第9話 聖女の存在


「お、よかった。気が付いたか」

 俺は、目を開けた親衛隊に向かって聞く。崖に落とされて直ぐに気を失っていた。


 親衛隊は、体を少し起こして辺りを見回してから聞き返す。

「こ……こは?」


「けっこう流されたみたいだけど、方向としては目的地に近づいたんじゃないかな。 川に落ちたのは覚えてる?」


 崖の下は、流れが速く荒々しい川で、崖の合間を抜けたところで川岸を見つけてなんとか上がることができた。

 辺りにたくさんある流木を砕いて、たき火は直ぐに起こせたが、濡れた服を脱がすことができずおろおろと困っていたところだ。 もう少し後だったら、中途半端に脱がしてるとこで起きられて、下手な誤解を受けてしまっただろう。ほんとうに危なかった。


「わたしを助けてくださったのですか?」

 先ほどのことを思い出したのか、涙目の顔で聞く。


「そうなるのかも知れないけど、俺が勝手にやったことだよ」


「ありがとうございます。 そして、申し訳ありません。巻き込んでしまって」

 そう言って立ち上がろうとする。


「あ、ちょ、待って」

 俺は直ぐに制したが間に合わず、親衛隊は立ち上がる途中で、自ら止まった。

「え?」

 下半身に掛けておいた、俺の上着が落ちたのだ。下着があらわになる。

 親衛隊は直ぐに隠しながら座り込む。その時、少し足首を押さえていた。


「あ、ええと、崖を落ちた時か川を流されてる時にね。どこかに引っかかったみたいで、ここに着いた時は無かったんだ。 足もたぶん痛めてる。どこかでぶつけたかもしれない。 ごめんな」

