第5話 竜の誘い


 暗い街を城に向かってイオルを背負ったまま走っていると、前方から数個のランタン、数名の兵士が向かって来るのが見えた。


 対峙したところで止まると、小隊長らしきものが言う。

「貴様、そこに居たか、城に同行願おう」

 強気な物言いは、俺が逃げた者というだけでなく、あまり詳細を知らないのだろう。 いや、出てくるときにちょっと暴れた感じだったし……それかな。

「今、向かってるところですよ。ハーシエル様と約束しましたし、竜人さんも置いてきちゃったし」

 だから、丁重に答えた。

「拘束しろ」

 だが、こちらの話は無視して、周りの兵士に指示を出す。

「拘束? 自ら行くと言ってるのにか?

 ちょっと待って、理由だけ教えて」

 おや、少し違うかもしれない。

「ある御方の誘拐容疑だ」

 兵士は、かなり怒りを含んで答えた。

「何? さっきそれ伝えに行ったのに……はっ」

 嫌な予感がした。今日何度目かの。


「わかったら、おとなしくしろっ」


「悪いけど、のんびり連れて行かれる場合じゃない。 先に行くから、あなた達も城に戻るといい」

 俺は、そう言葉を残して兵士達の手をすり抜けて全力で走りだす。

 背中では、イオルの寝息が聞こえていた。

「ちょっと揺れるけど、ごめんな」

 柔らかさと温かさを感じつつ、起こさない様な丁寧な走りはできないことを詫びた。

 結局、起きなかったが……。



 城門に付くと、直ぐに守衛にお願いする。

「覚えてると思うけど、さっき捕まってた者です。すぐにハーシエル様にとりついでください」


 だが、俺を見た守衛は大声で他の者を呼ぶだけだった。 やっぱりか。


「待て、急いでるんだ」

 聞いてもらえないだろうが。


「そこでおとなしくしていろ」


「おとなしくするから、急いでハーシエル様を呼んでくれ。あと、手出しするなら抵抗する。囲むのはいいが近づくな」


 それでも、集まってきた兵士に包囲された。その時。


「本当に戻って来たのですね」

 離れたところから、ハーシエル様の声が聞こえた。


「お~い、話がある」

 大声でハーシエルへ向かって叫ぶ。


 ハーシエルは近づきつつ兵士たちに下がる様に手で合図する。

「ついて来てください」

 兵が下がるのを確認したのか、俺に向かってそう声を掛けると城の方へ向かって歩き出した。


 また、鎧姿になっていた。肩の部分は修理したのだろう。

 後ろから歩くと、スカート部分が意外と短いことに気付き、次にロングブーツとの間に少しだけ見える生の太ももに目が行ってしまう。速足で歩いていることもあり、束ねられた長い金髪もゆらゆらと左右にゆれ、はっきりとボリュームが分かる。鎧を外すとスタイルもよかったのを思い出す。やっぱりこの人が王女様なのでは?とまた思った。


 城内に入り、少し奥に進んだところで、兵士が扉の前に立つ部屋についた。すぐにその兵士が扉を開ける。


「お入りください」

 ハーシエルは俺を中へ促す。


 中に入ると、そこは作戦会議室といったところか、あまり広くは無いが周りの壁に地図類が貼ってある。奥の壁に飾ってある肖像画は王様だろうか。そして、部屋の中央に長方形のテーブルがあり、椅子が囲んでいる。


