14話 雷竜の輝きに誘われ ~中~

 古今東西、強い輝きに惹かれて近寄っていった者の末路は悲惨と相場が決まっている。

 太陽を追い求めて天から墜ちたイカロスや水面の月を掴もうとして井戸に沈んだ猿。殺虫灯に群がる羽虫達。例を漁れば大挙たいきょに絶えない。


 とはいえそれらは、目映い光に目が眩んで視野狭窄しやきょうさくに陥ってるからこその話。

 オレは別に、あのカラフルな光に惑ってはいない。それどころか、いつもより警戒心を強めて歩みを寄せている。隣ではしゃぐ竜はその限りではないにしても、オレの方は緩んではいないつもりだ。


 それところか、光に近寄りその正体が鮮明になるにつれ、警戒の糸はより強く張り詰めてゆく。太陽や月の輝きとはあらゆる意味で比にならない、異様な光景がそこにはあった。


「………なんだ、こりゃ」

「『ドリームパーク』、だってさ。ねぇ、もしかしてこれ、遊園地ってヤツなんじゃないの。もしくはテーマパークとか? あるいはアミューズメント施設とかっ!?」

「それ、れも大した違いはないぜ。──ただ、シロの予想は正解だ。驚いたよ」

「ねーっビックリ。遊園地ってこんなにおっきかったんだね。本で読んだだけじゃ分かんなかったよ」


 シロは口を開けて目を見開き、顔一面で驚きを描いている。無論、オレも同様に驚愕している。

 ただ、オレの驚きはシロのそれとは全く別の方向性から生じた産物だ。


 入り口のゲートには『ドリームパーク』などというこの場所の名称らしき文字がデカデカと掲げられている。単純明快といえば聞こえは良いが、安直で捻りがない名前とも言える。それに、見かけからはいうほどドリーム感は伝わってこない。終末の退廃たいはいを抜きにしても、夢を謳えるほどの魅力はないように思う。

 強いていうなら、田舎の街で精一杯華やかに造った遊園地といった印象。名前負けもいいとこだ。


 比較の手段を持たないシロは、その大きさに驚嘆し声を震わせているが、施設規模としてはむしろ小さめだ。そこはオレにとって驚くに値しない。

 同様に、廃遊園地が終末にまるごと残っていることも特別驚くべきことじゃない。偶然『竜害』による破壊を免れたってだけのことだろう。客観的に見ても、人間オレが『竜害』を免れ生き延びていることよりはよっぽど普通なことだと思う。


 ……そう。驚くべきは、そんなことじゃない。その程度ならオレの頭が警戒色で渦巻くこともなかった。目の前の光景は、オレが今まで見てきたどんな異常な景色よりもおかしく──そして、懐かしい光に包まれていた。


「それにぃ……すっごいキレイじゃない!? あたし知ってるよ。これ、いるみねーしょんって言うんでしょっ」

「……博識じゃないか。そう、イルミネーション。電気の飾り付けだ。オレは見慣れてるからそこまで綺麗とも思わないけど、懐かしくはあるな」

「見慣れてたって、キレイなものはキレイでしょ! ふへへっ。ほら、遊園地って感じの輝きじゃない!?」


 本を読んでで事前に知ってただけのモノに対して、いったい何を知ったかぶっているのやら。そんなツッコミが頭を過ったが、敢えて口にはしなかった。

 乏しい魅力を電飾の派手さで誤魔化してる様は、シロの言葉通り遊園地って感じの輝きに思えたからだ。


 陽の射さない昼下がりを派手派手しく照らす人工の光。人が絶えて久しい閑散とした終末の廃遊園地が、今もなお輝いている。人がいないにも関わらず──


 この輝きの原動力であるはずの電気は………いったい何処から来ているんだ?


