第6話 女に呼ばれると起きるのか
置いてけぼりにされたイオルに、怒られるのを覚悟して教えてもらった部屋に入る。
「ただいま」と申し訳無さを装って言ってみた。
守衛に聞いた通り、寝ている。
「こいつ、ずっと寝てた?」
傍らに居る蜥蜴に聞いてみた。ちゃんと来てくれたのだ。実は頼りにしているとは絶対に言わない。
「魔王様をこいつ呼ばわりか?」
「あ、いや、イオルさんは、寝てましたか?」
「わしが来た時は寝ておられた。そのまま起きておらん」
「ありがとう」
「おそらく魔神石が力を吸っている」
「なに?」
「通常であれば少しづつ吸収し蓄積するのだが、今は危機管理を優先している状態だろう。何かあったのだな?」
「すまない、魔神石が覚醒したらしい」
「そういうことか。 であれば、か弱く華奢な人間の体では、起きられないどころか意識が戻らないのも仕方無かろう」
昨夜、城に向かう時から眠そうに見えたのは、既にそういう状態だったのだろうと理解した。その表情から、夜も遅いから眠いのだと子供扱いしたことを思い出し、くすっと笑ってしまった。
俺は、イオルの寝ている枕の方に座って、しばらくその寝顔を眺めた。ふつうの人間の娘だとあらためて思う。可愛いが。
少しの時間眺めてから、蜥蜴に、相談も兼ねて起こった事の要点だけ手早く説明した。
「口封じかもしれんな」
蜥蜴が言う。
竜が竜人達を斧で殺した件についてだが、俺も同意だ。アナさんは魔族に操られている者が居ると言っていた。どこかに潜む魔族が、どれほどの数居るのかわからないが、表立っては滅んだことにしたいのかも知れない。
「それよりも、逃げた方が良いのではないのか、どうする?」
王達に正体をさらしてしまった。その件について、問われるなどの動きは今のところ特に無いが。
「そうだな、今のうちかもな」
「わかっておるな。魔王様を巻き込まぬ様にするのが重要だ」
「ああ、わかっている。 ただ、とりあえず、少し寝かせてくれ」
そう言って、ベッドの横の床に転がった。絨毯が敷いてあるので、十分すぎるくらい気持ちよく寝られそうだ。
少し前に日が昇って来ているのは分かっていた。結局、一晩中駆けずり回ってしまった。しかも、女性を助けるシーンは何度繰り返したことか、今の世の中どうなっているのか。
まぁ、そのおかげで、いろいろと情報は集められた。だからと言って、これからどうしたものか。
そして、今日は、討伐隊の出発する日なのだ。俺のパーティが気になる。なんとか近くに付いてサポートしたいなどと、うつらうつら考えていた。
その時、ドンドンと扉をたたく音。
「ビス殿、居られるか」
兵士の声がする。
(俺、起きないとだめかな? 正体の件の尋問かなぁ……ああ、ならば寝たふりでいいじゃないか)
そんなことを考えていると、イオルが目を覚ましてしまった様だ。
目をこすりながら、あたりを見回し、俺を見つけた。
そして、ベッドの横に座る様に俺を踏む。
「おい」
起きろと言ってくる。
「おい」
踏んでる足を前後させて俺をゆさゆさと動かす。
「おい」
ちょっと声が大きく、ゆさゆさの速度が上がる。
「おいおいおいおいおいおい」
小刻みな踏み踏みに変わった。
(蜥蜴さん、なんとかして~)
ドンドンと、扉をたたく音。
「ビス殿、居られるか」
また、兵士の声がする。
「貴様、うるさいぞ」
と俺を踏む足に力を込めて、扉に向かってどなる。
「し、失礼いたしました。ビス殿にお話をさせていただきたいとハーシエル様が申しております。お手数でございますが、お伝えください」
そう言って、兵士はその場に待機した様だ。
「ガーネットよ、ここはどこだ? こいつはどうして起きない?」
(もしかして、心配してくれてるのだろうか)
「今しがた戻ったばかりで、すぐに寝てございます」
(おい、そのまま言うんじゃない。話をした辺りは、はしょっていいが)
「なんだと、我を放置したままでか?」
足の重さが増えた気がする。
「作用でございます」
(後でおぼえてろよ~)
「どうして……」
小声でのつぶやきが聞こえた後、足の感触が消えた。
ベッドのきしむ音がした。毛布をかぶって、また横になったらしい。