 その椅子の一つを進められ、反対側にハーシエルが座る。

「すいません、手違いであなたも容疑者とされていた様です」


「それはいい、何があった?」


「先に。 背中のお嬢様は、お休みですか? 寝室をご用意させましょうか?」


「この部屋に寝かせられないか? 見える範囲に置いておきたい」


 ハーシエルは付いていた兵士に耳打ちする。


「準備させますので少し待っていただきたい。 ただ、時間が惜しいので話を始めさせていただきます」


「ああ、それでかまわない」


「王と王女が誘拐されました」

 ハーシエルが神妙な顔で言う。


「やはり……え、王様も?」


「そうです」


「なんてことだ。 ところで彼女は?」

 アナのことだ。


「申し訳無いのですが、地下牢に入っていただいています。扱いは悪くはしていません。ただ、容疑者の一人です」


「そういうことか」


 その時、扉がノックされた。


「入れ」

 ハーシエルが応じる。


 直ぐに兵士達が入ってきた。寝具らしきものを持っている。

 そのまま、空いている椅子をならべ、小さいがベッド風にしてくれた。

 イオルのサイズなら余裕で収まるだろう。


「ありがとうございます」

 お礼を言って、イオルを背中から降ろしそっと寝かせた。


「話を続けてください。 ただ、俺はさらって無いですよ」


「容疑者扱いは、あきらめていただきたい」


「やっぱり、そうでしょうね」


「だが、わたし個人は疑っていません。 だから話をさせていただくのです」


「では、こちらも信じましょう」


「わたしは、王女様だけでなく王を連れ去った事に疑問を抱いています」


「誘拐なら片方で良いと?」


「そうです。そして、その方法が異常なのです。 飛竜により上空から現われ、数人づつ二手に分かれ、部屋の守りを固めていた兵を倒していきました」


「ものすごい強行ですね」


「あなた達から忠告をいただいておりましたが、あったとしても深夜に侵入してくると思って油断していました」


「えと、結論からお願いしていいですか」


「そうですね。その前に聞ききますが、エルフ族は知っていますよね」


 どういう質問なのだろうと思ったが、エルフについては俺にも違和感があった。


「ええ、ただ、全く会ってないです」

 だから、少し答えに困った。


「エルフ族を、我が国はかくまっています」


「ほう」

 と答えてみたが、意味がいまいちわからない。やはり、俺の居た世界とは明らかに違っている。


「すまない、やっぱりわからない」


「あなたは、もしかして異国から来られたのでしょうか?」


「そんなところだ」


「今の竜人族との戦争はエルフ族が関係しているのです。あなたの理解は置いて話を進めます」


「はい、俺が希望したことです」


「エルフ族のかくまい先を、王から聞き出すため。その交渉材料に王女をさらった。最初は王女を誘拐し、交換条件とするつもりだったのでしょうが、アナさんが捕らえられたことで、情報が洩れ警備が固まると想定し、二人とも狙う両面の作戦を実行、想定外に両方成功したのではと」


「竜人はそんなに強いのか~」

 これも聞いたのとちょっと違うのか。魔族が負けたのならうなづけるか。


「そして、お二人をわざわざ自分たちの拠点まで連れて行く必要は無いと思います」


「まだ、近くに居ると?」


「そうです。 どこか、ある程度時間の稼げる場所で、王を尋問するでしょう」


「急げば助けられるのか?」


「今、城から出せる数十人の兵士を考えられる場所へ送っています。 そして、そろそろ、皆が報告に戻ってくる時間です。戻って来ない兵士が居れば。その者が向かった先が答えです」


「一人一か所ですか……戻らない兵は……」


「時間が無いのです。 それに見つけて見張っているだけと信じます」


「そうですね。 だけど、二人を救うために何人が犠牲になるのでしょう」


「王に何かあれば、戦局は悪い方に変わり、それ以上の被害が出ます」


「理解はできるが、納得したくないなぁ」


「だからこそ、あなたの力を借して欲しいのです」


 美しい瞳に見つめられ、武人らしからぬ細い指をした手がゆっくりと俺の手を握り、力がこもる。


「人の命を助けるために、俺の力が役に立つのであれば」

 けっして手を握られたからという訳では無い……ことも無いかも。この人は綺麗すぎる。


「ありがとうございます」


 竜人族であるアナは、人間を信じるからこそ命を危険にさらしてまでもここに来た。その望みを叶えることになると信じよう。

 とはいえ、俺にも優先すべき都合はある。

「だが、悪いが直ぐには出られない。一度、宿に戻ってから向かわせてくれないか?

