第7話 第三王女


 さて、竜人族討伐隊が出発する日だ。

 であるのに、だ。

 俺は、今、目を覚ました。

 朝食の後に、少しだけと思って寝たつもりだったが実際どのくらい寝てしまったのかもわからない。 まさに、たった今、目を覚ました。


 特に夢を見たわけでは無いので、ハーシエル様と仲良くしている夢でも見ていたことにしよう。だが、瞼に浮かんだのはイオルの顔だ。 だから、昨日、魔神石とした会話を思い出した。 そして薄目を開けた。

 そのまま目を開けると、イオルの顔があった。 馬乗りになって、両手で俺のほっぺたをつねっているらしい。


「ほ、ほひゃひょう、ひほふ」

 本日、二回目の『おはよう』なのはどうでもいいが、彼女は何時からそうしているのだろう。


「貴様、我の声でも起きろ」

 ああ、けっこう呼んでたのね。それに、さっきのことを気にしてるのか。


「しゅみゃにゃい、ふはへてたはら」

 疲れてたみたいだと、気にしてくれてそうな部分には触れない様に、普通の人間の返しをしてしまった。

 まだ、ほっぺたを引っ張られてるので、まともにしゃべれない。


「魔族は疲れなどしない」

 嘘つけ~。 お前も寝るだろう。 ん、今はこいつも人間か。 はて、すると、本当なのか。 いや、俺実際寝てたし。 俺が寝ぼけているのか、などと無意味に自問自答を続けている間も、イオルは、ほっぺたを離してくれなかった。


「ほひふのへ、ろいへくりゃしゃい。ほっふぇほひゃへて」

 起きるので、どいてください、と言ったつもりが伝わらない。


「あぁ?」

 イオルさんは、なんか狂暴な声と顔をしている。

 俺、また寝てるときにやっちゃったのかな? いやいや、そんなはずは、とか考えていると。

「貴様、もうすぐ昼だぞ」

 ああ、なるほど、気を利かせて起こしてくれてたのか。それに気づかなかったから怒ってるのね。

 朝起こしてくれるなんて、まるで奥さんじゃないか。できれば、やさしくであれば……いやいや、そうじゃない。

 俺は、ほっぺたをつまんでいるイオルの両手を持ってから、上体を起こした。勝手な想像に照れたわけでは無いが、なんとなく仕返しっぽくなった。

 イオルの顔が目の前にある。


「ありがとうな」

 と、お礼を言ってから、手を放した。


「愚か者め」

 と、イオルはちょっと頬を染めて目を背けてから、慌てて降りる。

 こういういじりに弱いところは、ほんと可愛い。


 さて、ハーシエルの話では、出発前には連絡に来ると言っていた。妹さんもその時に紹介してくれるとのことだ。

 少しくらいなら時間あるかな。 試してみたいことがある。 魔神石と話をする方法を思いついたのだ。


「イオル、ちょっと魔神石を出してくれない?」


「やだ」


 まぁ、そういう返事だよね。


「ちょっと、確認したいことがある。頼む」

 この程度では、押しが足りないかなと思っていた、機嫌も悪いし。


「魔神石が出てもいいと言っている」


 なんと、了解が出た。


「ちょっと待っていろ…………魔人石よ」


 額に人差し指を当ててから呼ぶのか。なるほど。

 すぐに、おでこに魔神石が浮き上がってきた。

 すかさず、イオルの頭を捕まえた。

「イオル、ちょっと動かないで」

 そして、俺は自分のおでこをイオルの額に出ている魔神石にくっつける。

 あたふたと逃げようとするイオルだが、俺の力から逃げる術はない。


「な、な、な、何をする……やめんか……」

 そう、目の前に、それもかなり近い距離に顔があるのだ、普通嫌がるよね。

 だが、ここは構わずに、目を閉じて、昨日魔神石と話した様に意識してみた。


(直接、接触してくるとは考えたな)

 魔神石さんの声が聞こえた。


(思った通りだ。 申し訳無いが、聞きたいことがある。少し大丈夫か?)


