5話 砂竜の足跡を辿れば

 二人で過ごすには余りにも広すぎるショッピングモールで一夜を明かし外に出ると、あんなにも迷惑に砂吹雪を振り撒いていた風はピタリと止んでいた。

 季節風に相応しい一過性っぷりだ。どうやら竜の仕業じゃなかったらしい。


「あ、んでるんでるっ。良かったぁ。あんな砂に打たれるのなんか、もーゴメンだからね。ねっ! タロー」

「それはオレだって同感だけど、念を押されたところでオレにはどうも出来ないさ。天気のことは、天のみぞ知るってな」

「えー、でもでもっ! 人間は天気よほーとかいうので未来の天気を予知してたんでしょ? 隠したってダメだからね。本に書いてあったんだからっ!」

「いや、それは……然るべき資格を持った人が、然るべき技術を利用してようやく出来ることであってだな。オレなんかが何にもなしに出来ることじゃねーよ」


 いったいシロは何の本を読んで知識を付けてるんだか。生兵法なまびょうほうはなんとやら、半端な知識ほど事実を歪めるものもない。


「ふぅん。そういうもんなの?」

「そういうもんさ。人間なんて、一人じゃなーんも出来ないんだよ。オレは人間ではあるけれど、人類全体じゃない。人類の叡知えいちはオレの叡知えいちじゃない。それだけの話さ」

「ふふんっ! そーだよねー、一人じゃなーんも出来ないよねー。タローはホント、あたしと一緒で良かったねぇ。うんうん」



 たった一夜を明けただけで急に上機嫌となったシロを乗せて、いつものようにスクーターを走らせる。

 元は住宅街だったであろう場所をどんどん進むにつれ、あちこちに荒廃っぷりが目立ってくる。舗装されたコンクリートは殆んど剥げているし、民家の半分以上が元々の形を保てていない。オマケに昨日の風砂ふうしゃの影響か、どことなく空気が淀んでる。

 こういう住宅街の荒廃が早いのは終末の道理。人の手が多く加えられてる場所が人の手から離れた途端急速に廃退するのは自然の摂理ではあるが、それにしたって──


「この辺……たった二年で酷い有り様だな。いくらなんでも荒廃が早すぎる」

「さっきのショッピングモールやその周りの建物はここまでボロボロじゃなかったよね。むしろキレイだった。ここだけ欠陥じゅーたくがい……ってこと?」

「いやいや、んな訳ないって。原因があるとしたら、それは多分──」


 この素朴な疑問の答えは、思ったよりもすぐに見付かった。

 

 そこから更に進んだ先の高台から風景を一望すると、そこには……驚くべきことに、一面に乾ききった砂の大地が広がっていた。

 ビルや民家はおろか、瓦礫の一欠片すら見当たらない。木の一本だって生えちゃいないし、水溜まり一つ分の水さえ見付からない。

 まるでもともとそうであったかのように、そこはただの砂丘だった。見渡す限りの砂、砂、砂。荒廃した市街地がマシに見えるほど、そこには人類の名残が何一つ残っていない。


「わっ! すっごーい。これ、砂漠ってやつだよね? 本で見たことあるっ。あれが全部砂なんでしょ! うわー、本で見るより綺麗かも」

「砂漠ってより、砂丘だな。多分、ここら一帯の荒廃の進みが早いのは、コイツの影響だろうな。風塵ふうじんさらされる場所の荒廃が早いって話は聞いたことがある。恐らくは昨日の風砂ふうしゃも、ここの砂が運ばれて来たんだろう」

「げぇー、そうなの? むむむむ……もしそうなら、素直にキレイと褒めたくはないなぁ。フクザツだ」


 シロには知るよしのないことだけど、人類が滅びる前の日本のど真ん中にここまで立派な砂丘は間違いなくなかった。ならこの二年の間に、ここは自然と砂丘になったのか?

 無論、答えは否だ。日本の環境で、そう簡単に砂丘が形成されるはずがない。オマケに人間が滅んだってなら尚更だ。


 ならば原因は何か。それも明白。まず間違いなく竜の影響と断言出来る。こんな市街地のすぐ側にたった二年そこらで砂丘が出来るなんて、竜の仕業でなければなんだってんだ。

 昨日の風砂ふうしゃ。竜がもたらしたのは風ではなく砂の方だったか。


「ね、ね、タロー。あの砂丘を突っ切ってみたら、きっと楽しいと思わない!? 行ってみよっ。ねっ?」

「おいおい……昨日あれだけ砂に悩まされたってのに、よくもまあ砂丘なんかに興味が湧くなぁ。何にでも興味を示すのは子供らしさの現れか?」

「うるっさいなぁ~……子供じゃないもん! あたしは竜なんだから、人間のジョーシキじゃ測れないの。好奇心は、子供らしさじゃなくて竜らしさなの。ほら、行くよっ!」

「へいへい。了解しました、お姫様」


 バシバシと背を叩く竜に促されるまま、ハンドルを捻る手に力を込める。

 シロが砂丘の横断を望むのなら、オレとしても拒む理由はない。この地形の変化が竜の異能によるものなら、あの砂の海の何処かに竜がいるかもしれないんだからな。



 目的の方角に向かって坂道を道沿いに下ると、十数分程度で周囲がサラサラの砂だけの場所に辿り着いた。

 柔らかい砂にタイヤが沈んでいく感覚が伝わってくる。オフロードタイヤじゃなかったらマトモに走ることさえ難しかったかもしれない。最早亡きモノとはいえ、人類の技術には感謝してもしきれないね。


