第2話 好き? 嫌い?

――それから数日後


「今からテストを返すぞ~!」

「「えぇぇぇ!? やだぁぁぁ!!!」」


 突然の先生の発表にクラス中から不満の声が上がった。これから先日行われた実力テストの答案用紙が返されるようだ。

 先生が一人ずつ名前を呼び、一言言って手渡ししていく。


「音羽奏~!」

 

 音羽の名前が呼ばれた。ため息交じりで答案用紙を返す先生の方をみんなが注目する。


「お前はもう少し英語を頑張れよ!」


 またクラスのどこかからヒソヒソ声と小さな笑い声が聞こえてきた。

 音羽はそれを気にすることなくチラッと先生の方を見ると、『は~い』と間延びした声で返事し席に戻っていった。


 そして俺の番がやって来た。


「匹田響! 学年トップ、おめでとう!!」


 今度はクラス中が『わぁ! すご~い!』という歓声に包まれた。

 俺はみんなの方を振り向き手を上げると、どこかのお偉いさんのように笑顔を振りまきながらその声に応えた。


 俺はその流れで窓際の席を見る。音羽が他の女子と同じように憧れのまなざしでこちらを見てくれることを期待したが、案の定アイツは机に片肘をついて窓の外を眺めたままだった。


 あの日偶然にも音羽に触れてしまってからずっと、俺の頭の中を‟音羽奏“が占領している。だが、別に恋に落ちたわけではない……と思う。



「匹田くん! 学年トップなんてスゴイね!!」

「あぁ、ありがとう」


「私、数学苦手なんだぁ。だから今度私に勉強教えて~!」

「あ~! ズル~い! 匹田くん、私にも教えてよ~!」

「あー……、うん、わかった。じゃあ今度みんな一緒の時にね!」


 ホームルームが終わった途端、俺はクラスメイト……特に女子達にあっという間に囲まれてしまった。そのせいで音羽の姿が見えなくなる。

 俺は次々と誉め言葉をくれる友人達に礼を言いながらその場を離れ、音羽の席に近づいた。机の上には隠すことなく放置された答案用紙があり、その結果が丸見えだった。


 その点数まさかの30点……。


「マジかぁ……。なぁ、音羽。英語で分かんないとこあるなら俺が教えようか?」


 外を眺めていた音羽に向かってそう話しかけた。周囲が一瞬静まり返り、みんなが俺たちのやり取りに聞き耳を立てている。


「……いや、いい。フルート以外興味ない」


 予想どおりの答えだ。音羽ならそう言うだろうと思い、俺はその返しをすでに準備していた。


「音羽はたぶん音大に行くだろ? 将来海外留学とかすることになった時、英語が出来ないと話にならなくないか?」


 音羽は顎に指を当て少し考えたのち、姿勢を俺の方に向きなおしペコリと頭を下げた。


「分かった。じゃあお願いします」


「了解! じゃあ早速今日の放課後からやるぞ!」


 俺は周囲にはバレないよう爽やか笑顔を保ちつつ、心の中では『よしっ!』と大きくガッツポーズをした。これで音羽とゆっくり話すことが出来る。


 俺たちの話を立ち聞きしていた女子たちが『音羽さんだけズル~い!』と口を尖らせていた。



 その日の放課後、俺と音羽は一つの机に向かい合って座った。男友達の時には気にならなかったのだが、こうやって座ると二人の距離が思った以上に近いことに気付き、ガラにもなく緊張してしまう。


 一通り問題を解き終わったところで、俺はずっと気になっていた疑問を音羽にぶつけた。


「なぁ……」

「なに?」

「……音羽は俺のことどう思ってんの?」


 まだ問題集に目を通していた音羽が顔を上げ、眉間にしわを寄せて俺を見た。


「どう思ってるって?」

好きとか嫌いとか……」

「あー……、そういうこと。う〜ん、しいて言えば‟好きじゃない“かな」

「好きじゃないって、なんで? 俺、音羽に何も意地悪なこととかしてないだろ?」


 その予想外の答えに俺は軽くショックを受け、思わず身を乗り出した。その必死な様子に音羽はしかめっ面をしている。それでもまだ俺が引き下がらないので、音羽は渋々その問いに答えた。


「……匹田くんって何でも器用にできるでしょ?」

「ま、まぁ、大抵のことはできると思うけど? ……なんでそれが『好きじゃない』になるんだ?」


 音羽は机に両肘をつくと、その上に顎をちょこんと乗せ俺の顔をじっと見つめた。その真っすぐな視線に俺はそわそわしてしまう。


「何でもすぐにできちゃうから、どれも本気で取り組んでないでしょ? いつも何となく上手くこなしてるだけって感じがする。私、熱中できるものを持っていない人は好きじゃないの」


「えっ? たったそれだけのこと? 俺だって熱中しているもの一つくらい……」


 あれ? そういえば俺、何かに熱中したことあったっけ?


 元から勉強は嫌いじゃないし、少し勉強するだけでガリ勉くん達を押さえトップを取れる。スポーツだってある程度練習すれば簡単にコツを掴み、すぐに部活生より上手く出来てしまう。何でも器用にこなしてしまうから、逆に『これが俺の熱中してるものだ!』と自信を持って言えるものがない。


 俺は周囲の期待に応え何でも完璧にできるをしながら、実はすべてを“何となく”でやっている中身がからっぽの人間なのだ。


 そうか。だから俺は音羽のことが気になるんだ。アイツは周りの目なんて気にせず、自分の熱中するものだけを真っすぐに見つめている。


 別にみんながみんなアイツと同じくらい何かに熱中しないといけないわけではないと思う。でも俺は、俺とは正反対の生き方をする‟音羽奏”という人間に近づいてみたいと思った。

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