第6話 【カラフル】結成!
「なぁ、禅! 一緒にバンドやるぞ!」
口をあんぐりと開けたまま固まる二人を前に俺がもう一度そう宣言すると、禅はハッと我に返り、凄い勢いで顔の前で両手を振った。
「本気でそれ言ってる!? 僕、三味線は弾けてもギターとかは専門外だよ!? 」
「禅はそのままでいい! お前の三味線演奏でみんなを見返そうぜ!」
「ムリムリムリ!!!」
「無理じゃない! 出来るって!!」
その時、禅は肝心なことに気が付いたようで、急に動きを止めると困惑の表情で俺の顔を見た。
「え? ていうか、『バンドやる』って言っても響は何か楽器出来るの?」
「あぁ、そういえば禅にも言ってなかったっけ? 実は俺、ドラムやってるんだ。毎日練習してるし、大体の曲は叩けるはず。だからこの通りだ! 頼むっ!」
「えぇー……」
俺のあまりの必死さで禅がほとほと困り果てているのが分かる。でも俺は諦めず禅に拝み続ける。
それにしても、可愛い女の子一人を前に男二人が拝み拝まれているこの光景は、さながら俺と禅が音羽を取り合っているかのように見えているようで、傍から見ていた人たちは囁き合いながら俺たちの脇を足早に通り過ぎていった。
「ところで、匹田くんはなんでそんなにバンドしたいの?」
俺たちのやり取りを黙って見ていた音羽がついに口を開いたのだが、その突然の質問に俺は暑くもないのに汗がじわっと滲み出るのを感じた。
ここは、『お前に興味をもってもらいたいから』と正直に言うべきだろうか……。でもそんなことを言えば、俺の抱くこの気持ちが、‟音羽のことが好きだ”と認めることになるのだろうか? 俺自身まだ自分の気持ちがよく分かっていないから、本当の答えは隠しておくことにした。
「ある人にどうしても近づきたくて……。そのためには何かに熱中して、まずはその人と同じ景色を見てみないといけないって思ってさ。あとは禅のためでもあるかな」
「え? 俺のため?」
「あぁ。今日の演奏、本当に衝撃的だった。だから、今日の俺みたいに学校のヤツらもあっと驚かせることが出来れば、もう二度と禅の三味線をバカにするヤツなんていなくなると思うんだ。だから……」
禅は腕組みをし、片方の手をあごに添えてじっと話しを聞いている。そして視線を上げ、真剣な眼差しで俺を見た。
「響の想いはよく分かった」
「じゃ、じゃあ……」
「うん、やるよ! 僕だっていつまでも隠れて三味線を弾きたくないしね」
「禅! ありがとう!」
「でも僕たち二人じゃバンドとして何となく不安じゃない? もう一人くらいほしいよね……」
俺と禅は目で合図し合い、二人同時に音羽を見た。この予想外な展開に音羽は俺たち二人をジト目で見返す。
「……私を誘っても無駄だよ? バンドなんて邪道なこと……」
音羽がやらない理由を言い切る前に俺は甘い言葉をささやいた。
「いいか音羽、よく考えてみろ? こんな経験今しかできないぞ? それに、これがきっかけで他の人にはない演奏スキルを手に入れるかもしれないぞ?」
「そんなの屁理屈……」
音羽は禅に助けを求めるような視線を送ったが、禅はイタズラ顔で微笑むと、わざとらしく顔の前でガッツポーズを作ってみせた。
「音羽さんが一緒なら僕も頑張れる気がする!」
「雪平くんまで……。もうっ! 分かったよ! やればいいんでしょ!? 将来的にフルートのためになるならやるしかないじゃん! でも期間限定だからね!」
そう言うと音羽は頬を少しだけ膨らませた。
「よしっ、決まりだな! これでフルート、津軽三味線、ドラムの異色バンド結成だ! あっ! 早速だけどバンド名は何にしようか?」
「それぞれの色を出すということで【カラフル】なんてどう?」
「おぉ~! 禅、それいいねぇ!」
そして俺たちは円陣を組み、その中央にそれぞれ右手を出し重ね合わせた。
「じゃあ俺たち三人は今日から【カラフル】だ!」
今日から三人はそれぞれの想いを胸に一つのチームとなる。俺は熱い気持ちで前へと歩き始めた。
「響って、学校にいる時は割とあっさり過ごしているけど、今日はなんか熱くていいね!」
「そ、そうか? でも、それを言うなら禅だって……」
「私は今日の方が好きだよ」
「えっ!? きょ、響の方が、す、好き……?」
音羽の突然の告白に俺は思わず舞い上がってしまった。しかし、それを見ていた禅は苦笑いをしている。その顔を見て俺はとんだ勘違いをしたことに気づいてしまった。
「響……、音羽さんが言ったのは君の名前じゃなくて昨日今日の今日だよ……」
「あ、あぁ! 今日ね! うん、分かってたよ!」
俺が恥ずかしさのあまり頭を抱えその場にしゃがみ込むと、二人が俺の肩にそっと手を乗せ憐みの表情で見つめてきた。
「うわぁ~、スタートからカッコ悪っ! てか、二人ともそんな目で俺を見るなぁ!!」
俺は腕は振り上げ二人を追い回した。二人は必死で逃げていたはずなのに、いつの間にか三人で笑いながら走っていた。
「音羽、禅、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ……。だ、大丈夫」
俺たちは息を整えながら空を見上げる。気づけば大きな川沿いにある広場に着いていた。
そこから見える開けた空は夕日でオレンジ色に染まっている。でもその反対側では夜の暗闇が徐々に顔を出し始めていて、対照的なその二色は境界線を作らずに上手く溶け合っている。久々にゆっくりと眺めた空は、それはとても幻想的なものだった。
「綺麗だね……」
音羽がポツリとそう言うと、俺と禅は空を眺めたまま黙って頷いた。
その時俺は、‟俺たちの【カラフル】もいつかこんな空みたいになればいいな”なんてクサいセリフを心の中で呟いていた。
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