第11話 新たなメンバー

 募集を始めて数日後。隣のクラスの東雲美歌しののめ みかがストレートの髪を左右に揺らしながら俺に駆け寄ってきた。


「響く〜ん! 響くんが作ったバンド、ボーカル募集してるの?」


 スマホで撮影した俺たちのポスターを見せながら東雲はそう尋ねた。


「あぁ、まぁね」

「もう決まっちゃった?」

「いや、まだだけど……。え!? まさか東雲やりたいの!?」


 東雲は笑顔で頷く。

 

 学年一の美少女が立候補してくるとは予想外だったが、彼女がメンバーに加われば話題性は抜群だ。


「東雲は歌に自信があるのか?」

「う~ん、どうだろ? カラオケに行けば『上手い』とはよく言われるけど」


 カラオケ基準かぁ……。

 さて、どうするか……。


 少し迷ったが、【カラフル】のみんなは本気で楽器に向き合っている。だから中途半端なヤツの加入を認めるわけにはいかない。


「そんな感じじゃ加入は認められない」

「意外と厳しいんだね~! わかった! じゃあ響くんがテストしてよ!」


 

 そしてその日の夕方、俺は【カラフル】の練習に東雲を連れていくことにした。

 

 音羽と禅に東雲のことを伝えると、二人は驚きながらも『後から向かう』と言っていた。


 先に学校を出発する俺と東雲は、靴箱で待ち合わせて一緒に俺の家へと向かった。

 途中俺たちを追い抜いた同級生たちがニヤニヤした表情で何度も振り返るので、俺は東雲から拳一つ分離れて歩くように気をつけた。



「ただいま~」

「響さん、おかえりなさ……」


 迎えに出てきた家政婦さんが明らかに驚いた顔をしている。

 

「お邪魔します!」


 東雲は誰をも魅了する笑顔で微笑むと、丁寧に頭を下げた。

 

「響さん、こちらの方は?」

「隣のクラスの東雲美歌さん。ただの友達だから変に勘ぐらないでね。あっ、後から禅と音羽も来るから、防音室に来るよう言って」


 東雲を見た家政婦さんの顔がにやけていたので、それ以上勘違いしないよう俺は先に釘を打った。



「音羽さんもバンドメンバーなの?」

「あぁそうだけど?」

「ふ~ん……。あと、‟禅”って誰だっけ?」

「俺のクラスに来た転校生の雪平だよ」


 東雲は首を傾げながら必死に記憶を辿っているようだが、東雲クラスの人間ともなれば、隣のクラスに来たあまり目立たない男子のことなど眼中にはないだろう。


「まっ、見たら分かるよ」


 俺は淡々とそう言うと、東雲にマイクを渡した。


「俺たちがやってる曲はこれだ」


 スマホの動画を流すと、東雲は長い髪を片耳にかけながら俺が持つスマホを覗き込んだ。

 するとその小さな画面上に、まるで寄り添っているかのように見える俺たちの姿が反射して映った。

 

 東雲の髪は満開の花のような甘い香りを放っていた。

 

 “ダメだ”と思いながらも少しだけその香りを楽しんでいると、防音室の扉が開き禅と音羽が入ってきた。


「響、来たよ~……」


 俺は咄嗟に東雲と距離を取ったが、時すでに遅し、禅と音羽に完全に見られてしまっていた。


 何もマズいことはしていないはずなのに、俺たちを見る音羽の視線が鋭く感じられ、思わず『誤解なんだ!』と訴える目で音羽を見つめ返した。

 

「じゃ、じゃあ紹介するよ。隣のクラスの東雲美歌」


 二人と対面した東雲は、家政婦さんの時よりは笑顔少なめに自己紹介をした。



 俺たちは挨拶もそこそこに、早速ボーカルのテストに入る。


 肝心な東雲の歌唱力はというと、上手いどころではなく、控えめに言っても素晴らしかった……。


 選んだ曲はボカロ曲ではあるが、今回俺たちが参考にしているのは異色バンドが演奏したものである。そして動画を見る限り、そのボーカルはとても力強くてインパクトのある歌声をしている。

 それに対し東雲の身体は線が細く、話し声は少し高めだ。到底あのボーカルの声は出せないと思っていた。

 しかし、東雲はマイクを持った途端豹変した。イントロが流れると、まるで目の前にお客さんがいるかのように真っ正面を見据え、その身体のどこからそんな声が出ているか、のびやかで胸に響く歌声を披露した。


 禅と音羽に目配せすると、二人は深く頷いた。


「東雲、合格だ」

「やった~!」


 かくして【カラフル】にボーカル担当として東雲美歌が加わった。




――その翌日


「ねぇねぇ、匹田くん! 東雲さんと付き合い始めたって本当!?」


「はっ!? 何それ!?」


 突然クラスメイトの女子に覚えのないことを言われ、俺は思わず大声を出してしまった。


「え? 違うの? でも、昨日二人が一緒に帰っているとこ見た人がたくさんいて、『ビッグカップルの誕生だ!』ってかなりの噂になってるよ!」


 しまった。油断した……。《一緒に帰るイコールカレカノ》って方程式が存在してたの忘れてた……。


 俺は必死に否定したが、『そんなに照れるなら本当のことだ』と逆に誤解されることになってしまった。


 俺はそっと音羽の方を見た。

 音羽はいつもどおり肩ひじをついて外を眺めている。


 俺はその後ろの席の禅に視線を移し助けを求めたが、禅も‟お手上げだ”と言わんばかりに、困り顔のまま愛想笑いを浮かべた。

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