第4話 アイツ誰だ!?
転校生という物珍しさからか、しばらく禅の席には入れ代わり立ち代わり人が集まっていたが、それも数日もすれば落ち着いてきた。
最初は“音羽にいい所を見せたい”と思って話しかけ始めた俺だったが、禅はおとなしそうに見えても、冗談にはちゃんと付き合えるくらいの明るさを持ったヤツで、すぐに俺と打ち解けた。
「ねぇ、響? 一つ聞いていい?」
ある日、天気が良いのでベランダに座っていると、禅が窓越しに話しかけてきた。
「なに? 授業で分からないとこでもある?」
「いや、勉強のことじゃなくて音羽さんのこと。ねぇ、あの子って一体どんな子なの?」
…………げほっ!!
「えぇぇ!? 響、大丈夫!?」
音羽のことを急に聞かれたので、俺は飲みかけていたお茶を喉に引っかけてしまった。禅が慌ててベランダに出てきて俺の背中を叩く。
「あ、ありがとう……。え? 音羽? なんで!?」
「なんかいつも一人だし。すごく可愛いのに何でだろうって思って……」
いま禅のヤツ、サラッと音羽のことを『可愛い』って言った!?
俺はゴホンと咳払いをして気を取り直すと、胸を張った。
「音羽は“フルート命”って感じで、他人に興味がないヤツなんだ」
「フルート? へー……、音羽さんってフルート吹くんだ……」
「そうだよ。あいつは小さい頃からフルートを習ってて、中一の間は吹奏楽部に入ってたんだ」
「よく知ってるね。でも響、音羽さんと仲が良かったっけ?」
「あぁ! 音羽とは3年間同じクラスだからな!」
本当は3年間もクラスが一緒なのにアイツのことはほとんど知らない。でもそれを禅には悟られたくなかったので、俺はつい見栄を張ってしまった。
ところが、席が前後という以外何の接点もないはずの音羽と禅が、それまでプリントを後ろの席へまわす時でさえお互い目を合わすことすらしていなかったのに、ある日を境に急に仲良くなっていた。
「ねぇねぇ、あの二人って付き合ってるのかな?」
「確かに! てか、音羽さんって笑うんだ!」
教室の隅でコソコソ話をするクラスの女子たちの前を通った時、その話題が耳に入ってきた。俺は急いで二人の席の方を見ると、その光景に胸がざわついた。
音羽が後ろを振り向き、禅と親し気に話している。それに、あんな笑顔の音羽を俺は見たことがない。
二人を見ていると無性に腹が立ってきた。こんな気持ち初めてだ。
「ねぇ、響。今日の宿題で……」
「あっ! 相沢、ちょっと待って! 俺も一緒に行くよ!」
「おぉ。なぁ匹田、次の授業の前に今日の宿題で教えてほしいとこあるんだけどいい?」
「おうっ! いいよ!」
「響……?」
移動教室の前、禅が話しかけてきたのに、何となくイラついていた俺はその声を無視して別の友達と行ってしまった。
教室を出る時チラッと振り返ると、禅は戸惑っているような悲しいようなどちらとも取れる表情でその場に立っていた。その姿に俺の胸はズキッと痛んだが、とにかく今はアイツと一緒にいたくなかった。
「匹田くん、ちょっといい?」
その日の放課後、教室を出ようとしたところで音羽が俺を呼び止めた。なぜか音羽が怒っているようなので、俺は黙ってその後をついて行くことにした。
「匹田くん、なんで雪平くんのこと無視したの?」
「なんだ、禅の話かよ……。てか、なんで音羽がそれを知ってんの?」
「雪平くんに聞いた。『匹田くんに嫌われたかも』って悲しんでたよ?」
「ちっ、禅のヤツ……」
「ねぇ、なんで?」
「……だってムカつくから」
「なんでよ? 雪平くん、匹田くんに何もしてないでしょ?」
「したよ……。お前もな……」
「は? 私たちが何をしたって言うのよ?」
音羽は珍しく声を荒げている。
音羽が禅の味方をしていることに加え、『私たち』という言葉を使ったことで俺もいつもの冷静さを失った。そして、格好悪いからと胸の奥に隠していた本音をぶつけてしまった。
「だって、お前たちいつの間にか二人だけで仲良くなってんじゃん! 音羽は俺にはいつも冷たいくせに、禅にはあんな笑顔見せてるし! そんなムカつくに決まってる!」
「はぁぁぁ!? 何それ!? そんなことで……」
「俺にとっては大事なことなんだよ!! だって俺は……」
そこまで言うとハッと我に返った。恥ずかしさのあまり、俺は音羽の顔を見ないまま走ってその場から逃げ出した。
その日からしばらくは、禅だけでなく音羽とも気まずい日々が続いた。そしてある週末、追い打ちをかけるような衝撃的なシーンに出くわしてしまう。
塾からの帰り道、私服姿の音羽が男と並んで歩いているのを見てしまったのだ。音羽は黒髪ゆるふわカールの髪に良く似合う花柄のワンピースを着て、とても楽しそうに歩いている。男の顔は見えないが、音羽は一人っ子なので兄や弟の可能性はない。
「ま、まさか彼氏……?」
今までアイツに彼氏がいるような様子は見られなかった。もしかして他校のヤツか? それとも高校生なのか? 気になって仕方がない俺は、こっそりと二人を尾行することにした。
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