最年少特殊防衛隊員・青木清隆の日常録

ヘイ

特殊防衛隊vsエイリアン

「少年と少女が出会うのは偶然だとか、運命だとか……」

「おい、いつまで漫画読んでんだ」

 

 特殊防衛隊。

 日本全国に118支部を構える政府公認の防衛組織である。国を守る為の組織であり、対象は専ら怪物となる。

 そんな特殊防衛隊に在籍する青年が1人。青木あおき清隆きよたかは15歳という最年少特殊防衛隊員であり、現在のところ彼の記録を凌駕するものはいない。

 

「ねえ、与野屋よのやさん」

 

 黒髪、眼鏡、身長は173cm。筋肉質な身体だが、彼は露出の高い服を好まず彼の裸を見た事があるものは限られる。

 

「何だよ」

「俺はさ……高校には出会いがあると思ったんだよ」

 

 漫画を閉じて後部座席に投げる。

 与野屋瑞稀みずきはそれを確認して直ぐに前に目を向けた。

 

「職場での恋愛は……まあ、無理だしさ」

 

 流石に特殊防衛隊に務めて長くなれば人間性もあらかた理解されてしまう。今更、誰かしらと関係を深めて行こうと思えるほど清隆は闊達な人間ではなかった。

 

「ああ、そういや先週入学式だから仕事できないって聞いたな」

 

 組織的には彼の行動はあまり好まれるものではないが、純然な能力の高さと実績から「今回は特別に」と支部長から許可が降りたと、瑞稀は聞いている。

 

「でもさ、入学から早1週間、1週間です」

 

 この1週間で学校内の人間関係が決定すると言っても過言ではない。

 

「おう」

「部活も遊びもない俺が友達なんてできると思います?」

 

 特殊防衛隊に身を置く彼らは基本的に日本を怪物から守ることを第一に活動している。

 

「無理なんですよ! 皆んなが歌って気持ちよくなってる中ッ! 俺は今から怪物ぶちのめしに行くんですよ!?」

 

 出会いがない職場だ。

 出会いというのは怪物とのエンカウント。殺伐としたやり取り。ピチピチの潤いのある青春などない。むしろ、その青春を守るために灰と赤に染まっていくのが彼らだ。

 

「今日なんて言われたと思いますか?」

 

 装甲車両の扉を開けて外に出ながら清隆が話す。

 

「『カラオケ行か……ないよな』、ですよ!」

「良いから、さっさと行くぞ。俺はお前のそういう話に興味はない」

 

 瑞稀は清隆に眼鏡入れを投げ渡す。

 

「ちゃんと外せよ」

 

 彼のかけているものは伊達眼鏡。

 戦闘においては邪魔になってしまう。

 

「ありがとうございます……てゆーか、与野屋さんも行くんですか?」

 

 清隆は後部座席から鞘に収まったままの長い刀を取り出し、運転席から降りた

 

「言いやがったな、お前」

 

 清隆よりも10cmは高い背の彼は溜息を吐いた。

 

「俺もお前がいれば運転席でタバコ吸ってても良いと思ったんだけどな」

 

 特殊防衛隊員は階級差と言う物が細かく決められていないが怪物を倒すことにより評価ポイントが加算されていくという明確な指標がある。

 この怪物を倒した評価ポイントにより収入が決まると言う出来高制度が導入されている。

 

「良かったじゃないですか。手伝えば評価ポイント増えますし」

 

 最年少特殊防衛隊員、青木清隆の強さは異常だ。たった1人でも数十体の怪物の群れを討滅出来るほどに。

 

「てか、与野屋さん。この前タバコを装甲車両で吸うなって言われてましたよね? 一応は特防の持ち物なんだからって」

「この年になると物覚えが悪くてな」

 

 瑞稀はアサルトライフルを持ち装甲車両の右側の扉を閉める。

 

「……なあ、怪物ってアレだよな?」

 

 見上げた先には巨大な恐竜の様な怪物が居る。目は1つだけ、体はティラノサウルスの様に腕が未発達だと思われる。大きさは20m前後。

 

「見えないんですか、アレですよ」

 

 瑞稀が清隆に尋ねたのは現実として受け入れたくなかったからだ。怪物の中でも20mを超える物は珍しい。

 ぬらりと濡れた鋭い牙が覗いている。

 ゾワと寒気が走った。

 

「お前、よく平然としてられるな」

「2年前のがヤバかったですって」

 

 2年前の事は瑞稀も覚えているが、ここら一帯にやってきた怪物の殆どを清隆が狩り尽くしてしまったのだ。

 

「それに1体だけですよ」

 

 ならどれほど大きかろうと清隆にとっては些細な物だ。

 

「行きましょうよ」

 

 N市森林公園に現れた怪物の討伐。

 今回の任務はこれだけ。

 

「分かったよ」

 

 先を気にせず進む清隆の後をゆっくりと瑞稀が追いかける。1つ目の化け物はそこに立っている。

 立っているソレの目がギョロリと清隆達を見つめる。

 距離にして300m。

 常人であれば40秒は掛かる距離。

 刀を鞘から抜き放つ。

 右手に握られた刃渡り76cmの太刀はぬらりと木漏れ日を反射した。

 

「…………フッ!!!!」

 

 立ち幅跳びの様に助走し、清隆の身体は一瞬にして怪物の眼前にまでカッ飛んだ。

 身体を捻り、グルンと上半身を勢いよく回転させ怪物の顔を切り裂く。

 目が割れる。

 頭部が裂ける。

 血飛沫が舞う。

 

「ほら、与野屋さん。どうせこんな程度ですよ」

 

 軽やかに着地して返り血を浴びた清隆は斃れゆく巨体に目を向けずに、瑞稀の方へと振り返る。

 

「……与野屋さん?」

「お、おい。アイツは……何だ」

 

 柄を握りしめて清隆が振り返る。

 気配はない。

 だからこそ、瑞稀も恐れているのだ。陰のように暗い、目も口も鼻も見当たらない上背165cmほどのナニカ。

 長く伸びた爪がある。

 ソレはゆらりと揺らめき、瞬間に清隆に襲い掛かる。

 

「チッ!」

 

 ガギィン!

 

 金属同士がぶつかったような鈍い音が上がる。だが、火花が散る事はなかった。

 

「死ね!」

 

 叫びながら瑞稀がアサルトライフルを乱射する。弾丸の発射速度は音速を超えると言うのに、黒いソレは弾丸の全てを叩き落とす。

 

「あ……なっ、はぁ?」

 

 目も口も鼻もない。

 だと言うのに、グルン。

 そんな音が似合いそうな程に。

 怪物は瑞稀に目掛けて踏み込む。

 

「与野屋さん!」

 

 特殊防衛隊所属隊員の死亡者は少なくない。

 ここで瑞稀が影のような怪物に殺された所で数多くいる特殊防衛隊員の殉職者の内の1人としてカウントされるだけだ。

 それだけだ。

 数字や情報の上でという話では。

 

「やらせねーぞ!」

 

 刀を全力で投げつける。

 真っ直ぐに刀は黒色の人型に目掛けてすっ飛んでいく。

 脳天を貫通する軌道。

 怪物は鋭利な爪で迫る刀を弾いた。

 

「…………防いだか」

 

 ならば、この怪物も『死』があると言う事だ。太腿に巻き付けていたサバイバルナイフを抜いて構える。

 刃渡りは20cm。

 勢いよく踏み込み、刺突。

 

「クソ!」

 

 避けられた。

 身体を斜めに倒し、地面スレスレに背中が近づく。

 目の前を長い爪が通過する。

 

「オォォラァアアアアアアッッッ!!」

 

 ズンッッッ!

 

 体勢を立て直そうとした瞬間に瑞稀の雄叫びのような声が聞こえ、次の瞬間には黒色の腕が落ちていくのが見えた。

 

「フッ!!」

 

 首に向かって刀を横に振るうが紙一重で当たらない。

 

「チッ……」

「与野屋さん」

 

 清隆は瑞稀から刀を受け取り警戒を深める。

 だが、2人の態度に合わせる気はないのか影の怪物は逃げていってしまう。

 

「……深追いは危険ですよね」

 

 追うという行為は出来そうにない。

 清隆の言葉に瑞稀も異論はない。何があるか分かった物ではないというのに2人だけで追いかけるなど命を顧みない行動だ。

 何より、この情報は特殊防衛隊に共有しなければならないのだ。

 

 

 

 

「…………」

 

 ブックカバーをつけたラブコメ漫画の頁を捲りながらポケットの中の仕事用のスマートフォンに意識を向ける。

 学生生活と出来る限りの両立を図るのが清隆の理念だが、問題があれば当然のように特殊防衛隊の召集に応える必要がある。

 

「むふっ……」

 

 思わず笑いが漏れた。

 周囲から怪訝なものを見るような目が向けられる。一瞬だけ上に上げた視線を落とし、漫画を机の中にしまいこむ。

 

「どうなったか。ちゃんとやってくれたと思うけど……大人が」

 

 高校生の清隆は待つだけだ。

 青い空を眺めて呟いた。

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