 あと、この娘を預かっておいてくれ。 アナさんも、良い部屋へ移して欲しい」


「お任せください」


 宿で待っているであろう蜥蜴に事情を話しておく必要があった。そうすれば、イオルの傍へ来てくれるだろう。

「では、直ぐに宿へ戻ります。 行き先が決まれば、宿に知らせてください」


「承知いたしました。 では、この方を外まで誘導してください」

 ハーシエルは、俺の言葉を承認してくれるとともに近くの兵士に頼んでくれた。これで、余計な時間を取られず城外へ出られる。



 宿へ戻ると、蜥蜴が飛び掛かってきた。

 懐いたペットが嬉しそうに飛びついてくるのとは全然違う。怒っている、いや、イオルを心配しているのだ。こいつも置いてけぼりにされたのだから、よほどの思いだろう。


「魔王様は、魔王様はどうされた?」

 必死なのだろう。蜥蜴の表情は読めないが、俺に話しかけるほどに焦っている。


「寝てたから、そのまま城に置いて来た」


「城? いや、貴様、魔王様をお一人にしてはならぬだろ」


 寝てたお前は言えないだろと思ったが、言わなかった。やはり、心配させて申し訳無い方が上回る。


「イオルは城に居るから大丈夫だ。 だが、お前の言うようにやはり一人にはしておきたくない。 お前が行ってくれないか」


「貴様は、なぜ行かない?」


「俺は、人探しを手伝うことになった。 もうすぐ出かける。 それに、お前に行ってもらえると心強い」


「ふむ、良いだろう。 これは貸しにしておくとするぞ」


 なんで俺が借りを作ってるかわからない理屈だが、そんな事はどうでもいい。


「ある程度近づけば居場所はわかるんだよな?」

 城内の部屋の場所を紙に描きながら話していると、


「ビス殿はおられるか~」

 一階の方で声がした。お城からの伝令だろう。


 だが、今はもう深夜だ。受付がいなかったから大声をだしたのかもしれない。廊下が少しざわついた。他の宿泊客達が文句を言おうとして出て行き、兵隊と気付きすごすごと戻っていった様だ。

 この世界の俺が出てこなかったのは明日に備えて寝ているのだろう。


「俺は行ってくる。すまない」


 ついさっき、イオルを守ると言った傍から離れてしまった。しかし、この事件、放置してしまうとまずい予感がするのだ。特に、この世界の俺にとって。


「この馬鹿者め」


 蜥蜴に罵られながら、部屋を出る。一階に降りると、兵が待っていた。


「俺がビスです」


「早速だが、着いて来てくれ」


「いや、大体の場所か方向を教えてください」


「わかった。隊長よりお前の指示に従う様に言われている」

 そう言って、地図を出して説明してくれた。森の中を流れる川沿いだ。


「ありがとう、この地図は借りていきます」

 そう言って外に出て全力で走る。小さな建物等ある程度の障害物は、上ったり、飛び越えたりして進む。



 しばらく進むと、建物が無くなった。街の端だろう。地図を見て確認すると、ここから先には周辺を囲む森がある。 その森に躊躇せず飛び込み、これまでと変わらぬ速さで走る。


 走っていると、空気が少し変わった気がした。

 止まって周囲の様子を見渡す。

 特に何も見つけられなかったが、空気の違和感の理由が分かった。血臭が混ざっているのだ。川までの距離は正確には分からないが、そう遠くないだろう。目的地も近い。だから、風の流れてくる方へ警戒しつつ進む。


 次に声らしき音が微かに聞こえた。声の方に少し方向を変えて進むと、女性の苦鳴があがった。俺にはそれが誰の声か分かる。さっきまで言葉を交わしていた女性。ハーシエル様だ。


 急ぎたい心を押さえて慎重に進み、森を抜けるところで止まる。木々の隙間から覗き見る。川辺に大勢の王国の兵士が倒れている。この数の屍であれば、血臭も強いはずだ。


(酷いことを……)


 近くには、竜人達が数十人は見える。王国の兵士達と戦闘したにしては、竜人側に被害が見られないのが不思議だ。


 そして、目を疑いたかったのは、ハーシエルの姿だ。上下の鎧を外され、両手を竜人に支えられて立たされ、体を木の棒で打ち付けられた。取り囲む竜人達は、浮かれた感じで、ハーシエルの姿に汚い言葉をぶつけている。


