第3話 転校生

――“音羽奏”という人間に近づきたい


 そう決心した俺は、‟どうやったらアイツに近づけるのか”を家への帰り道ずっと考えていた。

 

 音羽は『熱中できるものを持っていない人は好きじゃない』と言った。ということは、熱中できる何かを持っていれば俺に興味を示してくれるはずだ。


 俺が熱中できそうで、かつ音羽と話題を共有できるもの……。


 俺は超特急で自分の生活を振り返る。


 家に帰ったらまず手洗いうがいして、すぐに宿題を始めて……、それが終わったら晩御飯食べて、風呂に入って、それからまた勉強して…………あっ!


 そうだ!


 俺にはドラムがあるじゃないか!


 実は俺は‟ドラム演奏”を趣味にしている。趣味とは言っても、勉強の合間など気が向いた時に叩く程度なのだが……。


 父さんにお願いしてドラムセットを買ってもらった初めの頃は、早く上手くなりたくて夢中で練習していた。しかし、ある程度叩けるようになって飽きが出てきたのに加え、ドラムに興味を示すきっかけとなったアニメが終了したことにより俺の熱も冷めてしまっていた。

 

 今のところ、決して『熱中してる』とは言えないが、これで“音楽”というジャンルで音羽と繋がることが出来る。あとはそれを本当のことにすれば良いだけの話だ。



「俺にだって熱中してるものくらいある!」


 次の日、俺は音羽の机に両手をバンっと付きそう宣言した。あまりに突然のことで音羽は目を丸くして驚いた。


「……えっ? あっ、そう。で、それは何?」


「ドラム演奏!……だ」


 自信ありげに宣言したものの、フルートに取り憑かれているような音羽を目の前にすると、“趣味程度の自分が何を言ってるんだ”と恥ずかしくなり、俺の言葉のトーンは急速に落ちた。


 しかし、音羽は『へ〜ぇ、ドラムかぁ』と言いながら嬉しそうに俺を見た。その表情に俺の胸が期待で高鳴る。


「な、なぁ……、たまには一緒に練習とかしないか?」


 “もう一押しだ!”と、俺は思い付きでそう提案してみた。


「……は? ヤダ」


 ……俺の浅はかな提案は見事に一蹴された。

 だが、音羽に一歩近づけたことで俺は大満足だった。



 それからの俺は、音羽への宣言を本当のことにするべく毎日ドラム練習に取り組み始めた。

 幸いにも新学期最初のテストが終わったばかりで、次の中間テストまでは時間的に余裕がある。俺は家に帰ってすぐに宿題を終わらせると、残りの時間は防音室に籠ってドラムを叩き続けた。

 すると、元からの器用さが功を奏し俺の腕はみるみるうちに上達した。


 しかしこの家には、そんな俺の姿をよく思わないヤツがいる。


「おい、響」

「なに? ……父さん」

「最近ドラム叩いてる時間が多いが、勉強は大丈夫なのか?」

「ちゃんとやってるよ。この間のテストもちゃんと学年トップ取ったし」

「ならいいが……。音楽なんてどうせ将来の訳に立たないんだからある程度にしとけよ」


 父さんはそう言って部屋を出ていった。


「……あぁ、わかってる」


 俺はその後ろ姿を睨んだが、言い返すことは出来なかった。




――それから数週間後


 音羽は晴れた日の昼休みになるとよく屋上でフルートを吹いている。そのことを知っている俺は屋上近くの隠れた場所を確保すると、音羽が奏でるメロディーに合わせエアドラムでリズムを刻み、こっそりとアイツとのセッションを楽しんでいた。



 そんなある日、先生の一言により俺の日常に大きな変化がもたらされた。


「おいっ! みんな! 今日は大ニュースがあるぞ!」


 クラスのみんなが『え? 何!?』とざわつき、先生はその雰囲気を十分に楽しむと教室のドアへ近づいていった。


「この時期には珍しいが、我がクラスに転校生がやって来ました~! さっ、入って入って!」


 先生がドアを開け、その前に立っていた一人の生徒をクラスへ招き入れた。


 転校生が男子と分かるや否や女子たちが色めき立ったが、その姿を見てすぐに静かになった。

 先生に促され教室に入って来た転校生は、やせ型色白で、黒髪、黒縁メガネが印象的なもの静かそうな男子だった。



雪平禅ゆきひら ぜんです。よろしくお願いします」


 転校生は自分の名前を名乗るとすぐに下を向いてしまった。


「雪平の席はあそこ、音羽の後ろだ!」


 突然アイツの名前が出たことでドキッとするのと同時に、俺は転校生を羨ましく思った。


 指定された席に向かうその姿をたくさんの視線が追う。転校生は緊張した面持ちで音羽の後ろに着席した。もちろんアイツは振り返ったりしない。そのことに俺は少し安堵した。


 ホームルームが終わるとすぐに、俺は転校生にクラスのルールなどを説明しに行く。クラスの女子からは『やっぱ匹田くんは優しいね~』と言われたが、『これもクラス委員長の仕事だから』と俺は笑顔で返した。


 でも実際は、‟クラス委員長”というのは建前であり、心の中では“音羽に少しでもいい所を見せたい”という邪な気持ちでいっぱいだった。


「雪平って、東北の方から来たんでしょ? それにしては言葉が訛ってないよね?」

「うん。父親が転勤族で色んなとこ転々としてきたから」

「そっかー。あっ、俺、クラス委員長の匹田響。分かんないことあったらいつでも聞いて」

「ありがとう。……匹田くん?」

「響でいいよ! 俺も禅って呼んでいい?」

「もちろん。じゃあよろしくね、響」

 

 雪平はそう言ってニコッと笑った。

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