 あたふたと説明してると、ちょっと嘘くさい気もしてくるが。


「大丈夫です。疑っていません。 足は、先ほど痛みを感じましたが、だいじょ……うっ」

 足首のあたりを押さえている。既に色が変わってきていた。


「やっぱり痛むか?」


「動かすとちょっと痛みますが、かなりの高さから落ちた様ですし、水面でも普通は生きているのが不思議なくらいです」


 本人は、信じてくれた様で助かった。痛みもそれほどでもないなら、部隊に戻ればなんとかなるか。


「あ、そうそう、巻き込んだとかも気にしないで、見かけたついでにお願いがあって追っかけてたら、ああいう状況に」


「あの者は、我々の様子を伺っていた様でしたので、話を聞こうとしたところ、逃げたため追いかけました」


「そういうことか」


「しかし、わたしは誘い出された様です」


 ある意味、討伐軍で女らしいのは、王女の周りだけだしな。しかも、親衛隊の装備は、いい感じに男心をくすぐる。


「美人だものな、あんた」


「わたしがですか? どちらにしろ関係ありません。 彼らは、今回の討伐軍について、本当の狙いはなんだと聞いてきました」


 この質問は俺もしたいと思った事だが、同じように疑う者が居るのか。だが、手段は許せない。


「え? 俺はてっきり」


「わたしを、そういう目的でですか?」


「ええと……」


「ありえないでしょう……あなたに救われ無ければ、そういう拷問をされる可能性はありましたが……」


「ありえない?」


「あの冒険者も最後に言っていたでしょう。その価値は無いと」


「いや、そんなことないぞ」


「あなたも、何もされなかったのでしょう?」


「え?」


「わたしには、女性としての魅力がございませんよね。この様な姿で意識を失っていてさえも……」


 申し訳なさそうに語る姿を見つつ、いやいや、なんか話がおかしな方向に行ってる気がする。


「俺は、お城で君を見た時、あの中では一番好みの娘だなって思ったよ。俺の感想は意味無いだろうけど……。

 それで、ちょっと見てたら目が合っちゃって、すぐにそらされたから、嫌われてそうだとは思ったけどね」

 あ、本当の事だが、今言うことではなかった気がする。


「それは、あなたの目は……」


 続きを少し待ったが、言葉が進まないので、促して見る。


「目は?」


「……とても怖かったです」


 ああ、そうゆうことか~。 だけど、話が俺の事に移ったかもしれない。結果オーライだ。

「そうか、よく言われるし、本人もそう思ってる」


「でも、今は……怖く無いですよ……慣れたのでしょうか」

 答えながら向けた顔は、少し頬を染めた笑顔。可愛い。


「ほう、参考にさせていただこう」

 表情に喜んでいる場合じゃ無い。だが、俺の顔は慣れるのか、良いこと聞いた。

 とりあえず、深い話にはしない様にいったん切る事にした。

「見張りを頼めるか? 俺も寝たい」

 焚き火用の木材は余計に用意してあるから、起きて見張っててくれれば十分なのだ。


「お任せください」


「助かる。 あ、俺の服はスカートの代わりに巻いておいて。 それから、空が白くなってきたら起こしてくれると嬉しい」


「はい」


「じゃ、お休み」

 そう言って、近くに転がっていた適当な大きさの木を枕代わりにして寝た。


「お休みなさいませ」

 優しい声を返してくれた時、名前くらい聞けばよかったと思ったが。起きてからでいいかと、そのまま眠りについた。



 ……目を覚ますと、上に誰か乗っかっている。イオルよりは重いかな、なんて想像して目を開けた。

 なんと、親衛隊が抱き付く様にして眠っている。しかも裸で。また、理解の及ばない事実が俺を襲う。

 とりあえず起き上がるために、両肩を持って動かそうとすると、親衛隊が気がついた。寝ぼけた目で俺の顔を見る。そして、何かに気付いた様にはっとして、

「すいません、見張り……」

 そう言って、起き上がった裸の体の下腹部に、見覚えのある絵柄が見えた。


 見張りとか、そういう話では無い状況に驚愕する。俺は、また……う~ん、なんかそれっぽい夢をみた様な見てない様な……。 イオルが、あの時言った、魔族の本能という言葉が頭をかすめた。まじか……。


 そんな驚いている俺に親衛隊が言う。

「お礼のつもりでした」


 え、お礼? 何が? あ、そういう、いや、お礼って、俺の意識無いと意味が無くない? ああ、いや、それ以前の問題だ。そんなお礼を望むわけない。 いやいや、それよりも、何よりも、魔隷紋……だ。


「痛かったので、ちょっと後悔しました」

 痛かったって、まさか……魔隷紋よりさらに下の方を見て、頭を抱えた。

 どんな認識なんだ。全く回答文が思いつかない……あ、ここは方向転換しよう。だって、仕方ないだろう。


「君にお願いがあるって言ったの覚えてる?」


「はい、その為に追っていただいたと」


 あ、この体勢ではやっぱ無理だ。


「と、とりあえず、離れて服着てくれる?」


「そうですね」


 意外と冷静な反応をしてくれるので、なんとなくこのまま進めよう。


 とりあえず、二人は既に乾いていた服を着た。 俺は、すぐに弱まっていた焚き火に木材を投入しながら話をつづけた。

「お願いする前に聞いて良い? 王女様は、お飾りなの?」


「あなたには、正直にお話しします。 王女様は、指揮はしません。お忙しくなるからです」

 質問が唐突すぎたのか、こちらの意図を見計らっているのか、間を空けてから答えてくれた。


 俺には、その言葉の後半に繋がる流れが全く想像できない。

「そういえば、ハーシエル様は、指揮は代わりに親衛隊がするって言ってたな」

 独り言の様な言葉を返すが、親衛隊は話を進める。

「王女様は、恐らく、世界に数人しかいないヒーリング能力の持ち主です」


 え? ヒーラー? 存在してるとは聞いていたが、会った事も無いぞ。

 本当なら、人数を特定しないのは機密事項、もしくは世界に一人だけとかか?