 実際、竜人の男も初めて見るが、人間を一回り大きくした感じか。今日助けたアナさんは、女性だが小柄だったのか、性別で差が大きいのか、特に気にもならなかった。角は大きく、顔も竜の雰囲気が濃く出ていて、いかにも強そうだ。


 今、救いなのかはわからないが、先ほどの苦鳴が最初の一打で、その行為が始まったばかりの様なことだ。だが、尋問では無いのか? それとも、既に王から情報を聞きだしたのか。


 それにしても、間に合わなかった。俺は後悔していた。蜥蜴への報告などしなくても良かったのでは無いかと。 あの場に残れば、ハーシエルと一緒に向かえたのではと。

 俺は、自分の今の力について、かなり把握できたと思っている。だが、うぬぼれられないのだ。自分が率先して事に向かえないのだ。それが、結果として、選択を誤らせたり、遅らせたりした。いや、今は、余計な事を考えてはいられない。彼女を早く助けなければ。

 だが、王と王女が見当たらない。 少し先に大きめのテントが張ってあるのが見えた、その中だろうか。


 見える範囲に居る数十体の竜人に加え、テントの中にも数体はいるかもしれないが、倒すだけなら数は問題無い。

 その数が、どう動くかが不明だ。 これ以上の犠牲は出さない様にせねば。

 テントの方に回り込みたいが、あちらは風上となる。竜人をよく知らないが、鼻が利くならすぐにばれるだろう。だから、子供だましだが、大きめの石を拾って少し離れた森に投げた。木々や雑草が、がさごそと音を立ててくれた。