(わたしは大丈夫だが、姫がもつでしょうか……)

 イオルは、ぽかぽかといろんな場所を殴っている。


(では、手早く)


(一つ目、イオルはなぜ城の外に出た事が無かったんだ?)


(魔王は、魔族を生むために存在する。魔族の女はたった一人、魔王だけなのだ)


(やっぱりか。 女王蜂みたいな?)


(そうだな。 だから、男に殺されることが無い様に圧倒的な力を持つ。 魔王が入れ替わる時が来れば女性が一人だけ生まれ、いずれ、その役が引き継がれる)


(イオルに母が居たと?)


(そうだ、母が亡くなった後に、お前たちが攻めて来た)


(魔神石は引き継ぐ際に継承されるの?)


(いや、生まれる時だ。 だから母は時間とともに再生せずに朽ちていく)


(そういうことか、あの時居た魔隷紋とかいうのが付いてた魔族の誰かはイオルのお父さんてこと?)


(そうだ。 兄妹とも言えるが)


(俺、家族の仇かもしれんのか)


(本人には父への思いは無い。母への思いは強いが)


(二つ目、イオルの目は治せないの?)


(元にしたお前の、人間の体がそうなっていたからな。目の形だけなら作れたが神経は修復できなかった)


(そうか、残念だ。 あと、イオルはいくつなの?)


(お前たちに合わせると十七歳となる)


(今の見た目は、もちょっと下に見えなくも無いが、童顔だった俺のせいか。 ありがとう、また相談させてくれ)


(お前が姫のためにすることであれば協力する)


 そこで、おでこを離した。

 イオルが、真っ赤っかな顔で涙目になっている。

 魔神石がゆっくりと沈んで行く。


「ごめんな。 そして、ありがとう」

 と手を放し。頭を少し撫でる。


 俺が思っていた魔王のイメージとは全く違っていた。あんなところに閉じ込められて、しかも、まるで子供を産む道具扱いでは無いか。それは種族の問題であり、人間の立場で計っていいものかわからないが、どうしようも無く、抱きしめてやりたかった……が、なんとか抑えた。


「馬鹿者、もうやらんからな」


 照れすぎていて、めっちゃ可愛い。


「魔神石は、また、話をしてくれるって言ってたぞ」


「知らん」

 そう言って、ふて寝した。


「あの、起きてください」


「うるさい」

 と、拗ねた言葉が帰ってきたところで、トントンとノックの音がした。

 この音の感じはハーシエルだ。


「ビス殿、そろそろ、よろしいか?」

 ハーシエルの凛々しい声を聞くと寝起きのぼけた頭でもすっきりする。


「はい、大丈夫ですよ」


 こちらの返事を確認すると、扉を開けてハーシエルが入って来た、その後ろに着いて入ってきたのは妹さんという事だろう。そして、俺は心の中でため息を付いていた。やっぱりこいつか、アホな王女だ。あの出発の日に見てから、その後、見かけることは無かったが。

 この妹は、髪の色は茶色、なるほど母親が違うと言っていたな。顔は少し幼げだが整っている。だがハーシエルの横に並ぶと、美しいとは表現し辛く、可愛いという表現になるのは仕方なし。


