第8話 また、このパターンか
馬車での移動は気楽だ。とにかく寝てればいい。
だが、俺にはやることがある。アナさんに色々と教えてもらいたい。
そのはずなのに、まだ出来ていない。 馬車に乗り込む時に親しげに挨拶したのが良くなかったのか、イオルが間に入る様に座ってしまった。ちょっと気まずくて話しにくい。
そんな事を考えていたところで、アナさんがふいに口を開いた。
「昨夜はありがとうございました。そして、今も」
今とは、何事も無く馬車に乗れていることだろう。
それにしても良い具合に話しかけてくれた。その話に乗らせていただこう。
「いや、俺はあなたに聞きたいことがあるんだ。イオルも聞いておいた方がいい。あ、こいつはイオル、俺の連れだ、仲良くしてやってくれ」
「はい、イオルさん、よろしくお願いいたします」
「ふむ」
「とても、可愛らしい方ですね」
「我に可愛いとか言うな」
「すいません、こいつ人には慣れていなくて」
「む~」
「それで、わたしに聞きたい事とは何でございましょう?」
「その前に、もし逃げたい様でしたら、手伝いますので言ってくださいね」
「はい。 ですが、姫様の元へ向かうのであれば連れて行っていただきたいのです。 それに、私には他に行くところがありませんし、お邪魔でなければお傍に置いていただけませんか?
お邪魔は決していたしませんし、私にできることであれば、何でもいたしますので」
男としては、『何でも』のあたりを深堀したいが、きっとそういう意味では無いだろう。たぶん。
「結論は今でなくていいですよ。 竜人族も元に戻せるかもしれないしね」
「はい、ありがとうございます」
「おい、この女、竜人じゃぞ?」
イオルが割って入る。
「そうだ。 そして、この人は……いい人だよ」
魔族が竜人に滅ぼされた件は、人間になったイオルとしても引っかかるのか? あ、もしかして、魔族の俺にとっては敵と言う事を心配してくれている?
「はぁ……もう、好きにせい」
後者か。
「ありがとうございます」
アナさんは、お礼を言うと、そんなイオルを抱きしめていた。
「や、やめ……」
イオルは、逃げようとしたが、直ぐにおとなしくなった。
人の温もりを感じたのかもしれない。お母さんにもそうされていたに違いない。 昨日、男達に触れられた時の嫌悪感は、まだ消えていないだろうが、あきらかにそれとは違うやさしい温もりだろう。
「さて、じゃ、そろそろ本題、聞いていいかな?」
「どうぞ」
イオルの頭をなでながら返事をくれた。
「竜人のガラダエグザという奴を知ってるかな?」
「はい、わたくしを逃がしてくれた方です」
ちょっと待て、王女誘拐の件を知らせるために逃がされたとアナさんは言っていた。そこからだと、話が繋がらなくないか?
「どんな奴ですか?」
「体がとても大きく、強そうです。そして、彼は私達が戻るときに、護衛としてともに大陸から来た者です。彼をご存じなのですか?」
もっとわからなくなった。
「いや、ちょっと噂を聞いた。誘拐の件に関わってそうだと……」
やつは、魔族に操られていないのか?
そして、大陸の竜人はあんなのばかりなのか?
アナさんをなぜ逃がした?