「それだけではなく、たくさん勉強されて医療の知識もお持ちです。 ですので、救護室で、ずっと負傷者の手当てや治癒を行います。 皆に王女とばれない様に変装をして」


「それが本当なら、いや、本当なのだろうが、いいのか?」


「竜人討伐ごときには、本来出られるべきではありませんよね」


「ああ」


「本人のご希望なのです。今の世界を変える一歩だからと」


 また、認識が間違っていた。そんな国宝級の人間を、捨て駒にする必要があるだろうか。いや無い、この討伐は本気なんだ。 そして、俺が勝手にアホと思っていたあの第三王女は、まるで聖女様じゃないか。 イオルの見立てが正解だ。

 あの時、ハーシエルがわざわざ護衛を依頼した意味が分かった。願いを含めていたのだ。


「なるほど。 教えてくれてありがとう」


「わたしも、お聞きしてよいですか?」


「ああ」


「この絵柄は何だかご存じですか?」


 そうだった。

「ええと……」


「魔族の印に似ている気がします」


「え?」


「なぜ、わたしに……何かご存じですか?」

 不安そうな表情は、当然だろう。

 そして、もちろん知っている。


「俺の言う事、信じてくれる?」

 真実を教えるしか思いつかない、というか、ごまかす嘘を思いつかない。


「はい」


「俺の体は魔族のものらしい、だけど心は人間なんだ」


「そんなことが…………ある……のでしょうね」


「うまく説明できないが、今までの行動にすべて嘘は無い」


「わかりました。 あの強さもそうですが、崖から落ちて、わたしをかばってさえ無傷。 理由がわかりました」


 常識的には信じられなが、状況を踏まえて強引に納得してくれた感じか。

「ごめん。そんな絵が付いてしまって」


「いえ、誰にも見せません。いえ、あなたにしか見せません」


「絶対に消す方法を探します」


「このままでかまいません。 あなたに助けられなければ、わたしは生きていなかったでしょうから。 このくらい平気です。 いえ、大事にします」


 ん? 大事に? ツッコミはやめておこう。 ただ、罪悪感を覚えつつ、その時、またイオルを怒らせると思ってしまった。


「う~む、俺はこういう話苦手なので、申し訳無いけど、今は、とりあえず、部隊へ合流を考えましょう」

 いや、女の子にとっていろいろと傷付いていそうなこの場合、もっと言うべきことがあるのかもしれない。 だが、俺にはそんな知識も経験も無い。だから、今は逃げる。


「はい」

 最初に見た時の、親衛隊としての顔も可愛かったが、少し緩んだ今の顔は増して可愛かった。


「あ、名前を教えてもらってもいいかな? 俺は、ビスでいい」


「マリアデルと申します。 ビス様」


「よい名前だ。 あと、ビスと呼び捨てでいいよ」 


「はい、ビス様」


「ま、とりあえず好きに呼んでくれ」


「はい」

 返事の度に付いてくる微かな微笑は本来の人柄だろうか、こんな状況でも幸福感を与えてくれる。



 その後、マリアデルの足に添え木をして、おぶって移動することにした。いつもの事だが、その方が速い。

 歩き出してすぐに、マリアデルは、疲労のせいか、傷のせいか、眠った様だ。

 寝顔を見る事ができないのは残念だが、たいへんな目に合ったのだ、ゆっくり休むといい。

 それに、このまま川に沿って進んで行けば本隊に近づけるはずだ。山を越える必要の無いあたりまで進んでから、方向を調整しようと考えた。

 だから今は急ぐ、背中にぬくもりとイオルよりも少しだけ重く少しだけ柔らかいものを感じながら……。



 川辺は、多少の障害物や高低差はあるものの、俺の進行を妨げる程は無く、気楽な気分で進んでいた。 すると、集団の移動する気配を感じた。

 やはり進軍していたか、マリアデルの捜索隊は出しているだろうが、討伐軍全体を止めて待つことはできないだろうと思っていた。

 イオルも俺の事、心配してるかなぁ。 俺は、イオルが心配だ。また一人で出てきたりしてないことを祈ろう。 アナさんは、信頼してくれてそうだから、心配はしてないかな。

 それにしても、以外と早く追いついたな。進軍経路は、川からもっと離れてたような気もするが……。


 そんな事を考えながら川の土手を越えて確認する。


 視界に集団の隊列が入った。


「さ……最悪だ」

 思わず声が漏れた。


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