第5話 バンドやろうぜ!

 二人は行先が決まっているのか、どこにも寄り道しないままあるコンサートホールの中へと入って行った。表の電光掲示板には《津軽三味線コンサート》と表示されている。


 津軽三味線? なんでこんなジジくさいところに音羽たちは来たんだ?


 恐る恐る入口の重たいドアを開ける。300人ほど入るホールにはすでに多くの人が座っており、ワクワク顔で隣の席の人と話していた。

 俺は一番後ろの空いている席に座ろうとしたが、ふと横からの視線を感じそちらを向いた。すると、同じく一番後ろの席に座っていた音羽と目が合ってしまった。『ヤバっ』と思ったがもう遅い。アイツに指示されるがまま隣の席に座る。このホールは座席同士の間隔が狭く、少しでも身体を傾ければ隣に座る人と肩が触れ合いそうになるほどだ。俺は可能な限り音羽の反対側に身体を寄せた。


「さっき一緒にいた人はいいのかよ……」


 俺が嫌味っぽくそう呟くと、音羽は呆れ顔で『後をつけてたの?』と言った。


「あれは……、まぁいいわ。見てたら分かるよ」

「……?」


 開演のアナウンスが流れると会場内が徐々に薄暗くなり始め、それとは反対にステージが眩しいほどのスポットライトで照らされた。

 ステージに和服姿の男たちが登場すると会場内は拍手と歓声に包まれ、そして演奏が始まった。

 初めて生で聞く津軽三味線の音は、高音でキレがありそれでいて柔らかな和風の音だった。ただ、今目の前で演奏されている曲は想像していた昔ながらのものではなく、とても現代ロックに近いもので、俺の津軽三味線へのジジくさいイメージを一瞬で吹き飛ばした。


「スゲー! カッコいい! ……あれ? あの人、さっき音羽と一緒に歩いてた男じゃないか!?」


 ステージ上にいる三人の三味線奏者の内、一人が先ほどまで音羽と一緒にいた男だった。


 袴姿のその男は、まるでギターを弾くような軽快な指さばきで音を奏で、隣の奏者に目配せしながら笑顔で演奏をしていた。少し遊ばせた黒髪が揺れ、額には汗が光っている。その輝く姿は男の俺から見ても格好いいと思えた。


「あれ雪平くんだよ」

「ゆえぇぇぇ!? んぐっ……」

「しぃー!!」


 驚きのあまり大声を出しかけたところで音羽に口を塞がれてしまった。


「わ、わりぃ……。えっ? あのイケメンが禅!? だって眼鏡かけてないし……」


「あのねぇ、雪平くんかどうか判断するのに眼鏡がそんなに重要なポイントなの? ……まぁいいわ。雪平くんはね、結構有名な津軽三味線奏者らしいの」

「音羽は前から禅のこと知ってたのか?」

「ううん。少し前に偶然同じコンサート会場で会って初めて知った」


 そう話しながら禅を見つめる音羽の瞳はキラキラと輝いている。それは決してステージのスポットライトに照らされているからではない。俺は音羽の視線の先にいる禅を複雑な気持ちで見つめた。


 確かに、ステージ上の禅は教室にいる時とは全く違いとても生き生きしている。これが何かに熱中している本来の姿なのだろう。

 最近の俺はドラム練習に夢中にはなっていたが、はたして禅のような顔つきになれていただろうか? 父さんにマイナスの言葉をかけられる度、どこか意地とか反発心で練習をやっていた気がする。




「あっ、響……。来てたんだ……」


 コンサートが終わり音羽と二人で会場の外で禅を待っていると、いつものメガネ姿に戻った禅が合流した。俺の顔を見て戸惑いの表情を浮かべている禅に俺は頭を下げた。


「禅、この間は無視してごめん! 俺、禅に嫉妬してたんだ……」 

「僕に嫉妬? なんで?」


 俺は正直に答えるべきか迷っていたが、視線は無意識のうちに音羽の方をチラチラと向いていたものだから禅にはバレてしまったようだ。


「……あぁ、そういうことか。てっきり嫌われたかと思ったよ……」


 禅の微笑みに安心した俺は胸を撫でおろし、そして先ほどのコンサートの感想を興奮気味に伝えた。


「さっきの禅めっちゃカッコよかったぞ! マジで鳥肌たったわ! ところで三味線ってジィちゃんバァちゃんが弾く楽器かと思ってたけど、あんな格好いい演奏も出来るんだな! なんでクラスで自慢しないんだ?」


 それを聞き、頬を赤くして照れていた禅の顔から微笑みが一瞬で消えた。


「おいっ、禅どうした? 何かあるのか?」

「……僕、前の学校では三味線のこと隠してなかったんだ。でも奏者として有名になり始めた頃、一人のクラスメイトが『ジジくさい!』って僕をバカにしてさ。そいつカースト上位のヤツで、そういう人の発言ってすぐにクラスメイトに影響を与えるからさ、あっという間にクラス中からハブられるようになって……。だからそれ以来同級生には三味線のこと隠して、なるべくクラスでは目立たないようにしてきたんだ」


 そう言うと禅は下を向いてしまった。その姿に先ほどまでの輝きは微塵もない。


「でも、禅は三味線弾くの好きだろ? あんなに生き生き演奏してたし!」

「うん、好きだよ。本当は三味線のこと隠したくはないんだけど、でもやっぱり同じことを繰り返すのが怖いんだ……」


 ――熱中しているものがあるのにそれを隠している禅

 ――‟熱中する”ということが分からず未だにもがいている俺


 俺は眉間にしわを寄せ腕組みして一人考えた。二人のこの想いを同時に解決できる方法を……。すると、一つの名案が頭に浮かんできた。

 

「よしっ! 決めた!」


「……な、なにを?」


 禅は不安そうな目で俺を見ている。俺はそれを無視して背筋を伸ばし、禅を真っすぐに見据えて力強く言い放った。


「禅! 俺とバンドやろうぜ!!」


「「はいっ!?」」


 禅に加え、それまで俺たちの話を黙って聞いていた音羽まで素っ頓狂な声を上げた。

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