第11話 新たな目的


「ハイドナよ、座っておけ」

 飛竜の手綱を握るガラダエグザが忠告する。


 飛竜の背に立ち、揺れも気にならない様に立つハイドナと呼ばれた少女の形を持つ者、先ほどビスと戦った者だ。

「ガラダよ、例の物は手に入れたか。 ふふ」

 ハイドナは、ガラダエグザの忠告も無視して言葉を返す。 そして、少女の顔には似つかわしく無い邪悪な笑顔だ。


「もちろんだ。

 景気よく吹っ飛ばしてくれたからな、空中で拾うのも案外簡単だった」


「それは僥倖。 あの魔族、ちゃんと役目は果たしてくれた。 ふふふ」


「よく間に合ったな?」


「水龍で無ければ追い越せなかったであろう。 我々は運がいい。 ふふふ」


「だが、エルフ攻略の切り札が無くなったのは痛いな」


「かまわんさ、エルフ達でさえ、水龍を倒せるか分からんからな。 ふ、ふふふふ」


「えらく嬉しそうだな」


「もちろんだ。 一番の難題が解決したのだぞ。 あはははは」

 邪悪な少女だった顔はさらに狂気の喜びを表現した顔へと変貌していた。


「わしは、あの男は避けておいた方がいいと思うがな」


「男だぞ、ただの魔族だ。魔王では無い、強いだけなら、いずれお前がなんとかすればよい」


「いずれか……やはり、長い付き合いになりそうだな」


「次は、炎龍だ。 さて、どうするか。 相性の良い水龍であれば操れたが、炎龍はどうしようもない」


「あの女を使う」


「あの女?」


「近衛の隊長だ。まんまとエルフの場所を教えてくれた、な」


「ああ、あれか。 我らを誘う囮のつもりだったのだろうがな」


「わしは、水龍が倒された時点でエルフの里攻めは先延ばしとも考えた。特に問題無いしな。 だが、あの女を捕らえるのが目的なら、行く価値がある。 今回はそこまででいい」


「だが、その近衛の隊長に意味があるのか」


「あの男にくれてやった」


「おお、そういうことか」


「ふん。 水龍の代わりとまでは言わんが、わしが出向くとするか」

 ガラダエグザの大きな口もいびつな笑みを浮かべていた。


「お前も、楽しそうになったでは無いか」


「そうかもな。 ああ、そういえば、こいつを渡すのを忘れていたぞ」

 そう言って、ハイドナに拳を向けてから開く、そこには鶏の卵くらいの大きさの青く輝く玉が載っていた。


「何時でも、よいのだがな」

 ハイドナはそれを手に取った。そして、にやりとして言う。


「ああ、完成が楽しみだ。 そこまでの面倒な道程も、確実に進展すると思うと気にもならなくなった」


「意外と、楽観主義だな」


「そうだ、あいつを私からの敬意を込めて、魔王と呼んでやろう。 龍を殺すという一番大事な役目を担うのだから」

 ハイドナの薄ら笑いは、気流に溶けていった。




 討伐隊の位置は、魔神石のおかげでおおよそはわかっていたが、川辺と違って山の地形のせいもあり、思っていたよりもうろうろとしてしまった。

 その前に、水龍という初めてみる大物を倒したことで、嬉々として素材を回収してしまった。その大きさから持てる物の選別にそれなりに時間が掛かり、日が暮れてしまった。

 だが、暗くなった景色は悪い事でも無かった。小さな明かりが見えたのだ。

 その方向へ進むと、見えたのは、やはり野営の灯りだった。 今回は慎重に近づく、ようやく討伐軍が見えた。

 マリアデル達は、とっくに着いているはずだ。お兄さんは、地形も討伐軍の場所も把握していただろうから。


 野営地に入る時に警備の者に声をかけられたが、少しは事情を知らされていたのか、すんなり通してくれた。ついでに、俺達の馬車のだいたいの場所も教えてくれた。

 冒険者達のテントの合間をぬって進み、王女がいるらしい救護所を探す。本部とはそれほど離れてはいないだろうし、救護所の目印があると思う。俺達の馬車よりも目立つそれを探す方が速い。そして、その辺のやつにも聞き易い。

