15話 雷竜の輝きに誘われ ~後~
「ねぇねぇ~っ!! ジェットコースター、じぇっとこーすたぁ~」
さっきから背後で再三繰り返される、間の抜けた鳴き声。そんな鳴き声に合わせて、シロはオレの服を引っ張っている。
「ねーっ! ジェットコースターにも乗ろうよぉ。絶対楽しいってば。遊園地に来たらジェットコースターは「てっぱん」だって、本にも書いてあったもんっ!」
「ダメだってば」
「えーっ! なーんーでーぇ!?」
「何でって……さっきから何度も説明してるだろ? あのメリーゴーランドだって、動いてる間ずっとメシメシ音を立てて、今にも壊れそうだったんだ。もしジェットコースターなんかに乗って走行途中で壊れようもんなら、猛スピードで空に放り出される羽目に合うぜ。んな派手めの自殺みたいな真似、させられねぇよ」
本からの受け売りでやたらジェットコースターに乗りたがるシロに、もう何度同じ説明をしただろうか。
ここまで聞き分けが悪いのも珍しいな。遊園地で遊ぶなんて奇跡的な機会に、シロの情緒が暴走しているのかもしれない。感情的になること自体は大歓迎だが、こればっかりは折れる訳にもいかないね。
「別にいいじゃんかー!! 空にポーンって投げられ地面にベチャって落ちた程度じゃ、あたしケガなんかしないもん」
「そりゃあ悪魔の証明だ。ジェットコースターに乗ったこともないのに、あそこから墜落した時の衝撃をどう語るって言うのさ。ついさっき言ったろ? 危ない遊びは無しだってさ。いくらごねようとも、ここは譲らないぜ」
「うー……ケチ、あくまーっ!」
何と罵られようが知ったこっちゃない。紐無しスカイダイビングなんてアトラクションは、何処の遊園地にもあってはならないのだから。
流石に諦めたのか、それともごね疲れたのか、シロは不満げに口を紡いでみせるとこれ以上ワガママを押し通そうとはしなかった。
「………でもさ、でもさ? さっき地図をジーっと見てたじゃんか。タローだって楽しそうなあとらくしょんを探してたんじゃないの?」
「まさか。シロじゃあるまいし」
「んなっ! 一言よけーだよ。この……とーへんぼくっ」
確かにオレが園内地図を確認していたのは事実だが、それは別にアトラクションの吟味をしていた訳じゃない。オレが探していたのは、もっと別のモノだ。
世界に竜が現れる直前まで、人類はすぐ近くに迫った滅びなど露知らず、あくせくと文明を進めていた。
直近では太陽光発電の技術が躍進を遂げ、新型のソーラーパネルを用いて高効率のエネルギー変換が可能になった……らしい。詳しく語れるほどの知識は無いけれど、そんな人類の今はなき技術で作られたのが『クロガネ』だ。
外部電源からの充電を必要としない、太陽光発電と動力発電によって走行する最新式の電動二輪スクーター。ま、これより新しいモノが生まれることなんて、今後一切ないんだけどね。
園外の駐輪場でポツンと待っているであろうもう一人の旅の相棒に思いを巡らす。
人類が未来の繁栄を願いながら発展させ、人類の滅びに伴い水泡に帰した技術だ。折角そんな技術の忘れ形見が残っていて、かつ巡り会えたのは幸運だった。これまでもこれからも、感謝を込めてありがたーく使わせて貰わなきゃな。
「ねーねー? ジェットコースターに乗らないなら、いったい何処に向かってるの?」
「ん? あー、何処って訊かれるとちょっと説明が難しいけど………着いた。ここだよ」
オレが顎で差した先には、虚しく霞んだ「立ち入り禁止」の文字を掲げる金網フェンスがあった。そして、その向こう側には大きな機械の箱がいくつも並んでいる。
「これは──なに? どうやって遊ぶの?」
「これはアトラクションじゃない。この遊園地の電気設備だ。発電所から電気を受電し、その電気を変圧して、いろんな遊具に送電する。その為の機械が集まってるのさ」
「………ふ~むふ~む?」
これっぽっちも理解の及んでなさそうな顔でシロは頷く。
「……えーっとだな。ここの遊園地は『クロガネ』と違って、外から電気を貰って機械を稼働してるんだ。ここがその……中継地、みたいなもの……かな? で、ここからジェットコースターやメリーゴーランドに必要な分の電気をそれぞれ送るって仕組みだ」
「ん、なんとなーく分かった…かも。それで…タローはその──でんきせつび? で、どーやって遊ぶつもりなの?」
……分かってないじゃないか。浮かれ調子な今のシロの頭では、何をやっても遊びに結び付けてしまいそうだな。
シロの頭の調子に反し、オレの頭ん中には遊意なんてちっともない。オレはただ、この廃遊園地の異常に答えを示したいだけだ。