「イオル殿は、お体の具合でも悪いのでしょうか?」


 はい、そうですよね。ベッドにまだ寝ているイオルは気になるでしょう。


「あ、大丈夫です。もうすぐ起きるかと」

 起きているのは分かっているが、そういうことにしておこう。だが、

 むくっと、イオルが起きた。


「我を置物にするやつがまた来たのじゃ」

 ぼそっとそう言って、俺の後ろに回り背中をくっつけて床に座る。


「まぁ、そういうことで……すいません」


「いえ、こちらこそおくつろぎのところ申し訳ございません」


「そろそろ準備しようとしていたところです。そちらが、お話されていた妹君ですね」


「はい、我が妹をご紹介させていただきます」

 そう言って、妹さんを自分の前に誘導する。


「第三王女コーリエである」

 ハーシエルがコーリエの頭をぽんと叩く。

「コーリエです。よろしくお願いする」

 コーリエは、言い直してくれた。が、

 ハーシエルはコーリエの頭をぽんと叩く。

「よろしくお願いいたします」

 コーリエは、また言い直した。


「申し訳無い。 妹は、他者とあまり接触してこなかったので、この様な無作法になってしまった」


「いや、俺に礼儀なんていらないよ。それに、イオルも似たようなものだしね」


「わたしも、やればできるもん」

 コーリエは自分を擁護する。言い直しは、彼女の中では、できたことになるんだろうな。


「やれやれ、このような娘ですが助けてやっていただきたい。実際の指揮は親衛隊が行うのでお飾りだが」


 なるほど。あの時、ほとんど見てないってことはお飾りにすらなって無い様な。

「なるほど。 俺にできる範囲でなら、構わないですよ」

 とりあえず、社交辞令で返事を返した。


「ありがとうございます」

 ハーシエルはお礼を言うと、コーリエの頭をぽんと叩く。


「よ、よろしくお願いいたします」

 だが、なんか、面白そうな娘だな。めんどくさそうでもあるが……。


「では、そろそろ出立の時間ですので、準備できましたら城門前におこしください」

 ハーシエルはそう言ってコーリエを連れて部屋を出て行った。


「なんか女子ばかり関わってくるのはなぜじゃ」

 背中のイオルが疲れてため息をつく様に漏らした。


「お前も入れてな」


「ふむ……」

 なんか、今ちょっと喜んだ?……様に見えた。



 俺とイオルは、旅の準備をさっさと済ませ指示された城門前に出て来た。

 既に、すごい数の冒険者が集まっている。こいつらの統率はとれるのかと心配になるぐらいだ。

 俺が経験したときは、半分は兵隊だったし、その中に強そうなやつが何人か居た。だが、ここには兵士自体がほとんど見当たらない。衛生兵などは居るので、戦うのは冒険者任せということか。


 気にしてもしょうがないので、俺はまず、俺パーティを探しに動こうとした。ところが、イオルが動かない。昨日の記憶が蘇ったのだろう、確かに冒険者達のほとんどは昨日のやつらと区別がつかない雰囲気を醸し出しているし、イオルを見る彼らの視線は、同業者を見ているものでは無かった。

 イオルは、年齢もそうだが、装備は普通だがおろしたて、色白で筋肉も付いて無い体、そして美貌……とても冒険者には見えない。

 だから、俺パーティを探すのを後回しにして、今は、コーリエと合流することで彼らの目から少しでも遠ざけてやりたいと思った。

 俺パーティには、できれば俺が片目を失った五日目の戦い迄には近づきたい。あの時とは目的地が違うから、どの様な事態が発生するかは未知数だ。ふと、宿屋で風でスカートが……の記憶が頭をよぎる。同じ事件が起こる可能性は捨てきれないとごまかした。


 少しすると、城の方がざわつき始めた。


 コーリエが、数人の兵士を連れて出て来たのだ。 その兵士が、後で紹介される親衛隊、装備の艶やかさもあるが、とにかく美女ぞろいだ。 男たちが嬌声をあげる。

 ハーシエルも横に付いている。見送りだろう。いや、見守りか。

 だが、向こうの世界ではこの場にハーシエルは居なかった。昨日が初対面だし。まぁ、違う部分があるのも納得済みだ。


 コーリエは、用意してあった演壇に上る。

 あの時は、将軍的な立場のおっさんだった気がする。 コーリエは、横でへらへらしていただけだ。


「皆の者、よく聞け、私は、第三王女コーリエ、この遠征軍の指揮を取る。今回の遠征で……竜人族に勝つっ」

 コーリエは、最後の部分、拳を高く掲げて叫んだ。


「勝つ?」

 偉く単純な物言いだが、重い含みでもあるのか?

