第10話 敵は魔族か


 俺は、状況も把握せずに迂闊に飛び出てしまった事を後悔していた。

 竜人の部隊が進軍していることは想定できた。 イオルの想像でも聞かされた。

 今、敵の隊列の横腹にのんきに顔を出してしまったのだ。そして、既に敵に視認されている。

 伝令らしき一体が先頭方面に向かって走るとともに、数体の竜人がこっちに向かって来る。


 この人数相手に、どう戦う?

 違う、今は背中の女の子を、どう守るかだ。


 だが、人数はすさまじく多いが、ただの竜人相手なら、なんとかなる……か。王救出の際に相手にした竜人の力は、全く相手にならない程度だった。 それに、イオルが魔族は疲れないと言っていたのを思い出した……が、それは無いかな。

 いやいや、少しでも危険は避けて逃げよう。足の速い魔獣に乗ってるやつが来ても、そいつらだけ倒せばいい。

 そう決断し、踵を返し、もと来た方へ走り出す。


 少し走ってから、振り返って後方を確認する。 マリアデルの寝顔がある。絶対に守る。 その先に、最初に向かって来ていた竜人達との距離が少しづつ離れて行くのが分かる。やはり追いついては来れない様だ。

 魔獣乗りは、見えない……と思った時、遠くにそれが見えた。三体は居るかな。


 少し先に、川辺が狭くなっている場所が見えた。急ごう、揺れが激しくなって背中の乗り心地としては申し訳無いが、あそこでなら魔獣を一体づつ相手にできそうだ。


 自分の都合だけ考えながら走っていると、前方に大きな人影が見えた。


「まだ、会いたくなかったぞ」

 その影が、俺に向かって、聞き覚えのある声で言う。ガラダエグザだ。

 その後ろには、さらに大きな影、あれが飛竜だろうか。そういうことか。


「俺は、二度と会いたく無かったよ」

 本音で答える。


 その時、背中のマリアデルの震えが伝わってきた。目を覚まし、目の前の竜を見てしまったのだ。

「化け……物」


「大丈夫、負けはしない」


「は……い、ハーシエル様の報告は伺っております。……ただ、目の前にすると……」


「ちょっと、忙しくなりそうだ。しっかり捕まっててくれるかな」


「降ろしてください。わたしも戦います。いえ、わたしを置いてお逃げください」


 マリアデルは、武器も無く、足を負傷している。自分が足手まといな事が辛いのだろう。


「このままで、なんとかなるから」


「ですが……」

 そう言いながら、降りようともがく。こういう時になんだが、いろんなところが柔らかく当たって心地よい。

 そして、ガラダエグザが、ゆっくりと歩を進めてきた。そのおかげなのだろうか、迫って来ていた後ろの魔獣乗り達は距離を置いて止まってくれた。


「敵の斥候が居たと聞いて、暇つぶしに来てみたが、なんともこれは困った」


「今日も、見逃してくれないか?」


「背中の美人を置いていくなら、そうしよう」


「一番無理な条件を出すなよ。こんな美人さんをやるわけ無いだろう」


 背中が何か反応した気がした。


「ふむ、わしもお主には勝てないと思うが、せめてその女くらいは始末して見せるぞ」


 竜人のおもちゃにされることと死ぬことでは、どっちがいいかと言っているのだろうか。


「わたしのことは良いのです。置いていってください」


「ほれ、女もその気じゃないか」


「マリアデル、大丈夫だ、絶対守る」

 力強く名前を呼んで、意識を戻す。


「は、はいっ」


 なんとか、落ち着いてくれたのか、肩に掛かる手に力がこもる。

 しかし、どうしたものか。

 ガラダエグザが、また歩を進め始めた。

 その時、目の前にりんごくらいの大きさの丸い物が転がって来た。

 それは、すぐに煙を吐き出し始め、あっと言う間に辺りを不可視の領域とした。


「マリア、こっちだ」

 川の方から叫び声が聞こえた。


 マリアとは、マリアデルの事だと決めて、そちらへ走る。

 川に入ったところで、小船とその上に立つ男が微かに見えた。

 乗れと言う事だよな。急いで近づく、腰くらいの深さではあったが、マリアデルをあまり濡らさないように小船にたどり着いた。


「シェーン」

 マリアデルが小船の男のだろう名前を叫ぶ。


 手を伸ばす男にマリアデルを預けると、勢いよく船を押し出し敵から遠ざかってから飛び乗った。

 ガラダエグザも、手詰まり感が見えていた。だからだろう、特に追って来ようとはしなかった。今は、俺の様な小物相手に危険な掛けには出たくないのもあるだろう。エルフを攻める方が優先ということだ。