そう、明らかな異常。例え設備や機械が壊れていないとしても、電飾が灯ったりアトラクションが動いたりなんてあり得ないんだ。なんたって、肝心要の電力が供給されていないのだから。
今の日本に稼働してる発電所なんて一つもないはずだ。この『ドリームパーク』が『クロガネ』みたく消費電力を自力で
こんな終末ではあり得ないはずのことが起きている。この異常の答えは、やっぱり──
「ニャァア~!」
金網フェンスの向こうから、耳通りの良い猫なで声が響く。鳴き声の方に目を凝らすと、声の主は思いの外簡単に見付かった。
今までは複雑な電気設備の死角に隠れていて気付けなかったが、来客の存在を気取った声の主が自ら金網に近寄って来ていた。猫なで声を出すだけあって猫の「ような」姿を形取ったソイツは、警戒と興味を混ぜ合わせた銀の瞳を真っ直ぐこちらに向けてくる。
「──ナァア」
「猫………じゃないよな? コイツ」
「うん、違う。あたしが言うんだから間違いないよ」
一目見たたけでは一般的なイエネコと区別付かないが、酷似しているたけでコイツは猫ではない。同類であるシロが自信を持って断じるのだから、疑う余地もない。
ちょっとデカめのイエネコぐらいの大きさで全身が真っ黒の体毛に覆われたその生き物は──まさしく竜。シロと同じ竜だ。
見た目は殆ど猫そのものだが、竜らしく異様な点も少なからず見付かる。まず真っ先に目を引くのは、逆立った体毛と周囲を走る雷閃のような青い稲妻の瞬き。オマケにバチバチと火花が弾けるような音も鳴っている。
まるで…そう。この竜自身が電気の塊で、その有り余る電力が周囲へ漏れ出ているかのよう。放電する猫だなんて、当然ながら今まで見たことも聞いたこともない。
もう一つは、尻尾。この
二股の猫なんてのはお伽噺や怪談なんかでよく耳にするが、ここまで歪な例は作り話ですらあまり聞かない。
そして、金網の向こうからこちらを覗く銀色の瞳。オレが今まで見た中で最も竜から遠い姿をしてはいるものの、コイツが竜であることに間違いはない。そのくらいはシロのお墨付きがなくたって分かるさ。
「もしかしてタローってば、遊ぶためじゃなくこの
「濁点が足らないけど、まあその通りさ」
「えーっ!? でもでも、なんでこの
「人をそんな
「えーっ、竜のことばっかに回る頭を誇られてもなぁ。んー……捨てた方がマシかもね。にひひっ」
皮肉混じりに歯を見せ笑うシロ。口さがない生意気さはいつも以上に冴えている。余程機嫌が良いのだろう。
そんなシロの様子を見ると、オレの機嫌も五割増しに向上する。天気の調子なんてお構い無しに、オレの心中には晴れ晴れとした青空が広がるのさ。
「今この廃遊園地が一応遊園地らしく機能してるのは、多分コイツのおかげだな。竜のことばっかに回るオレの頭が導き出した答えだ。信憑性はバッチリだろ?」
「へぇ、そうなの? じゃああのメリーゴーランドを動かしてくれたのも──」
「コイツだろうな」
電気を纏うこの竜が、発電所の代わりにこの廃遊園地を遊園地たらしめていた。
それが全くの偶然なのか、或いは意図的なのか……そこまでは流石に分からない。それを理解出来るほど、オレは竜について明るくない。うん、ここまでが、種の隔たりの限界だ。
「ねっ、タロー。この子のことは、どう名付けるの?」
「ん? あー……そうだなぁ」
少し悩んだ素振りを作ってみるが、実の所はもう決めてあったりする。まるで雷雲のようにその身に電気を溜め込み、放出する竜。──
「「ライ、かな」」
………被った。いや、シロがわざと被せてきた。
「あははははっ!! あったり~。やっぱり、ぜーったいそうだと思ったぁ! 安直すぎだよタロー。簡単に読めちゃったもん」
「ちぇっ。そんな勝ち誇られてもな。考えた名前を読まれるってのは良いことじゃないか。先読み出来るくらいイメージ通りって意味なんだから。オレからしたら、むしろ喜ばしいね」
「ふふんっ。それ、負け惜しみってヤツでしょー。知ってるんだから。ねー、ライ?」
シロの言葉を聞いているのかいないのか、ライは二本の尻尾を疎ましげにしながら後ろ足で耳の裏を掻いている。オレ達を警戒してはいないが、特別媚びる気もなさそうだ。もちろん、言葉に対する返事もない。
立ち居振る舞いの全てが猫そのもの。あまりにも猫らしすぎて、猫じゃない部分が逆に浮き彫りになる。帯電した毛、二股の尾、銀の瞳。異形で歪で不自然だが、不快感はあまり湧かない。
「ライ! この遊園地を楽しいまま残してくれててありがとね。タローがブウブウうるさいからまだメリーゴーランド以外で遊べてないけど、素敵な遊園地だと思うわっ」
金網の向こうに手を振るシロを尻目に、「猫のような」軽快さでライは設備の陰へと消えていった。