 砂丘を少し駆けた後、シロは砂に抗いながら走るスクーターから軽やかに飛び降り、裸足で砂を踏み締め始めた。


「うわー、あははっ。ズモーって沈んじゃいそう! それに、砂浜の砂とはちょっと違う感じっ。それに、広さが段違い。ねぇタロー、なんでなんで?」

「そもそも砂浜と砂丘はまるっきり別物だからな。海流に運ばれて来た砂と風に運ばれてやって来た砂、定義からして──」

「げー! テーギだってさ、テーギ。格好つけちゃってから。もっと分かりやすーくソシャクしてキョージュできないものかね。タローくんやい」

「……シロの方こそ、何だよその口調は」

「ニッヒッヒッ! さあねぇ~」


 口を尖らせおどけて見せたと思えば、瞬く間に口を歪めて喉を鳴らす。シロの表情は、人間よりも人間らしい百面相。

 それにしても、砂地の風景なんかでよくもまあここまで浮かれられるものだ。シロは景色を眺めて感嘆符を上げるが、オレとしてはコロコロ変わるシロのこの顔を眺めている方がよっぽど有意義に思えてならない。砂なんていくら見つめようが、何の変化もないしな。


「──えいっ!!」


 柔らかそうな掌で一掴みした砂を、何を思ったかオレの頭上に投げるシロ。髪に細かな砂粒が舞い降り、見なくても分かるくらいに頭に砂が積もりやがった。


「あははっ! 隙だらけー。ダメだよタロー、そんな隙を見せたらさ。またあたしに負けちゃうよ~」

「………砂遊び勝負ってか? いいぜ、受けて立とうじゃないか」


 砂場で砂遊びなんて、いったい何年ぶりだろうか。たまにはこんな童心くすぐる遊びに興じるのも悪くない。シロからの勝負のお誘いなら、積極的に乗ってやらなきゃ人間がすたるってものだ。

 夢中になってはしゃぐシロを見るのも、そんな竜と一緒になってはしゃぐのも、終末の世を彩る大事な娯楽の一つなのさ。


 砂被りの頭の仕返しに、手一杯に集めた砂を大の男の力を持ってぶん投げる。だが、それを予見してたであろうシロは翼をこちらに向けて大きく羽ばたかせ──


「ぶへっ! ペッペッ! ずっりぃなぁ、それ。そんなの反則だろ」

「ふふんっ、反則なんてないもんねー。先にルールを決めなかったタローが悪いもん。あははははっ!!」


 オレの渾身の一擲いってきが、まるまるオレの顔にかえって来た。

 滑稽なオレの姿につられて、シロはいっそう高らかに笑う。こんなルール無用のバカ遊びでも心底楽しそうだ。かくいうオレも同様で、子供らしい遊興ゆうきょうは大人になっても変わらず楽しい。そう、周りの目さえ気にしなければね。これは、人類が終末を迎えて知った一つの真理だ。

 そして楽しむことだけは、無知にも許された万人に平等の権利。この砂丘が如何にして生まれたか、誰が創り出したのか、そんな小難しいことを知らなくても……楽しいものは楽しい。


 竜についてろくに知らなくても、シロといたら楽しい。それとおんなじ理屈かな。



「ど~だぁ! またあたしの勝ちー。竜と人間とじゃ地力が違うのだよ、うんうん。翼を生やしてから出直しなさいっ!!」

「いーや、まだまだ負けたなんて認めてないぜ。ルールもないのに、勝手に勝利宣言されても困る」

「ふっふーん。おーじょーぎわが悪いなぁ。まぁいいよ。タローが砂に埋もれるまで付き合ってあげるよっ」


 オレが砂をかけると、シロがお返しに投げ返してくる。そんなバカみたいなことを何度も繰り返す。

 昨日の砂吹雪にはあんなに辟易したってのに、二人で楽しみながら砂まみれになる分には何の嫌悪感も感じない。ただただ夢中になって笑い合える。このまま日が落ちるまで、ひたすら遊び続けられそうだ。


 だから…なんだろうな。こんな見晴らしの良い砂丘にいるにも関わらず、オレは気が付かなかった。



 すぐそばに近寄って来ていた、『人影』の存在に──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る