 それにしても助かった。


「危ないところを、ありがとうございました」

 救援者へお礼を言う。


「いや、こちらこそ親衛隊がご迷惑をおかけした様だ」


「王女の部隊の方ですか?」


 口元は覆面で隠れているが、目元はかなりのいい男と見た。ということは親衛隊。

 実際、出発前の集会で全員が顔を出す必要は無かっただろうし、さっき聞いた話が本当なら、聖女の護衛が親衛隊五人と一般兵数名でいいものかとも思えた。


「俺はシェーンボルク、親衛隊では無いよ」


「ほう」

 なんだ違うのか。


「王直属の隠密だ。 で、王に第三王女の警護を命令された。 そして、マリアデルの兄だ」


 もっと上じゃん。そして、お兄さん……ま、まずい…よなぁ。ここまでの事を思い返す。

「え、王の……というか、お兄様ですか」


「そうですが、あなたはここに来てはいけないでしょう?」

 割って入ったマリアデルが、ちょっとイメージの違う顔で叱る様に言う。兄妹に納得した。


「そうなんだがな。王女にマリアの捜索を頼まれた。断ったのだが、泣かれたので、仕方なく来た」


 王女、めちゃくちゃ優しいじゃないか。兄の本心も考慮したんだろうなぁ。ああ、本気であの王女に謝りたい、さんざんアホよばわりをしてしまった。


「そういう訳で、俺は、まぁ、使いっ走りだな。よろしくお願いする」


「こちらこそ、お世話になります」


「さて、聞いてもいいか? なんで、噂の男が妹と一緒に居るのか?」


「噂ってのはよくわからんし、どう説明したものか」


「妹のかっこうが気になっているのだが、関係あるか?」


「兄さん、この人はわたしを助けてくれたのです……」


 そこから、マリアデルが経緯を説明してくれた。もちろん、あの辺は除いて。


「そうか、では、改めて礼を言う、妹を助けてくれてありがとう。 お礼に妹をやろう」


「へ?」


「こいつのこんな顔見たことが無い。美人のくせに、自分には魅力が無いとか言うし、男にも興味が無いと思っていた」


「兄さん、なんてことを……」

 頬を染めて照れながら反論してる様な、嬉しがってるような。


「俺、こんな顔ですよ? へんな噂の男ですし」


「言い忘れたが、お前の噂は『強すぎる』だ。 王に近しい者の間だけの噂だよ」


「ああ、なんで噂になるのか……」


「こいつに不満があるか? ちょっと大人しくて、筋肉質な体くらいは普通だろ?」


「不満があるとかでは無くて、本人の気持ちの問題が……」

 あ、しまった、なんか誘導されてる気がする。恐るべし、隠密。


「お前はどうなんだ?」


「わたしは……この方であれば……」

 マリアデルは下を向いて小声で答えた。


「ほらな、既に他の女が居るなら、その末席に加えてくれればいい」


 その時、船の前方に水しぶきとともに大きな影が立ち上がった。


「なんだ、あれは?」

 シェーンボルクが驚きの声を上げる。

 そして、危険と判断したのか、船を岸に向ける。


「でかい」

 俺もこのくらいしか感想が出ない。


 見えたのは、巨大な魔獣か、川の深さも流れも無関係と近づいてくる。

 実際、四足歩行のくせに頭は、三階建ての建物より高いんじゃないか。


「あれは、魔獣なのか? 見たことない大きさだ」


 隠密というからには、いろいろな知識のありそうなシェーンボルクも知らない様だ。


「逃げてもむだだぞ」

 魔獣が水しぶきを大きく上げてこちらへの移動速度を上げると、その方向から声がした。 聞き間違いでなければ、少女の声だ。

 その声の主を探すと、魔獣の頭がある。

 魔獣がしゃべったのかとも思ったが、その上に立つ小さな人影が見えた。少女だ。イオルより小さいか。 頭に角らしきものが見える。竜人。 魔獣使いとかなのだろうか。聞いたことも無いが。


 シェーンボルクは船を岸へ急ぐ。魔獣がせまってくる。少女が、魔獣の背中に移動しているのが見えた。

 あと少しで岸というところで、追いつかれた。魔獣は大きな頭を船の下に入れ、そのまま船尾から勢いよくひっくり返された。船は砕け、俺たちは空に舞う。

 マリアデルをとっさに抱えたのは正解だった。そのまま、岸に着地する。


 シェーンボルクも特に問題無さそうに着地して言う。

「お前、素早いな、そのまま持って帰れ」

 さっきの話続くの? この状況で?


「貴様たち、なかなかやるでは無いか」

 さっきの少女が賛辞をくれた。その言葉を聞くと、なんか偉そうなしゃべり方だが、見た目通りでは無いのは魔獣の上に居た時点で理解できた。


「お前は竜人か?」

 いちおう聞いて見る。


「ガラダが、困っておった様だが、貴様何者じゃ?」


 俺が先に聞いたんだけど?