王女の件は、別に知らせる必要も無いだろう。アナさんが密偵の可能性はあるが、今ここに居る。
「イオル、すまない説明してやろうと思ったが、俺もわからなくなった」
「あほじゃ」
「すいません、わたくしの説明がおかしかったでしょうか?」
「いや、ちょっと頭の中が整理できて無くて、あほですし」
アナが笑顔を返す。その時、イオルが割って入った。
「その大きな竜人とやらは、大陸側のために動いとるのじゃないのか?」
「え?」
イオルが、なんかまともな事を言った気がした。
「竜人は魔族を滅ぼした。 なぜそうした? 話が飛ぶが、そいつらが先に見ているのは大陸ということじゃないか? そして、そこの女は愛人……」
つじつまを合わせる事で、結論を探してくれてるのか。
「待て、イオル。 ちょっと説明を足す」
「先に話せばよいものを」
「竜人族の一部は、魔族に操られているらしい。ガラダエグザとは昨日戦った。誘拐犯だ。強かったんで俺の姿を見せた、そしたら俺を仲間に誘い、断ったらおとなしく帰っていった」
「その女を逃がしたのは、単純に混乱させるためじゃないかの。 ただ、ガラダなにがしが操られておるのなら、その女を逃がした後になるだけだが。 そして、魔族の生き残りには少なくとも魔将がおる。 あやつが裏切り、竜人を使い魔族を滅ぼした。 恐らく魔族達も操られたり策謀に嵌ったと考えればあり得よう。 魔将がガラなにがしを通してお前を見て、倒せぬと踏んで誘った。 いや、もしかすると、やつ自身の意識を移しているのかもしれん。
魔将の目的は、魔王の座だけでなく、この国、そして大陸の可能性もある……
いや、だとすれば、エルフが狙われるのも……」
話が飛躍しすぎて行く。
「何を言っている?」
「魔神石」
「関係あるのか?」
「魔王と魔神石は一体となっている。子への継承はされるが、取り出せば消えていく。そして、魔神石を作れるのはエルフの秘術。条件は知らんが……」
「魔将ってやつが自分用の魔神石を作らせるためにエルフを狙うと」
「そうじゃ、竜人の男はエルフ好きだと聞く、その為に魔族と戦争するほどに。 だから、魔族を倒してエルフを独占じゃ、とでも言えばいくらでも戦に出向く」
「まだあるんだ。
誘拐の件とは、王と王女の二人、そしてその混乱に乗じて肖像画が盗まれた、肖像画にはエルフを隠した場所の手がかりがあるらしい。 その際に二部隊が飛竜を使ったって聞いた、居るのかそんなの?」
「ええ、飛竜は私たちが戻ってきた際に乗ってきました。二匹おります。その使役と護衛を兼ねてガラダエグザさんともう一人が付いて来られたのです」
アナが補足する。
「飛竜、ほんとうに居るのか」
「話が変わったな。やはりその女は混乱させるために利用された。王を狙っているのに王女と聞かされていたのじゃろ。
もう一つ、あの近衛はエルフの里へ行くために指揮を妹に変わったと言っていた。
この討伐軍、討伐されるのは竜人だけじゃない、冒険者、第三王女、おまけで、そこの竜女、そしてお前だ。
既に王が操られている可能性もあるじゃろうが、どれも王が消したい者じゃないか?」
近衛とはハーシエルのことだろう。確かに、それを教えてくれた。何か疑念を持っていたのかも?
「王がなんで?」
「同じく魔神石では無いか? その存在を知れば欲しくなるのが権力者」
「そういう人には見えなかったぞ……」
「王の狙いはいくつか考えられるが、邪魔者は変わらない、つぶしあって弱体化した後に残った方を正規軍で。 それで一掃じゃ」
イオルの言い様では、勝って戻っても殲滅される。負けても敵の戦力を削れれば恩の字ということか。
「そんなことって、それに正規軍は少なくなったから冒険者を使うと……嘘か?」
「ああ、既にエルフの方で守りについているじゃろう。守るという口実を持って侵略のためにな。そして、おそらく近衛も騙されている」
「なんのために?」
「囮だ、守備を固めて待っているところに、竜人を連れてこさせるためのな」
「なんだと」
「竜人の戦力を二分し、本隊は準備万端、絶好の機会じゃ。
あの目立つ女が動けば、竜人が気付くのも道理。そもそも、肖像画が消えたのは本当に竜人の仕業か? 飛竜は二匹だったのじゃろ?
