいよ!樟葉ちゃんはどうなのかなぁ〜って。正直にね!」


「……よくわかりません。というか、“楽しい”の定義って何でしょうか……?」


「定義はよくわかんないけど、でも、そう、それ!樟葉ちゃんにとっての“楽しい”を探しに行くんだよ!なんだかワクワクしない?楽しくない??って楽しいがわかんないんだってば私ってば」






「さて、行こうか。車に乗ってドライブだよ〜」


「運転できるんですか?」


「うん!さあ乗った乗った〜」




2時間後。




「結構遠くまで来ましたよね。どこまで行くつもりですか?」


「ああそろそろ着くよ〜」


「というか時間的に帰れなくなるんじゃ?」


「いや〜、私たち旅行に来たからね〜」


「え?聞いてないんですけど」


「あ、嫌だった?」


「いや別に嫌というわけでは……」


「ならいいじゃんいいじゃん。樟葉ちゃんは旅行もしたことないでしょ?」


「まあそうですけど」


「綺麗な景色をたくさん見て、一緒に写真を撮りまくって、美味しいものをたくさん食べて、お土産いっぱい買って、思い出を作るんだよ!」


「……なるほど」




「とりあえずお腹空いたよね、昼ごはん食べようか。何か食べたいものある?」


「うーん……。なんでもいいです」


「そっか〜」


菜月さんは辺りを見渡す。


「お、あそこにログハウスがある!雰囲気いいね〜!行ってみようか」


パーキングスペースからログハウスの側まで、歩いて向かうと、


「わぁー!綺麗な湖だね!この風景をバックに写真撮ろう!!」


スマホを取り出し、カメラの自撮り機能を使ってパシャリ!


「うん、いい感じ!お、このログハウス、カフェもやってるみたい!!ランチメニューもあるし、テラス席もあるし、良い眺めだ!よし、ここでお昼食べよう!」




扉を開け、中に入る。


少し肌寒いので、テラス席ではなく、屋内の席に座った。ここからでも湖がよく見える。


2人で同じものを頼んだ。


サンドイッチとサラダの盛り合わせ。


食事が運ばれるや否や、スマホを取り出して、写真を撮り出した。




「SNSに投稿するんですか?」


「いや?単純に私が見返したいから。樟葉ちゃんにも後で送っとくよ〜!というわけで、いただきはむっ。はむはむはむ。う〜美味しい〜!!この木の器もかわいいよね〜!!この眺めの良いロケーションも最高!!そしてコクのあるコーヒー。身体に沁みる〜」


「この後どうするんですか?」


「うん、食べ終わったら、宿に行こう!部屋の予約取ってるから、手続きするよ」


「はい」




「良い眺めだ〜!ここからも湖が見えるよ〜!当たりの部屋引いたかもね!私たちついてるね!」


「部屋も趣きがありますね」


「綺麗だしね。ねぇー、湖、近くで見てみない?」


「わかりました、いいですよ」


「よし!レッツラゴー!!」




季節は秋の終わりだった。


草の匂いがした。水の匂いがした。


若干風も吹いている。




「う〜ん、空気が美味い!!」


「ですね」


「こういうのは写真には残らないけど、撮っておいて後で見返せば、匂いとか音とか、考えてたこととかも、思い出すことができる!だからいっぱい撮ろう!」


「ですね」




しばらく歩くと舟着場に辿り着いた。




「ここで舟を借りることができるみたいだよ!乗ってみる?2人で漕いでみたいな!」


「いいですよ」


「やったー」




他愛もない話をたくさんした。


代わりばんこで舟を漕ぎ、湖の中央まで来た。日は少し暮れかかっている。赤みがかった景色だ。




「菜月さん……」


「お?」


「あの、ありがとう」


「え?」


「綺麗な景色をたくさん見て、一緒に写真を撮りまくって、美味しいものをたくさん食べて……、ううん、今日の旅行のことだけじゃない。私を拾ってくれて、一緒に過ごしてくれて、思い出をたくさんくれて、ありがとう、菜月さん」


菜月さんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐにまたあの満面の笑みで、


「楽しかった?」


そうだ!いつもならこの笑顔を見た時、何かに耐え切れられなくて俯いてしまうけど、このまま頑張って見続けていたら、どうなるのかな。ちょっと、試してみようかな。よし、


「楽しかった!」


菜月さんはハッと息を飲んでいた。


「樟葉ちゃん……」


「菜月さん、どうしたんですか?なんで、泣いて……?」


「だって、初めて、私の前で初めて、笑ってくれたから」


「笑って……ますか?」


「うん、すっごく……、かわいいよ!!」


そっか、私は笑い方なんて、とっくの昔に忘れちゃってたんだ。


そっか、私は菜月さんの笑顔を見た時に、私も一緒に笑顔になってしまいそうになって、それが少し、恥ずかしくて、だから……。


一つの謎が解けた。その瞬間、芋づる式に次々と謎が解けていく。菜月さんと出会ってからの思い出が次々と頭に浮かんだ。


そうか、そうだったのか。




ーーやくそく!




ーー樟葉ちゃん!




私、わかっちゃった。




ーーありがとね!!




ーー楽しかった?




