第10話 将来の夢

 俺と禅はベランダに出てのんびりと座り、グラウンドでサッカーを楽しんでいる下級生たちを眺めていた。

 せっかくゆっくりと過ごせる休憩時間なのに元気なものだな、なんて年寄りくさいことを考えていると、屋上から風に乗って音羽が吹くフルートの音が聞こえてきた。


 4月の初めまで満開の桜でピンク色に染まっていた正門付近は、今や葉桜で鮮やかな緑色をしている。

 ずっと穏やかな快晴が続いていたが、あと一ヶ月もすれば梅雨入りして雨の日が続くだろう。そうなれば音羽は屋上での練習が出来なくなってしまう。バンド練習で会えるとは言えども、アイツが空に向かってのびのびと吹くこのフルートの音が聞けなくなるのはやはり淋しいものだ。



「昨日の音羽さんの話だけどさ、僕たちみたいな‟出る杭”はすぐに引っこ抜かれちゃうんだよ」

「ん? 打たれるじゃなくて、引っこ抜かれるだって?」


 禅が突然そんなことを言ってきたので、俺は言い間違いかと思い聞き返した。しかし、禅はそれが当然であるかのように話を続ける。


「そっ。打たれるだけならまだそこにいることが出来るけど、『邪魔だ』って引っこ抜かれてしまったらもうその場所にはいられないんだ……」


 禅はそう言って立ち上がると、手すりにもたれかかり遠くを見つめた。その後ろ姿から、禅も前の学校で、ある種の妬みからクラスメイトに酷いことを言われ無視されていたことを思い出した。



「お~い! ベランダ組~、そろそろ教室入れよ〜」


 俺たちは先生の声を聞き、気だるげに返事をして席へと戻った。いつの間にか休憩時間の終わりを告げる予鈴が鳴っていたようだ。

 みんなが席に着いたのを確認すると、先生は手に持っていたプリントを配り始めた。手から手へと順番に後ろの席へプリントが回されるにつれ、徐々に教室にざわめきが広がっていく。


 俺は手元にきたプリントに目を通した。タイトルには大きく《進路希望調査》と書かれてある。


「みんな、プリントはあるか? このことは親御さんと相談した上で、希望する高校名となりたい職業、あとその理由を書いてから提出するように」


 中学3年生の一学期といえばそろそろ進路を定めた方が良い頃だが、クラスの半分くらいはまだ行き先が決まっていないようだ。

 聞こえてくる会話の内容から、女子は制服の可愛いとこ狙い、男子は可愛い女子が多いとこ狙いという感じだ。中には『彼女(彼氏)と離れたくないから同じ高校にする!』と宣言するヤツまで現れ、みんなは羨望の眼を向けていた。

 そんなクラスメイトに対し俺の希望する進路は、もちろん県内トップの進学校と決めてある。それは両親に相談してもしなくても同じことで、それ以外の選択肢がない決定事項なのだ。



 先生が教室を出ると、クラスメイトが席に集まって来た。


「ねぇねぇ、匹田くんは当然お医者さんになるんでしょ?」

「匹田くんはお父さんもお母さんもお医者さんなんだから当たり前じゃん! 私、匹田くんがお医者さんになったら用がなくても行くからね!」


「あ、ありがとう……」


 俺は愛想笑いでその場を誤魔化したが、心の中では少し苛立ちを感じていた。

 

 なぜみんなは勝手に俺の将来を決めつけるんだ? 

 確かに職業欄には迷いなく《医師》と書くだろう。でも俺の気持ちを無視して‟医師になるのが当然”という風に言わないでほしい。


 小さい頃からずっと『お前も将来は医師になるんだ』と両親に言われ続けていて、俺の家族にとって俺が医師を目指すのは当たり前のことだった。俺もそれに不満を抱いたことはない。でも『なりたい職業か?』と聞かれた時、自信を持って首を縦に振ることが出来ないのは確かだ。俺は、自分の将来なんて両親の手によって目の前にしかれたレールの上をただ進むだけなんだと思っている。




「なぁ、禅は将来プロの奏者を目指してたりするのか?」


 バンド練習のため俺の家へと向かう途中、禅は将来をどんな風に考えているのか聞いてみた。


「何、突然? ……あぁ、進路希望調査かぁ。職業欄に‟プロの三味線奏者”って書くかってこと?」

「まぁ、そういうこと」

「う~ん……、僕の家は父親が会社員の一般家庭だから音楽の道に進むことは考えてないなぁ。それに僕は公務員になって地域の人のために働きたいって思ってるし。まっ、あわよくば公務員という立場を利用して、三味線普及活動でも出来ないかな~って企んでるけどね」

「そっか……。ちゃんと考えていてエライな……」

「そうかな? さっき女子たちと喋ってる声が聞こえたけど、響はお医者さんになるんでしょ? そっちの方がエライと思うけど?」


 医者行きの電車にただ乗せられているだけの俺なんかより、自分で自分の道を決めている二人の方がずっとエライよ……。




 ――ダッ、ダッ、ダッ、ダンッ!


「よしっ! 段々と合ってきたな!」


 何回目かの練習で曲としてはだいぶん形になってきた。


「そういえば、この曲にはボーカルがいるけど私たちはどうする? 誰か歌うの? 先に言っとくけど、私はフルート吹いてるから無理だからね!」

「僕も歌は無理だよ!」

「音羽がメロディー部分吹いてくれてるから、ボーカルなんていらないんじゃないか?」

「まぁそうだけど、やっぱりバンドとしては今一つ迫力が足りない気がする」


 俺はこの二人がいれば十分なのだが、最高のステージを目指すなら確かにボーカルはいた方がいいのかもしれない。


「じゃあ、ボーカル出来そうなヤツ探してみるか?」


 それから俺たちは《ボーカル募集》のポスターを作り、学校の掲示板に貼らせてもらうことにした。




――数日後


 一人の女子生徒が腕組みをしながら興味津々な表情で俺たちのポスターを眺めていた。


「異色バンド【カラフル】ボーカル募集中? 響くんが作ったバンドかぁ……。へぇ、なんか面白そうじゃん」

 


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