 だから、近くにいた男に聞いて見ると、見かけたという方向を教えてくれた。おかげで、なんとか救護所へ到着した。

 本部のテントへ向かう前に、せっかくなので、ここに居るはずの王女を見てみようと思った。必ず居る訳でも無いだろうが。


 救護所の入り口を入ろうとした時、出てくる者が居た……俺だ。パーティの女性に肩を借りて歩いて来る。そのまますれ違う。 俺の右目には包帯が巻かれていた。

「遅かった……」

 俺は、また一つ目的を失った。

 後を追おうかとも考えた。だが、怪我人がでるほどの事態か起こったことを想定すると、やはりイオル達の方が気になる。なので急ぎ戻ることにした。その時、隙間から見えた救護所の中には、他にもかなりの負傷者が居た。

 ここで理由も確認したかったが、俺自身がそれを知らない理由、いなかった事を説明する方が困難だ。

 だから、それもイオルに聞くことにする。水龍戦の際の魔神石の覚醒が何を意味したのか。何か関係あるのか、どんどん不安になって来る。


 すこし辺りをさまようと、本部にたどりつき、傍らに俺たちの馬車を見つけた……が、馬の頭を撫でているのは、マリアデル。

 あの馬車だったよな、と疑念をいだくが、マリアデルの無事を確認できた。一言、声を掛けておこう。


 近づくと、マリアデルは、直ぐに俺に気が付いた。こちらへ向かって来るかとちょっと思ったが、馬車の幌を少しめくって中に声をかけたのだった。

「戻られましたよ」と。

 すると、直ぐにイオルが飛び出てきた。これも抱き付いて来るのかなと思ったら、目の前で止まる。

 そして蹴られた。まったく痛く無いが……。 そして、顔は涙目だった。


「た、ただいま」

 とりあえず、言ってみた。


 イオルは、そのまま、馬車に戻ってしまった。

 アナさんが、隙間から様子を見ている。手を振ってみた。

 いや、そんな場合じゃ無い気がする。


「マリアデル、無事でよかった。後でいろいろ教えて」


「はい」

 こっちも涙目だった。その表情から、イオルの涙とは別な意味の様だが。


 とりあえず戦利品を降ろし、馬車に乗り込むべく幌を開けて頭を入れたところで、いきなり殴られた、全く痛くないが。


「心配してた?」


「してない」


「してましたよ。イオルちゃんは」


「む~」

 イオルは、ものすごくアナを睨む。


「あ、ごめんね」

 アナさんは、ふざける様に謝る。


 これは、二人きりだったのが良い方に出た様だ。


「イオル、お前の予想がいくつか当たってた様だ。情報を得て来たから、また考えてくれないか?」

 いろいろ忙しかったという言い訳にした。


「やだ」


(え~)


「やっぱりやる」


(お~)


「ちゃんと話せ」


「わかった。 とりあえず、ほっといてごめんな」


「ふん」

 機嫌が治ったのか、違うのか微妙なところだが、このままの流れでは今は困る。


「先に、聞きたいのだけど、敵の襲撃とかあった?」


「魔獣の群れが襲ってきてた」


「そういうことか」


「どうかしたのか?」


「さっき、俺を見た。 目を負傷していた」


 イオルは、一瞬悲しそうな目をしたような気がする。そして、最良の答えをくれた。

「生きているなら、十分ではないだろうか」


「そうだな」

 肩の荷が少し降りた。

 俺が背負う必要の無かった荷が……そう、この世界の俺は俺の加護など望んでいないだろう。

 己と同じ人間を、全く一人前扱いしていなかった事に今更気付いた。


「貴様は、なんでも勝手に抱え過ぎだ。我にも……。 そう、すぐに、女を背負ったり抱っこしたりするのもそうだ」


 途中で別なことを言いたそうだったが、なぜか、俺も少し気にしていたとこを突かれた。

「え、そっちに話が行くの」


「助平心が過ぎる」


 なんでそんなに怒ってるのかわからないが、こっちも話をそらそう。

「そう言えば、魔神石、覚醒したか?」


「ああ」


(本当に助かったよ、おかげで戻ってこれた)

 心の中でお礼を言った。心配事を増やす必要は無い。


「さっきの魔獣が来た時か?」


「いや、魔獣は知らん、ずっとここに居た」


「じゃあ、なんで?」


「魔神石が、貴様の居場所を知りたいから一瞬覚醒しろって」


(お礼はそっちにしないとか)


「ああ、そういうことか、でも、一瞬よりは長かったぞ」


「よくわからんが、ちょっと待たされた」


(あの状況を見て判断してくれたのか、まさに神の意志)


「じゃ、俺の無事は知ってたのね」


「まぁな」


「よし、じゃ、わかったことを話す」


 経験して来たことを説明した。マリアデルとのもろもろ部分は、かなり端折って。


「ふむ、ならば、魔将の狙いは魔神石で間違い無いな」


「根拠は」


「今、魔神石が教えてくれた。水龍とやらの玉が材料の一つらしい」


「なんだと?」


「青い玉だそうだ」


「そんなもの無かったぞ、売れそうな鱗とか回収してきたが……川の中で見落としたか」


「いや、貴様の気付かぬ内に持ち去ったのだろう」


「ええと、でも、どうして?」


「推測だが、水龍をお前に倒させたんじゃないか。そうとう強いらしい、強かったんじゃろ?」


「たしかに、あのでかい竜人の比じゃないくらい」


「存在していたことは我も知っていた。 だが、今、この地に居るとは聞いて無い。

 魔将は、水龍を見つけ操っていたのか、それをエルフの里攻撃に使うつもりで……」


「ほう」


「だが、貴様にぶつけた」


「もったいなく無いのか? そういう問題でもないが」


「他にも龍を持っているかもしれんな」


「飛竜は違うの?」


「飛竜は違う。 水龍、炎龍、地龍、風龍、他にもいるかもしれんが、どれか違う三種の玉だそうだ」


「あんなのいっぱい来たら、どうするんだよ」


「さあな、考えても今はしょうがない、それより第三王女だ」


「そうだった」


「王女が聖女なら、この討伐軍に嘘は無い。 だが、貴様とアナをどう思ってるかはまだわからない」


「そうね」


「それから、貴様の言う少女とは、魔将だろうな。 やつは男だが、変な噂は聞いていた」


「なるほど、変な噂の部分は教えなくていい」


「そして、魔将も、ガラなんちゃらも、エルフの里へ向かうなら、城に控えて居るのはなんだろうな」


「もっと強い、親玉が居ると?」


「可能性はある。 そして、もぬけの殻という可能性もな。 つまり、どっちに転んでも、竜人の城にはいかない方がいい」


「なるほど」


「そして、材料確保の算段があるのなら、エルフの秘術を求めるのも必然、つまり、後者の可能性が高い、無駄骨じゃ」


「ああ」


「これ以上首を突っ込まない方が良いかもしれんが……」


「いや、俺が手に入れる」


「話を聞いていたか?」


「ああ、イオルの話で俺にもできるかも知れないとわかった」

 考えていた事の一つ、魔神石を持つイオルはずっと生き続け、魔神石の無い俺は、長くても魔族の寿命で朽ちる。 今、ずっと守って行く方法が見えたのだ。


「たいへんだと思うがな~」

 イオルは、飽きれた様に言う。だが、俺の本心に気付いてごまかした様にも見える。


「どうせ目的も無いんだ、やれるだけやってやるさ」


「では、エルフの方に……すぐにでも向かった方がよいのではないか」


 言葉が詰まったのも、もしかすると、進んで危険に向かわせたく無いのかもしれない。


「ああ」

 今、自分としても、ちょっとだけかっこよく決意を語った……つもりだが、なにか、大事なことを忘れている気がした。


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