目元が熱くなった。


わからなかったことが、次々にわかった。


目が霞んだ。


思考という水が、脳というフィールドに、浸透していくかの如き感覚だった。頭が冴えている。


一粒、熱いものが目から零れ落ちた。


不鮮明だったものが、色鮮やかになってゆく。


二粒目が溢れ出した。と思ったら、次から次へと……。あれ?どうしたんだろう。今度は息が苦しい。


「うぇ」


え?今の私の声?


「え……うぇ……うぅ……」


「樟葉ちゃん」


菜月さんが、力一杯私を抱きしめた。


「うぅ……うぅ……うぅぅ」


「大丈夫。安心しな。私しかいない。泣いていいんだよ。泣けばいいんだよ。だから、泣きな」


全てが決壊した。


「ぅぅうえええええん!!ぅうええええええん!!」


もう自分の身体をコントロールできない。


でも、ちゃんと頭の中は働いていた。




ーー菜月さん。私、わかっちゃった。私にとっての……。




翌日、昼前に起きた。だらだら帰り支度をして、チェックアウトして、またあのお店で朝食?昼食?を食べ、再び車に乗った。


車の中でもたくさん話をした。


楽しかった。




「帰りにスーパー寄って帰るけど、スーパーからだと歩いて帰れるよね。疲れたでしょう?先に帰って休むといいよ」


「……はい」




「よいしょ!これで当分の食料は調達した!」


玄関の扉を開ける。


「ただいま〜!ってあれ?まだ帰ってないか。寄り道しているのかな」


何か嫌な予感がした。


「まあそのうち帰ってくるか〜」


発した言葉とは裏腹に、不安が大きくなってゆく。


樟葉ちゃん……。


「樟葉ちゃん!!」


私は、家を飛び出した。どこへ行ったんだ?


もしかして、あの橋に……。


無我夢中だった。


人一人の力は、なんて弱いんだろう。


私は、この身体一つ分しか持ってない。


「いない!?」


そうか。あの子は賢い子だ。同じ轍は踏まない。だとすると……、いやわからない。


考えてもわからない。


だから、私はとにかく駆け出そうとしていた。どこに向かおうとしているのか私にもわからない。


どうして、こんなにも人一人の力は弱いんだろう。


わからないよ、樟葉ちゃんが今どこにいるのか。


今私は移動しようとしてる。樟葉ちゃんも移動してるかもしれない。動いているものを見つけるのはさらに難しい。


そもそもなぜ私は、一人で帰ってもいいよなんて言ったんだろう。本当に私は救いようのないバカだ。


樟葉ちゃん、樟葉ちゃん、樟葉ちゃん!


神様、どうかもう一度、樟葉ちゃんに会わせてください!!




「うあっ!!」




何かに躓いて跪いてしまった。




はあ、はあ、はあ。




後ろに川が見える。




はあ、はあ、はあ。




「……!?」




私は踵を返した。わからないけど、




もしかして!




走った。




もしかして!!




坂を駆け降りた




もしかして!!!




「樟葉ちゃん!!!!!!」




ジャブ、ジャブ、ジャブ……。


川に入って、




「樟葉ちゃん、樟葉ちゃん、樟葉ちゃん!!」


捕まえた。もう、絶対離さないから。


「菜月さん……、なんで」


「樟葉ちゃん、わかったんでしょ!?見つけたんでしょ!?私にさ、教えてよ。聞かせて欲しいな、樟葉ちゃんが見つけた、樟葉ちゃんの幸せ」


「菜月さん……。菜月さん、私、わかっちゃった。菜月さんに出会って、最初からずっと、私は、幸せだったんですね。小さな幸せをたくさん、私は、ちゃんと感じていたんですね」


「樟葉ちゃん……」


「私、わかりましたよ!私にとっての幸せが何なのか、探して、見つけましたよ!だから、だから、散々延期にしてきた自殺を、実行する時が来たんです。菜月さん、ここでお別れです」


「待って!待って!樟葉ちゃん!く……ずはちゃん、にとって、……譲れないものって何?」


「それは……死ぬこと……」


「本当に?」


「えぇと……」


「樟葉ちゃんは、帰りたいって言ってたよね。だからさ、私の……私たちの家に、帰ってきなよ。“ただいま”って、言いたかったんでしょ?私が、“おかえり”って答えるからさ。これからもずっと、いつまでだって。だから、私の側にいて欲しい。一緒にいて欲しい」


「菜月さん……」


「樟葉ちゃんは死にたいんじゃないよ。帰りたいんだよ。だから、お願い!一緒に帰ろ?」




また涙が込み上げてきた。そうか、私はもう天才ではないから。私はもうバカだから。


死にたいなんて、思ってないんだ。


私の譲れないもの。


それは……。




「帰ろ?」


「……はい」




「着いたよ、樟葉ちゃん、ほら」


「……ただいま」


「おかえり!」




私は今すごく幸せなんだ。






「いってらっしゃい!私はいつでもここで待ってる!だから、必ず帰ってくるんだよ!!」


「はい!いってきます!」




家族ができた。帰る場所ができた。


家族。帰る場所。でもそれは一つだけじゃない。


私は、また外に出た。また帰ってくるために。


“ただいま”って言ったら、“おかえり”って返ってくる。


私は、そんな日常と無数の小さな幸せを、未来と希望を、作り、守る。そのために、生きていく。


そして、家族、帰るべきもう一つの場所、それは……。




ーー母さん、みんな、今帰るから。






これは、姉弟(2人)が再会する(であう)までの物語。

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