「礼なんて不要だってさ。ライからしたら、素敵かどうかなんて知ったこっちゃないのかもな」
「ふっふっふっ。分かってないなぁ、タローってば。あれは世にゆー照れ隠しってヤツだよ。ライはきっと、他の誰かにもこのキレーな遊園地を見せたかったんだ。その為に、わざわざピカピカ光らせて見せびらかしていたんだよ」
「やけに自信ありげに断言するじゃないか。何か根拠でもあるのか?」
「こんきょ? ──ふふんっ。そんなの決まってるじゃない。あたしが、ぜーったい、そうだと思ったからっ!!」
なんだそりゃとは思いつつ、こうも堂々と主張されるとついつい納得させられてしまいそうにもなる。
相手が竜だからって、理由を深読みし過ぎてたのかもしれない。案外竜も、このくらい
竜の心にまで種の隔たりを築いていたのは、オレの間抜けな先入観のせいってことか。
「はははっ! 確かにそうかもな。オレ一人じゃあ思い至らなかった。目から鱗が落ちた気分だよ」
「うろこぉー? タローの目に鱗なんかないじゃんか。あたしにはあるけどねー」
シロは目尻の鱗を指で引っ張りながら舌を出す。知ってか知らずか、まるで「あっかんべー」のポーズになっている。
幼さを残す少女「みたいな」シロにとって、似合い過ぎてるくらいお似合いのポーズだ。統計を取れば、百人いて百人が可愛さに見惚れるだろう。今この世界に統計を取れるだけの人間がいないことが残念でならない。
「よぉしっ。ライにお礼も言ったし、観覧車に乗ろ! 観覧車ぁ」
「おいおい、なんでさっきから高いとこにばっか行きたがるんだよ。バカや煙じゃあるまいし。オレは嫌だぜ、あんな空を回る棺に入るなんて」
「もー! さっきから嫌だ嫌だばっかり。男女のかっぷる? が遊園地にでーと? したら、観覧車にぜったい乗らなきゃいけないんだから! 本に書いてあったもん。知らないの?」
「なんだそりゃ。虚飾と偏見にまみれてるなぁ。あながち大嘘とも言い切れないのが癪だけど」
「ほらぁっ!! あたしは一応おんなのこなんでしょ? で、タローはおとこのこなんだよね? じゃあ乗らなきゃダメじゃない!」
小さな手がオレを引っ張る。その小ささとは不釣り合いな力に、有無も言えずなすがまま観覧車の方へと引きずられて行く。
「そんな怖がらなくたってだいじょーぶだってば! もし墜ちたら、あたしが抱っこして庇ってあげるからさ。いくら人間が弱っちいとはいえ、それなら安心出来るでしょ? ねっ!」
「いや、だから、オレはシロの心配をしてるんであってだな──」
「へーきへーきっ! 空はもう飛べないけれど、タローを抱えて着地するくらいなら出来るもん。ざこざこタローのことはいつも通りあたしが守ってあげるから、心配ごむよーっ!」
「そりゃ…どうも。頼りになることで」
オレがどう心配したところで、こりゃ馬耳東風だな。人間基準の心配なんて竜の耳には杞憂でしかないらしい。
……まあいいさ。ジェットコースターに乗るよりかは遥かにマシだ。シロの自信にも頷けるところはあるしな。遊具の安全性の代わりにシロを信頼するだけ。そう考えれば、終末以前よりも多少スリリングなだけと割り切れないこともない…か。
それに、シロと二人で観覧車に乗るのは、オレだって多少──いや、それなりに楽しみではある。狭いゴンドラの中で二人きり、目下の景色を見下ろしながら笑い合う。そんなありきたりな幸福を人類が滅んだ今でも味わえるなんて、得難いことこの上ない。
それを天秤にかけるなら、多少の危険は目を瞑り、ライへの感謝を込めてスリルと景観を楽しむのも一興かもな。
「わかったよ。付き合うから、そう強引に引っ張るなって」
「わぁいっ!! タローもよーやくお腹を括ったのね。うんうん、「男は度胸」ってやつだ」
「度胸なんてねーよ。ただシロの愛嬌に折れただけだ」
頭頂部を打つ水滴に空を見上げると、重い雲からはついに雨が降り出していた。先導するシロはそんな雨なんか気にも留めず、軽い足取りで歩を進める。
雨なんて、竜にとっちゃ
『ここはドリームパーク。笑顔に溢れる夢の楽園。沢山の夢のようなイベントやアトラクションを、皆さまどうか心ゆくまでお楽しみください!!』
打ち付ける雨の中を流れる、誇大広告も甚だしいノイズまみれのアナウンス。思わず苦笑いが漏れてしまう。
でもさ、こんなショボくれた廃遊園地だって、シロが隣にいれば確かに楽園かもしれない。
観覧車が無事動くことを雨空に祈りながら、オレは歩を早めシロの横に並ぶ。朽ちて久しい遊園地には、たった二つ──いや三つだけだけど、笑顔に溢れていた。
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