普通に逃げるのが容易な城なら知らんがな」
「というか、第三王女は、なんで?」
「第三王女は、あれを見ればな。 他の国は欲しがらんから政略に使えん。アホは今回の様な建前だけの宴に使って、消えてくれて構わない。
……王女がほんとにアホならな」
「おい、そんなに俺をいじめるな」
イオルの言うことは真実では無いかもしれない。だが、全く何も考えていなかった自分が情けなくなった。
「とはいえ、竜人の本隊も向こうに行くだろうから、考えようによっては、向こうが囮で、こっちの勝機は上がる」
「たしかに」
「話は戻るが、もし、王が貴様の言う人物だとして、王の狙いが魔神石であれば、それは世界のあり様を変えるためかもしれん」
「どういうことだ?」
「世界については、貴様も感じている違和感だ。向こうの世界に比してあきらかに秩序が乱れているのではないか? 女と見れば襲ってもいいと言ったぐあいに。エルフが居なくなった影響が大きいのは分かるじゃろ?」
昨日、俺は、確かにそれを実感した。
「ああ」
「国を治める者から見れば、冒険者も竜人と同じに見えないか? その両方を無くすことで、秩序を取り戻したいと考えるやもしれん」
「つまり、王の狙いを知る必要があるな」
「第三王女と話せ、あれがアホでなければ何かが見えよう。 ホントにアホなら面白いが。 雑な方法だが、ある程度の確度がでる」
「俺に見極められるかなぁ。 ただ、イオルは、王女をアホだと思って無いのな」
俺は、あの王女はアホという認識しか持っていなかったのが、ちょっと恥ずかしい。
「近衛とのやりとりだ、仲が良さそうであった。 そして、あえて王女を見せた。 そこにも含みを感じる」
あの程度のやりとりで、今話したこと以上に何かを見ているのが分かる。
もしかして俺はイオルを見誤っていたのではないか? だから、今さら聞く。
「お前、魔王城の中で普段は何をしていたんだ?」
「突然何を聞く、しかも今更聞くのか」
「ちょっと気になってな」
「やっぱり貴様はアホだな。 外へ出る事は出来ない決まりがあったから、母様や侍女たちと話をしたり、本を読んでいた。 本は、人間やエルフのだが」
「はい?」
「侍女達の持ち物にはたくさん本があった」
「侍女? 魔族の女は魔王だけって?」
「魔王付き侍女としてエルフを連れてきていた。 我には、まだおらんかったが、母様の侍女たちがいろいろと見せてくれた」
「連れて? さらってだよね。 まぁ魔族のやりそうなことだが……」
「貴様の魔族への偏見はいつか治してやろう。 彼女達からは、退屈なエルフ籠りより楽しいと聞いたことがあるぞ」
「へぇへぇ」
やはりそうなのか、道中ではしゃいでいたのは、本で見知ったものを現実で見て確認した喜びだったんだ。
単純に初めて見て喜んでいると思っていた。
「とにかく、想定はいろいろできるが、こちらの世界の理を知らぬ我らには、所詮想像の範囲じゃ。 貴様が見た王は悪いやつに見えなかったのだろう? たぶんそれが正しい」
「ああ、そうだな」
「お話の腰を折って申し訳無いのですが、お二人は、何者なのでございましょうか? イオルさんが、魔王って」
アナに、会話の節々から疑問を持ったのであろう問いをされた。
「ええと、そこは聞かないでくれると助かる。ただ、あなたの敵では無いということで」
「わかりました」
「イオル、ちなみに他に想定されるのって?」
「エルフの逆襲、他国の侵略、その竜人女が嘘をついている、とかな。組み合わせを変えればなんでも成り立つ。 お前を誘った竜人が一番気になる。無傷とは強すぎる」
「聞かなきゃよかった。 アナさんすいません」
「いえ、あえて言葉にしていただいたのは、たぶん否定してくださったのだと思います」
「そうなの?」
だとすれば、やはり優しいやつなのかもしれない。俺は、無意識に元は魔族という色眼鏡で見ていたのか、優しいとかいう見方に今頃気付いたのだ。
戦地に向かう状況ではなんだが、もっと一緒に居て、話をたくさんしたいと思った。 殺しあった記憶を薄めるにも時間が欲しいし、女子相手の会話も中々うまくできないのだが。
そうこうしていると、馬車が止まった。正確には、馬車がでは無く、進軍が止まったのだ。
街を出て、砦を越えて、数時間、これから野営の準備を始める様だ。
ずっとなにも無い荒野を進軍してきた。ここは、それなりに大きな岩がたくさん転がっており、伏兵や罠などの危険があるが、軍の担当者が先行して確認してはいる。 それでも、傍に切り立った深い崖がある分、守りがほぼ半分にできることから決めたらしい。
野営準備に辺りがざわつく中、俺は、俺パーティを探すために馬車を降りた。
コーリエに合うのは、野営の準備の喧騒が終わってからの方がいいだろう。
イオルが付いて来るかと思ったが、馬車の外には出たく無いらしい。出発の時に不安そうだったのを思い出す。
念のため、二人には馬車から出ない様に言っておいた。蜥蜴には、最初から人前に出ない様にお願いしてある。
あちこちでは、テントが張られたり、焚き火をしたりなど各パーティや部隊毎に動いていた。その様子を横目に探し回る。
日が落ちたこともあるが、数千人も居ると、さすがに探すのはたいへんだ。
しばらく探し回っていると、目の前を走り抜けて行く男が居た。後方を気にしている。誰かから逃げている風だ。
トラブルに巻き込まれている暇は無いので、見なかったことにしようと見送った視線を戻すと、もう一人走り抜けて行く者が居た。さっきの男を追っているのだろうか。
だが、その者には見覚えがあった。コーリエの親衛隊の一人、しかも俺好みと視線を向けてしまった黒髪おかっぱ美女だ。
どうしたものか、とても気になる。 いや、この件を手伝えば、コーリエと話すきっかけにできるのではないか?