「よぉうし、タロー!」

「ダメだ」

「むがっ……まだ何も言ってないじゃんかー」

「この遊園地で遊びたいっていうんだろ? そのくらいお見通しだっての。今は早急に雨宿りする場所を探してるって、さっき言ったばかりじゃないか」

「あ、雨宿りする場所くらい、ここなら沢山あるってば。きっと!! ……あ、そうだ。勝者っ、勝者めーれーをこーししますっ!」

「それはさっき使ったろ? 二度はご法度だ」

「うーっ! いいじゃんかぁ。遊園地なんだよ? 見かけたのに遊ばないなんて遊園地に失礼じゃない。おーねーがーいーぃ……」


 実際、廃遊園地なら雨宿りする所の一つや二つは確実に見付かるだろう。だが、そもそもこんな得体の知れない場所に踏み入りたくないってのが本音だ。得体が知れなすぎて、何が待ち構えているのか分かったもんじゃない。

 こんな場所に迂闊に招かれ呑気に遊ぶなんざ、終末ボケもいいとこだ。オレには、イカロスや猿猴えんこうや羽虫と同じてつを踏む趣味はない。ないが──


 竜の銀色の瞳が、乞うように……いや、媚びるようにこちらに向く。


「はぁ……分かったよ。オレが折れるさ。光々と明かりが灯るがらんどうの廃遊園地。オレだって興味がそそられない訳じゃない。ただ、危ない遊びは無しだからな」

「うわーいっ!! 遊園地、ゆうえんちぃ~」


 ……弱いなぁ。この目には、弱い。この目に強く望まれると、簡単に意見をひるがえしてしまう。これもまた、惚れた弱みかね。

 いや、そもそもオレの都合を優先してシロに迷惑をかけることだって往々にしてあるんだし、お互い様だな。うん、そう納得するとしよう。


 それに、だ。あり得ないほど燦然さんぜんと輝くこの廃遊園地は、オレの好奇心にだって刺さるものがある。そもそも誰もいない遊園地ってのが、相当なロマンに溢れるロケーションではあるからな。

 好奇心は猫をも殺すらしいが、流石に竜は殺せないだろう。なら、たまには好奇に従ってもバチは当たらない。



『ようこそ! ここは夢の遊び場。ドリームパーク!! みんな、楽しんでいってね!!』

「──ふぁああぁっ!? だ、だ、だ、誰!? 何この変な声っ! どっ、どっ、何処から聞こえたの!?」

「……落ち着け。誰もいないさ。多分録音だよ、録音。あらかじめ録っておいた音声だ。多分何処かにセンサーがあって、客がゲートをくぐったら流れる仕組みになってんだろ」


 出鼻を挫く未知の体験に、豆鉄砲どころか機関銃を喰らったような顔で驚くシロ。

 大きな口を大きく広げて大声を上げる姿は、さながらムンクの描いたあの叫びの絵のようだ。もしもあの絵の男がこんなかわいさしかない声で叫んでいたとしたら、売りである不気味さも台無しだな。


 ──ふっ。自分で言うのも難だけど、笑える冗談だ。


「あ、ああーっ、笑ったでしょー!? 自分が驚いてないからってさ。ズルい、ズルい! そりゃ人間が仕込んだモノなんだから、竜は驚いたって仕方ないじゃんかっ」

「別にバカにしてる訳じゃないって。それにオレだって、シロほどじゃないにしろ十分驚いてるよ」

「全然見えないもん。クールぶっちゃってさー。べーっ!」


 隣を歩きながら、人並みよりも少しばかり長い舌を付き出してくるシロ。顔が近かったせいで、舌がオレの腕に掠めてしまいそうだ。きっとこの舌も、人間の舌とは触り心地が違うのだろう。触らせてくれとは……流石に、口が裂けても言えないけれど。


「そりゃ初体験まみれのシロと比べたら冷静だけど、これでも驚いてるんだぜ? 電飾の光だけじゃなく、スピーカーまで機能してるとはな。この驚きはシロには伝わらないだろうけど、不思議でしょうがないよ」

「ふぅーん。そーゆーもんなの?」

「まあな。今の世で電力系統がマトモに機能してるはずはないし、発電所だって当然稼働してないはずだ。にも関わらず、電球は光を灯し、スピーカーは間抜けなガイドアナウンスを流している。いったいどんな「力」が、これを可能にしてるのやら」


 二年の間、電球やスピーカーが機械的な故障を免れていたことは、まああり得る範疇だ。だが、肝心の電力は何処から来ている?