罪悪感が五体を駆け巡る。
「魔王様、どうされましたか? まだ、回復されませぬか」
蜥蜴が聞く。
「そいつが起こすまで起きぬ」
「御意」
(まぁ、いいか、今は都合がいい、でも、罪悪感は消えない)
意識が遠のいて行く、昼前に起きれるかな、蜥蜴に目覚ましをお願いすればよかったと思ったあたりで眠りについた。
扉をたたく音、さっきの兵の時とは違って、トントンといった感じだ。
「ビス様、少しお時間をいただけないでしょうか?」
ハーシエルの声だ。声のトーンは、最初に会った時の様に凛々しい。
なんか、ベッドの方がごそごそした気がする。
どのくらい寝られたのだろう、意識は戻ってきた。
(起きるとするか)
体を起こして胡坐をかくと、
「女に呼ばれると起きるのか?」
かなり不機嫌な声でイオルが言う。
俺に起こされるまで起きないんじゃなかったかと、言おうかとも思ったが面倒くさくなりそうなので、普通に挨拶する。
「イオル、おはよう」
「ふん」
そう言って、床であぐらをかく俺の上に座ると、
「入れ」
と、勝手に扉に答えてくれた。
扉がゆっくりと開くと、ハーシエルが入って来ようとして止まった。
「失礼しました。 今、お時間大丈夫でございましょうか?」
あらためて問われた。
「これは置物と思ってください。 話は、ここで聞けますか?」
俺が応じると。イオルが立ち上がり、俺の後ろに回る。
「我は置物じゃ」
小声でつぶやき、背中をくっつける様に座り込んだ。
(なんでそんなに機嫌が悪いの~)
「こちらで構いません」
そう言って入ってきたハーシエルは、鎧を着ていなかった。替えを準備中なのだろう。
だが、鎧とは違い体の線のよく出る衣服は、とても似合っていて美しかった。
長い袖やスカートは、爪痕などの傷や痣を隠すためだろうか、先ほど起こった事実から想像すると、役目を果たすべく俺の前に赴いたこの人は、どこまでも気丈なのだと思った。
「その胸の大きな娘は誰じゃ」
背中から、聞き取れるぎりぎりの音量で聞かれた。どちらかと言うと独り言や愚痴に近いのかもしれない。
(ああ、なんか、やっぱりめんどくさくなってきた~)
「近衛隊のハーシエル様、何か御用でしょうか?」
イオルへの答えも付けて、よそよそし気に聞いた。
ハーシエルは、何か察してくれたのか、
「そちらのお嬢様をご紹介くださいますか」
と繋いでくれた。
「ああ、俺の連れでイオルという」
俺の正体がばれている以上、兄妹設定は捨てることにした。ここにきて髪と目の色は仇となってしまった。
「失礼いたしました。 イオル様には、お初にお目にかかります。 王国近衛部隊、隊長ハーシエルと申します。おみしりおきを」
「連れじゃない、妻だ」
妹と言われなくてよかった、意図してくれたわけでは無いだろうが……。
「それは、お前が勝手に、今はいいか……」
「ぶ~」
「仲がとても良いのですね」
ハーシエルに笑顔で肯定された。社交辞令だろうかもだけど。
「で、お話とは?」
もう、とっとと話を進めてくださいと願った。
「お疲れのところ、たいへん申し訳ないのですが……また、お力をお借りできないでしょうか」
言葉がすんなり繋がらなかったのは、本当に申し訳ないのだろう。
「話を、聞かせてください」
「我の話しも聞け」
また、聞き取れないくらい小さな声が背中から聞こえた。
そして、その声は聞こえていないであろうハーシエルが話始めた。
「エルフ族の隠れ里が知られてしまったかもしれません」
先ほどの申し訳なさそうな表情も、比較にできないほどに辛そうであった。
「どういうことでしょうか?」
「もう一隊、敵の潜入部隊がいたのです」
「え?」
「王の救出に兵が出払った後、手薄な城内を物色したのでしょう。隠れ里の場所を推測可能な物が、無くなっていました」
「アナさんは無事ですか?」
なにより先に、ついでの暗殺を危惧してしまった。
「はい、ご無事です。低層階は避けた様です。最低限の警備がおりますので」
「で、かもしれないと言うことは、直接記してあるわけでは無いんだ?」
話を戻す。
「無くなったのは、お母様の肖像画です。その背景がエルフ族の隠れ里なのです」
「おかあさま?」