実際、いきなりコーリエに話をしてくれと頼むのもどうかと思っていた。
つまり、大義名分ができる。
俺は、進みかけた足を止め、踵を返すと二人の後を追った。
既に視界には見あたらず、とりあえず見送った方向に向かってテントの間をすり抜けて進むが、見つけられない。
どこかで曲がったのだろうか、そりゃ逃げる者は、まっすぐとは限らないか……判断に手間取ったことを非常に後悔した。
仕方ないので、第一目的を追跡とし、俺パーティも探しながら進む事にした。
外に出ている者が居れば、聞き込みをしながら進んでいると、なんとなく向かった方向が見えて来た。崖の方だ。
そちらへ進むと、キャンプの固まったエリアを出てしまった。その先しばらく進めば崖があるはずだ。
大きな岩が多い、隠れなくても見つけるのは難しいかもしれない。
「ううむ、進むべきだろうか」
なんとなく呟いてみた。 そう、なんとなく嫌な予感がするのだ。
その時、遠くで何かが光った気がした。
「行ってみるか」
近づいて行くと、微かに剣がぶつかるような金属音、そして男の声がする。誰かが戦っている。
親衛隊と追っていた男と予想するのは容易いが、声の数からそれなりに人数が居そうだ。
金属音が聞こえなくなった。
俺は、急いで向かう。
ランタンの灯りが見え、すぐに全貌も見えて来た。岩がいくつも転がっている平地だが、そのすぐ先に崖があるのがわかる。地面と違い真っ暗なのだ。
そこで、親衛隊は一際大きな男に羽交い絞めにされ、浮いている両足も他の男に抑えられ、動きを封じられている。 今、鎧を外され崖に捨てられた。
「ほれほれ」
男の一人が、前に座ってスカートを掴みひらひらとからかい始めた。
「止めないか。 それに、貴様らが何を言ってるのかわからない……だから、止め……むぐっ……」
反抗の言葉は、別な男によって封じられた。何かを口に詰められたのだ。
「まぁ、いいや、しばらく遊ぶから、その間だまってていいよ」
男達が、にやにやと薄ら笑いを浮かべながら周りに集まる。
親衛隊の顔色が変わる。
何かやばそうな雰囲気に、まだ、距離があるが、俺は大声で叫んだ。
「お前達~、やめろ~っ」
強気の言葉ではなかったが、全員が振り向く。人数は九人、その他に地べたに三人倒れている。
(ああ、またこのパターンか、やはりイオルの予想は正しいのか)
そのまま近づき、いちおう交渉してみる。
「お前達、その人を離してくれないか」
「なんで、お前に指図されなきゃいけない?」
「指図じゃ無くてお願いだ。 その人は知り合いなんだ」
知り合いとは言わない方がよかったかなぁ。
その知り合いである親衛隊殿は、首を横に何度も振る。目は、俺に逃げろと合図をくれている。
「そうか、首をつっこんだ自分を呪え」
大きな男は、俺の言葉など聞く耳持たずに殺すと言う。
それを合図に五人が武器を手にして向かってきた。
当然、想定はしている。今の俺にとって、普通の冒険者など何人いても敵じゃないので、想定してなくても問題ないが。
男達をあっさりあしらうと、残っていた者も向かって来ようとする。その時、羽交い絞めの大男が、親衛隊を捕まえたまま崖の淵に近づき言う。
「こいつを落とされたく無ければ、おとなしくしろ」
俺は、動きを止めて睨む。親衛隊殿は、涙を流しながら首を振る、塞がれた口からは、やはり俺に逃げてと言っている様に思えた。
「お前、そうとう怖い顔だと思ったが、怖さ倍増だな」
と残っている男たちに笑われた。
その時、部下の一人が、何かに気付いた様に、
「お頭、今、ランタンの灯りらしいのが、いくつか見えましたぜ」
と報告する。
「もう来たか。 まずいな、撤収するか。 じゃあ、証拠隠滅しよう~」
そんなにまずそうでも無い表情でそう言って、大男は、片手で親衛隊の胸をもんでから、崖に向かって放り投げた。
「次は、捨てられないおっぱいに生まれてきな~」
そう、崖に向かって言い放った。
俺は、そのやり様、言葉に怒りを覚えながらも、迷いも無く、親衛隊を追って、高さも分からない崖に飛び込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます