6話 幻竜はかく語りき ~前~
一瞬……ほんの一瞬だけ、砂漠の蜃気楼が生んだ幻覚かと疑ったが、そんな荒唐無稽な思いも次の瞬間には引っ込んでいた。そもそもここは砂丘であって砂漠ではないし、幻覚というにはその『人影』はあまりにも鮮明過ぎた。
シロと自分以外の生きた人影を見かけたのなんて、いつ以来だろうか? 驚きの余り反応の遅れたオレを、いったい誰が責められよう。
後れ
「フフフッ。あまりに楽しそうだったので、声をかけることさえ憚られちゃいました。──こんにちは、『人間』さん」
「え、あ、ああ……こんにち、は」
「お互い、驚きは隠せないみたいですね。私も他の人間に会うのは久方ぶりなので、驚きに身が震えるようです」
目の前の『人影』は平坦な声でそう
「あら? そちらの方は──人間ではないみたいですね」
「………そういうアンタもな」
何処か飄々とした『人影』は、人の輪郭を
一見すると
薄紫の長髪では隠しきれない、羊のような巨大な巻き角と大きく尖った耳。翼こそないが、履いたスカートの裾からは太い爬虫類の尾のようなモノがはみ出ている。裸足の足に至っては、
そして何より、その銀に輝く
これまでの旅の道中でそれなりの数の竜と出会ってきたが、シロ以外で人に
人がいたという驚きから、人を
竜が相手なら、オレが気を張る意味はない。相手が害意を持ってたら、そもそも人間なんかが太刀打ち出来るはずもないのだから。
そんな
「ええ、その通り。貴方のお隣にいる小さな彼女と同様、私も竜です。私のような異形を見ても然程混乱していない辺り、貴方はそれなりに
「詳しい訳ないって。殆んど無知もいいとこだ。何せ誰も何も教えてくれないんだから。ただ、彼女についてはそれなりに知っている。それだけさ」
隣で固まるシロの肩に手を置くと、掌に跳ね上がる感触が伝わる。さっきまでの威勢が嘘みたいに、シロはオレ以上に目を丸くして驚いている。
「あ、うあ、あうあ……」
「どうしたシロ? そりゃ驚くのは無理ないけど、そこまで金魚みたいに口をパクパクさせるのは流石に大袈裟だろ」
「あ、う、うるっさいなぁ! あたしが金魚なら、タローなんてメダカじゃないっ」
「ん? それはひょっとして、外来種に追いやられて数を減らしたメダカを
さっきまでのお遊びとは違う、全力投擲の砂粒が顔面に目掛けて飛んで来た。ぐぅ……流石にからかい過ぎたな。仮にも竜の力で振るったら、砂粒だろうが結構洒落にならない。
でも、何時もの調子に戻ってくれたようで良かった。シロがこうでなきゃ、オレも調子が狂ってしまう。不意の竜との遭遇による緊張も、完全に
自分そっちのけで顔を真っ赤にして怒るシロを見て、
「仲が……よろしいんですね」
「よっ、よくなんかないっ! 誰がこんな……バカ人間なんか……べーっ、だ」
さっきまであんな楽しく砂遊びしてたところを見られてんだ。仲良くないと言い張るのは無理があるだろうよ。
シロの愉快さに、オレの頬も自然と緩む。もう片方の竜も、それにつられてかどうかは知らないが、笑みを作る。
「こんな世ですから、『人』との出会いは大切にしたいです。……どうですか? もし宜しければ、少しお話を聞かせて戴きたいのですが。勿論、聞きたい話があれば私の方からも話せるだけ話しますので」
何処か怪しく、そして妖しい竜の笑顔。顔だけならシロと比べても若干人間寄りなのに、そな表情からは人間らしさを感じない。
その点シロが人間らしすぎるだけってな気もするが、ある種の不気味さは拭えない。
とはいえ、この乗りかかった船に乗らない理由もないな。シロ以外の会話が出来る竜との出会いなんて、終末の長い旅の中でも初めての事だ。
訊いてみたいこと、シロと比べて検証したいことは星の数程ある。何かを調べる際、その
この竜を──彼女を知ることで、今よりは竜の未知なる部分に触れることが出来る。そう確信した時点で、オレの意見は決まっていた。
「こちらこそ、願ってもない提案だ。是非もないね。……なぁ、シロ?」
「知らない知らないっ! 好きにすればいいじゃない。フンッ」
完全にヘソを曲げてしまったシロ。こうなっては、機嫌が治るまで待つのが一番手っ取り早い。
それにしても……もう片方の竜と比べて、怒り顔すら生き生きして見えるのは何故だろう? これが恋は盲目というヤツなのか、それとも単純に竜の個体差なのか。
この未知も、出来れば解明したいところだな。
「どうもありがとうございます。では、『私達』の家に場所を移しましょうか。立ち話もなんですし、何よりあまり長い時間家を空ける訳にはいきませんので」
「ああ、同伴させてもらうよ」
『私達』、ね……。まあ、最初に『他の人間』と言ってたこともあって、ある程度は予想の範疇だ。
彼女は、オレ以外の人間を知っている。そしてそれは、『私達』なんて呼ぶ程に近しい関係にある。つまり、人類はオレ以外にも完全には途絶えていなかったってこと。
うん。オレが生き残っている以上、特別驚くことではない。喜ぶべきこと……のはずだ。
「あ、そういえば、貴方のお名前を訊いていませんでしたね。うっかりしていました。名を知るのは、親睦を深める第一歩。是非お訊きしたいのですが、よろしいですか? 隣のシロさんにだってあるのですから、人間のあなたにもあるのでしょう?」
「そうだったな。オレはタロー。んで、聞こえた通りこっちはシロ。あんたは?」
「私は………そうですね。皆は私を『先生』と呼びます」
シロを差した指が、シロによって
「では案内しますよ、付いてきてください。きっと皆も喜びます。なにしろ、初めての来客ですから」
大きな好奇と、少しの恐れ。気合いと緊張を誤魔化すように、
虎穴に入らずんば虎子を得ず。竜を知りたければ、竜の
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