 と俺が思案を始めると、ハーシエルが壇上に上がり、妹のあたまをぽこっと叩く。

 そして、

「皆の者、一つだけ訂正しておく。

 指揮は親衛隊が取る。

 兵士が不足して居る現状、担当する各親衛隊を頼ってくれ。

 竜人族は、お前たちが来るのを知っている。道中も気を抜くな。

 なお、貴重品類は預かろう、希望者は横のテントへ。途中で逃げるかもしれない奴は自分で持って行け」


 この先、金を使う場所など無い、確かに預けておいた方が安全か。


 ハーシエルの言葉は続く。

「正規の兵士で無いお前たちに、この国の未来を預けてすまないが、健闘を祈っている」


 話が終わると、俺はコーリエの方に呼ばれた。そこには、コーリエ、ハーシエル、四人の女性と一人の男が居た。


「この者達は、コーリエの親衛隊だ。君たちも扱いは親衛隊となるので、一緒に進軍してくれ。だが行動に制限を付ける気はありませんので、自由にしてかまいません。 それと、馬車を用意したので使ってください」


「いろいろありがとう。 親衛隊の方々もよろしく。 あと、アナさんの件は?」

 親衛隊は、全員そろって、こいつ何者だ的に疑いの視線だった。まぁ、こちらも警戒していない訳では無い、王が俺をどう見たかは気になっている。


「こちらが、無理をお願いしておりますので遠慮は無用です。 アナゾニアス様は、馬車に先に乗っていただいています」


 その時、ハーシエルとの会話にコーリエが口を挟んだ。

「わたしの親衛隊という顔じゃ無……」

 途中で、ハーシエルに頭をぽこっと叩かれてその言葉は止まった。


「アナさんの件ありがとう。 顔のことは好きに言ってくれ、自覚有るから平気だ」

 兵士達の前に竜人を出すわけにもいかないだろうし、昨日関わった者であればなおさらだ。

 そして、顔の件は、まぁ、確かに男含め親衛隊五人はそうとうの美男美女だ、実力優先では無いのかもしれない。右端で少し下がりめに立つ黒髪のおかっぱの娘がちょっと好みなのは黙っておこう。 ……と、思いながら視線を向けていると、目が合った。むこうはすぐにそらす。警戒心が上がっただろうな。


「いえ、妹がご無礼の際には、いつでも放棄してください」

 ハーシエルは、俺に気を遣う、俺が王達を助けたことに恩を感じているのだろう。

 だが、恩義を感じてくれているのはありがたいが、周りがどう受け取っているかが気になる。

 どこの馬の骨ともわからんやつを王女とも言える立場の者がそういう扱いをしているのだ。内部には、それを良く思わない者がいるかもしれない。

 なので、とりあえず作り笑いをしておいた。やってから気持ち悪いから辞めようと思ったのを思い出した。


 そして、イオルは、やはりおとなしい。兵隊の中に居ても周りを気にしている。

 さっき、魔神石と話して思ったことは、イオルは、まさに箱入りで純真無垢なのだと。強がりな物言いは魔王という立場を保つために作った性格なのではないかと。

 その立場を失った今のイオルは、本当にか弱い。そして、それを昨夜本人が実感してしまった。

 あの後、ずっと俺に向けてくる言葉は、自分を認識してくれと聞こえる。無意識に自分を守って欲しいと言っているのだろうか。

 この討伐隊にも参加したくないはずなのに付いて来てくれるのはそういう事だ。

 俺にデレてるとかそういうものでは無く、今、俺しかいない事を俺も自覚すべきだろう。

 俺は、違う世界の俺という赤の他人と、自分と運命を共にすべき少女のどちらを優先すべきなのだろう。


 いや、答えは出ている。ただ、人の言葉に流されて動いてしまう、今の状況を作った俺が悪い。


 俺は、そんな中途半端な思いのまま出発した。


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