「ガラダエグザは見逃してくれたよ?」

 どのみち答えてやらない。


「ふむ、今のやつでは敵わないということか……」


 少し思案している。見逃してくれる可能性があるのだろうか。


「お前、あれに勝てる?」

 シェーンボルクが俺に向かって聞く、強さの噂ってどのくらいなんだろう。


「負けないとは思うので、二人で先に逃げてくれます」


「兄さん、言うとおりにしましょう」

 マリアデルが、俺の考えをさとってくれた様だ。


「わかった。 さっきの件は無事に戻ってからしよう」


「なんでもいいから、先に行ってください。そのまま本隊まで」

 そう言いながら、抱えていたマリアデルをシェーンボルクに渡す。


「すまないが、頼む」

 申し訳なさそうにしながら、流石の速さで走って行く。


「よし」

 のんきに見送ってから、巨大な魔獣に向きなおる。


「もうよいか?」


「待っててくれたのか。 話でもするか?」


「さっきの答えが知りたい」


「俺が負けたら、答えてやるよ」


「とんでもない自信だな。人で無いことはわかった」


「うぐ」

 ちょっとばれたか、それにしても、この魔獣の大きさ、力はそうとうだろうな。

 ほんとに勝てるかな、魔族化が必要そうなのはわかるが……。

 なら、やってみるしかないか。

 心の中で叫ぶ、変身だ~。

 そして、俺の体は魔族に戻る。 もしかして、戻るのは変身とは言わないかな。


「お、貴様、魔族、いや……いやっ……魔王……様……」

 偉そうにしていた少女が、様を付けてきた。言葉にもだんだん震えの様な感じが混ざる。

 しかも、今、魔王って言ったぞ。


「滅ぼした、絶対に滅ぼした、そう滅ぼした、滅ぼしたはずだ……」


「何を驚いている?」


 そして、何かに気付いた様だ。

「あぁ、お、お前は男だったな。 魔王様のはずが無い。 その証拠に、この水龍でも倒せる」

 そう勝手な理屈を言うと、魔獣と思っていた水龍とやらが、頭から突っ込んできた。

 それを、真っ向から受け止める。体重差のせいで押されるが問題ない。


「潰せ~」

 少女らしくもない怒声が響いた。



 …………そのころ、討伐軍は進軍を止めて昼の休憩中であった。

 馬車の中、イオルもアナも言葉も無くただ待っていた。

親衛隊の一人が行方不明となったことは今朝聞いた。ビスも居ないと言うと、いろいろと言われた。


そんな時、

(あの者の所在を知りたければ、覚醒すればよい)

 魔神石がイオルに語り掛ける。


(やだ。 恥ずかしい)


(既に半日を過ぎているぞ、心配で無いのか?)


(あいつは、戻ってくる)


(一瞬でいいのだぞ?)


(もしかして、お前が心配しているのか?)


(ふふ、そうかもな、では、姫よ、私からお願いする。覚醒されよ)


(なら、やる)


「アナ」

 イオルは、前振りも無くアナに声をかけた。


「はい?」


「ちょっと向こう向いてて」


「かまわないですけど、どうかしました?」


「いいから」


「わたしが向こうを向いた隙に、彼を探しに抜けだしたりしないでくださいね」


「違うから」


「行くなら、わたしも一緒に……」


「じゃ、手を繋いでればいい?」

 そう言って片手を伸ばす。


「わかりました」

 アナはその手を取って、向きを変えた。


 イオルは、額に指を当て小声で言う。

「魔神石よ……」

 光が馬車の中にあふれた…………。




 水龍は頭を上げ、巨大な足で踏みつけてきた。腕で受け流しつつ、ときおり頭が下がった時に殴って見ていた。確かに魔獣レベルの固さでは無い、ガラダの時と同じくらいの感触だ。

 その時、なぜか、体に力が沸いてきた。この前、魔神石覚醒の時にこうなった。

 イオルが、呼んでるのか。

 だが、この力なら……魔族+覚醒の力は想像以上どころか恐ろしいほどだ。まさに魔王。


 振るった拳が、一撃で水龍の頭を吹き飛ばしてくれた。

 その勢いで水龍の背中から振り落とされ、地に尻餅を付く少女は、驚愕の表情で言う。


「ありえない。女でも無い、魔神石も無い、お前は魔王では無い、なのになぜそこまで強い……」


 そこに、飛竜が飛んで来ると、俺と少女の間に割って入る様に舞降りた。

 ガラダエグザだ。

「お主とは、長い付き合いになりそうだな」

 そう言って、飛竜を降りると、動けない少女を抱えて、再び飛竜に乗って飛び去った。


「もう来るな」

 勝ったはずなのに、捨て台詞っぽくてかっこ悪いなとか思ってたら思い出した。

(あ、魔神石さん?)

 と言ったつもりだが、既に力も抜けていた。しまった、遅かった。

 ただ、イオルの場所はなんとなくわかった。急いで向かおう。



 さっきの少女の言葉が気になった。

 魔王を滅ぼしたと、もしかしてあれが魔将ってやつか? いや、魔族の女は魔王しか、まてよ、実は男かも? あの見た目でか、いかん、俺は考えない方がいいのかもしれないなどと、無意味な事を考えながら走る。

 そして、これは、あまり考え無いようにしていたことだが……

 竜人族ではなく、それを操るこの世界の魔族との戦いが始まった事を感じた。


「敵は魔族か……」


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