05(END) 好かれてから

「その棚はあっちに置いとけ」


「日当たり良い方が私の部屋ね」



 ――落田静は、春の気配を感じる弥生に16歳となった。今までならば家族からしか祝われなかった彼女は、ほぼ同時期に誕生日を迎えた男と共に二人っきりの誕生パーティーを開いた。


 少しづつ、少しづつ動き始めた彼女の人生は再び転換期を迎える。中学校の卒業と同時に親元を離れ、実家からさほど遠くは無いとはいえアパート暮らしを始めた。


 男の手助けもあり、他人に対して段々と心を開いた彼女は友達も多く増えたらしい。しかし元々の性格は変わることは無く、親密な関係になった者は居ないという。


「あなたの部屋、狭くない?」


「気にすんなよ。男ってのは狭い所が好きなもんだ」


 時たま告白されることはあったが、彼女の断り文句は「既に好きな人がいる」だった。それが誰なのかは学校中の誰も知らず、そもそも“本当”なのかも分からない。



 高校の入学式、彼女の両親は娘の晴れ姿を見に来ることは無かった。理由はある。愛しい次女が小学校に入学する日と被ったため、二人揃って妹の方へ行ったのだ。


 でも、彼女は気にしなかった。上辺だけの笑みを浮かべながら祝いの言葉を投げかけられても、嬉しくなんて無かったから。そして何よりも、自分を変えてくれた男が見に来てくれたから。


「よーし、これで荷物整理は終わったぞ」


「もう外が暗い……ご飯、作ってあげよっか」


 彼女の高校生活は、特に可もなく不可もなく終わる。“幸せだったか?”と聞けば、少し考えてから首を縦に振るほどに。


 小学生の頃から知り合いだった子とお泊り会などもして、それはそれは良い思い出になった。普段、学校が終わってから付き合いの悪い彼女を考えるとよりそう感じる事だろう。




 春。



 ――落田静は、桜舞い散る卯月に19歳になった。高校も卒業し、家族との仲も比較的良くなってから、彼女は再び引っ越しをする。


 ただ、今度は二人で。丁度三十の年を迎えた男と共に、満天の星空が見える山から近い一軒家。そんな場所に居を構えた。


「大学一発目はどうだったんだよ」


「普通。あと食べながら喋らない」



 あの日、彼女は旅に出たいと思った。

 あの日、男は大切な家族を弔っていた。


 ふと気が付けば、二人は離れられない存在になった。


「ごちそうさま。――それじゃあ、行きましょ」


 食事を済ませると、予め用意していた荷物を背負って玄関の扉を開ける。小さな風が吹き、桜の花が頬に付く。嗚呼、あの時とは真逆の暖かさだ。


 数年前に見たあの景色を再び、そして数年前に言えなかった気持ちを今度こそ。



「ちゃんと帰る家はあるよな?」


「!」


 初めて会った時に聞かれた言葉に、数年越しに答えよう。





「おじさんと一緒の場所が、――私にとっての帰る家だよ」




 善き行いは過去の虚像となり、未来に続く道標になる。



 END

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善き行いは過去の虚像 羽寅 @SpringT

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