 まるでこの遊園地だけが終末から取り残されたかのように、かつての人類の栄華を未練がましくうたい続けている。その栄華をよく知るオレにとっては、ある意味天変地異よりも不可解だ。


「タローに分かんないんだったら、あたしにだって分かんないよ。まあでも、暗いよりは明るい方がいいし、寂しいよりは賑やかな方がいいんじゃない?」

「んな能天気な……。いや、解けない知恵の輪を必死になってねくり回すよりは、そのくらい適当な方が賢明かもな。下手な考えなんとやら──ってね」

「そーそーっ。ナントヤラ、ナントヤラー! ──あっ、タロー。あれ見て! あれって確か、めりーごーらんどってやつでしょっ!!」


 大きな傘の下で、十数匹の馬が寂しそうに錆び付いている。塗装は殆ど剥げ落ちていて馬にすら見えないモノも多いが、それでもこれがメリーゴーランドであることに変わりはない。

 入り口のすぐ近くに鎮座していた、遊園地の代名詞とも呼べるアトラクションに向かってシロは駆け出した。


「にっひひひ! ほらほら、これに乗っかって遊ぶんだよね? ………で、これ、どーやって遊ぶの?」

「名前の通り、土台の床がグルグル回転するんだよ。あと、馬が上下に動いたりもするな」

「……それ、何が楽しいの?」

「さあな」


 不思議そうに錆びた馬の頭を撫でるシロを尻目に、オレは電話ボックスより一回り大きな操作室らしき場所に入ってみた。まさか動くはずないとは思いつつ、そのまさかを試してみたくもあったからだ。

 道理に合わぬことなら、もう起きている。ならばこれ以上の異常だって起きうるかもしれないだろ?


 おそらく新人スタッフにも操作しやすいよう配慮した結果だろう。操作盤は単純かつ非常に分かりやすい作りになっていた。何処が運転開始のボタンなのか一目で分かる。労働者をおもんばかる、ショボいなりに良い遊園地じゃないか。

 特段期待もせず、如何にもな黄色いボタンを押す。


 ──ガコン! ゴン、ゴゴゴ。


「きゃあっ!! な、なになに!?」


 異音、嬌声。透明のガラスの向こう側には、とても信じ難く……それでいてほんの少しだけ予想通りな光景があった。


「は、ははは……。もしやとは思ったけど、マジか──」


 鈍く重い駆動音をかき消すようにポップな音楽が鳴り響き、その音に呼応して回転木馬が文字通り回転を始めた。


「わ、わあっ! 何これっ!? ──あははははっ!! ぐわんぐわんするーっ!!」


 ギシギシと不穏な異音を立てながら回る木馬に乗ったシロは、数十秒前の自分の言葉なんてまるっきり忘れたかのように楽しげに騒いでいる。

 回転木馬のスピードは安全第一と言わんばかりにすっとろい。空飛ぶ竜どころか、地を走るスクーターにも遥か及ばない程度だ。

 ──にも関わらず、シロは興奮隠せない様子ではしゃいでいる。こんなあらゆる意味で古めかしい子供騙しな遊具のいったい何が楽しいのやら……。オレには懐かしすぎて、もう理解出来ない感情だ。


 ただ、初めてメリーゴーランドに乗った時は、オレもシロと同じように大袈裟に興奮してた気がするな。……まあ、おぼろげながらの記憶ではあるけれど。


「ほらっ! こっちこっちぃ!! タローもこっち来て一緒に遊ぼう。にひひっ! せっかくの遊園地なんだから、遊ばなきゃもったいないよー」

「遊園地なんだから遊ぶべき──か。ふふっ、至言だな。郷に入っては郷に従え。シロにならって、オレも楽しむとしようかな」


 今にも雷雨が振り出しそうな曇天の下では、満天の星空にも負けない人工の輝きが瞬いている。

 こんな終末らしからぬ光に包まれてると、柄にもなく懐郷かいきょうの思いが首をもたげてしまう。懐郷かいきょうなんて、今のオレには最も不必要なモノだってのに。


 そうしてオレは、星空よりも電飾よりも眩しいシロの笑顔に誘われるがまま、羽虫のように輝きの中へと吸い込まれて行った。

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