今度は、そっちが気になってしまった。
「わたくしの母は、エルフなのです」
「待ってくれ、俺の知ってるエルフの話をしてもいいか? 違ってたら指摘してくれ」
「あ、はい、どうぞ」
「まず、エルフには、女しかいない。
子供を作るには人間の男が必要。
男が生まれると人間。
女が生まれるとエルフ。
です」
「その通りです。ですが、例外があるのです。かなり低い確率ですが人間の様なエルフの女性が生まれるのです」
「な……それがハーシエル様だと?」
その辺に居ても、見た目が人間なら、気付かれることも無いのか。
「はい」
「そして、人間の様なということは、見た目以外はエルフ?」
「はい」
「いや、見た目以外の違いは知らないが……あ、寿命か? それと、子供を産めば女の子はエルフ?」
「おそらく」
「エルフに匹敵する美しさとは思っていたが……あ、いや、まぁ」
素直な感想をつい口にしてしまったが、どう思われたか。それよりも背中の反応が気になってしまった。
「ありがとうございます」
さっきから、背中がごそごそとしている。気にしてやりたいが、気になることが増えた。
「肖像画が城にある理由は、もしかして王妃様か?」
ずっと思っていたハーシエルは王女かもという疑問をついぶつけてしまった。
「お察しの通りです」
当たった。
「ですが、母は、エルフ族の長であるため、隠れ里を出ることはありません」
背中の方がぴくっとした様な……。
「あなたは王女様?」
「いえ、エルフは寿命が長いですから、王家に混乱が起きます。 わたくしも、そう遠く無くエルフの里へ入る予定です」
ずけずけと聞いてしまったが、答えてくれた。
「そういうことか」
「お願いがございます」
「ああ、そうだった」
「わたしは、隠れ里の守りに向かいます。 本当は討伐軍の指揮をする予定でした。軍の指揮官たちは、これまでの戦闘で倒れ、近衛の私が務めることになっていたのです。
討伐軍は、代わりに妹が指揮官を務めます。 彼女を守っていただけないでしょうか?」
「妹さんも、エルフなのか?」
なぜかこれが気になる。
「いえ、第三王妃のお子になりますので」
女しか生まれなかったのか、これは第四、第五王妃も居そうだな。
「俺も迷ってたところなので、目的ができるなら、その方がいいか」
「優柔不断な男じゃ」
聞こえるかどうかわからない声が久々に聞こえた。もしかして、聞こえて無い言葉もあったかもしれないと、今気づいた。
「頼ってばかりで申し訳ございません」
「ああ、構わない。 言ったろ、俺はハーシエル様の味方だ」
背中の方から「貴様は、我だけの味方じゃ」と聞こえた気がした。
「ほんとうにありがとうございます」
さっきの嫌な記憶を呼び起こしてしまったか、ハーシエルはかすかに涙を浮かべていた。
あの竜、名前なんだっけ、どっちに来るだろうか、できれば知らない人間よりハーシエルを守りたいと思うが、エルフの里とやらの場所は教えてくれないよなぁ。
「それから、お引き受けいただいた後で恐縮ですが、報酬はあまりお出しできません。 言い訳ではございますが、今回の討伐軍に城の財産のほとんどを使っております」
「気にしないでいいよ。 ああそうだ、俺の秘密をばらさないでくれるならってことで。 王様にも、そう言ってくれるかな?」
「かしこまりました。 王は、既にあなたを信じておられますが……」
今はということだろう、竜人討伐が終われば、どうなるか……。
「意味の無い条件だったか、まぁいいや。 では、アナさんを連れて行ってもいいかな?」
いろいろ教えて欲しいことがある。道中に聞く時間もあるだろう。それ以上に、ここに居て今後どういう扱いを受けるか心配なのだ。兵達の竜人族への怒りは本物と感じた。
「アナゾニアス様の件、承りました。わたしの権限で通るかと思います」
「おいしいものが食べたい」
背中が追加の条件を出した。
「では、朝食をご用意いたします」
俺たちは、遅い朝食をいただいた後、少し寝た。
討伐隊は、昼過ぎに出発するのだ。ちなみに、イオルはふて寝の様だ。
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