 数体がそちらへ向かうのと、ハーシエルに掛かっていた者達もそちらを向く。

「敵だ」と誰かが叫ぶ、他の者たちが集まって行くのが分かる。

俺は、飛び出して走り、すかさず距離を詰め、三体を弾き飛ばすと、ハーシエルを奪い取って腋に抱えテントまで走った。

 その勢いのままテントに飛びのる。テントはつぶれて、中に居た竜人が端から頭を出す。

 それをことごとく蹴飛ばしてから、テントを翻すと、中に拘束された王と王女が居た。本人に会った事も無いが肖像画で見た雰囲気とそれっぽい恰好なのだ。 


「王を頼みます」

 抱えていたハーシエルを降ろし、そう頼んだ。


 すっかり囲まれてしまったが、人質さえ居なければ問題無い。


「竜人の皆さん、俺が相手です」

 言いながらマントを外してハーシエルに渡す。大丈夫そうだ。マントを受けとる際に見せた表情は折れていなかった。


「お前、人族か?」

 竜人の一人に問われた。動きに疑問を持たれたか。


「ん~、そうだと思う」

 しまった、人族だとはっきり言った方がよかったな。王達に聞こえて、どう解釈されるか。


「人がたった一人で、我々竜人相手にどうする?」

 リーダーらしき者が強気を見せる。数の圧倒的有利もある。今、なすすべも無かった事は忘れたのかと思ったが、俺の気にすることでもない。だから、直ぐに動く事にした。


「みんな、伏せてっ」

 竜人の言葉など無視して叫ぶ。

 ハーシエルは、さすがに察しがよく、庇うようにして王達も伏せさせてくれる。


「炎よ」とつぶやき、右手を前にかざし、横方向にくるりと一回りする。取り囲んでいた竜人達がことごとく燃え上がる。

 しかし、炎耐性があるのか、簡単に灰になってはくれ無いらしい。

 いや、イオルを助けた時も、威力が弱くなってた気がした。そういえば杖に内封されていた精神的エネルギーとやらが無いからか。師匠のすごさにあらためて感動する。


 だから、燃えながらよろよろとしているところを、殴り飛ばして回った。


 敵が全て動けない事を確認してから、

「逃げますよ」

 三人にそう声を掛けると、まだ縛られたままの王と王女を両脇に抱え、森に向かって走り出す。


 ある程度走ったところで、前方に何か見えた。


「あぁ」

 苦鳴の様にハーシエルが声を漏らした。


「あれは?」

 何か知っていそうなハーシエルに聞いて見たが、そちらを見つめたままで返事は無い。

 だが、その表情から敵だという事は十分に分かった。


 敵が止まった。 それは、ひときわ大きな竜人だろうか、いや竜と言ってもよさそうな化け物だった。

 その竜より少し離れた後方から数体の竜人も走ってくる。五体か。


 捜索隊は、河原で全滅したのでは無かった。増援を呼びに向かったのかもしれないが、場を離れた者達がおり、それを追撃した竜人達が戻ってきたのだ。

 そして、先ほど疑問に思った尋問をしていなかった件がわかった、こいつの帰りを待っていたのだ。 だから、それまでの暇つぶしにハーシエルをいたぶっていたのだろう。


 こんなのが加わっていたら、尋問されていたら、どうなっていたことか。いや、ハーシエルは、それでも、王の代わりに打たれていただろうと思わせる。そんな人に、さらに強いるしか無いことが悔しい。


「しばらく、持ちこたえてくれ。安物ですまないが」

 そう言って、腰に差していた剣をハーシエルに渡す。


 この竜はやばそうだと思った。だから俺が対峙する。 すると、残った他の竜人は王達に向かうだろう。 だが、直ぐには手が回りそうに思えない。

 そして、竜を見つめるハーシエルの表情は、先ほどまでとは違い、怯えに変わっていた。体も震えている。受け取った剣も構えていない。


 討伐隊の死体はそこに居た竜人の数倍あった。人と竜人の個体的差はあるだろうが、総戦力では上回っていたのではないか。それでも、竜人に被害の無い状況を疑問に思っていた。そう、戦力差を埋めてあまりある力の持ち主が、今、目の前に現れた竜なのだろう。


「あいつは、なんとかする」

 もう一度声を掛ける。


「すまない、頼ってしまって」

 ハーシエルは、受け取った剣をようやく構え、気合を入れなおし怯えの表情を消した。その気丈さには尊敬しかない。


「今は、気にしないで」


 そんな、こちらの動きを待っていたわけでは無いだろうが、竜が口を開いた。

「お主、先ほどは見かけなかったな?」


 言葉を掛けられるとは思わなかった。


「お前は竜人なのか?」

 問いには答えず。こちらも、答えの予想できる疑問を返す。


「問うたのは、わしが先だが、あえて答えてやろう。 俺はただの竜人だとな」


「話が通じるのなら、交渉はできないか?」


「この状況で交渉とかぬかすのは、馬鹿か」


「この状況に関わって後悔するくらい馬鹿だと思うよ」


「そうか、では、はじめよう」


「斧は使わないのか?」


「人間が素手なのにか? 良い笑いものだ」


 背中に巨大な斧を背負っているのに、いつまでも抜かないので不思議に思っていた。そういうことか。


「わかった。 では、気にするのはやめよう」


「かかれ。 その女は、わしが後で使う、あまり壊すなよ」

 嫌な言葉を伴った掛け声を合図に、にじりよっていた竜人達が、王の方へ向かう。

 そして目の前の竜が俺に向かってくる。速い。他の竜人を置き去りに戻って来たのを見て、多少は想定していたが、大柄な体が驚愕の速さで迫る。


 向かい合ったところで、お互いに数発殴りあった。そこで、いったん距離を取った。

 竜の鎧の右胸あたりに少し血が付いていた。離れ際の一撃は魔法で氷のとげを拳に付けて見たのだ。


 だが、竜の拳は重い、皮膚が固い、倒されるとは思わないが、倒せる気がしない。先ほど相手にした竜人達に比べると明らかに飛びぬけた強さだ。ふと、魔族の力が関わっているのかもしれないと思った。


 ちらりと、ハーシエルの方に目をやると、既に竜人に抑え込まれていた。また、辛い思いをさせてしまっている。王と王女は、拘束されたまま、それを見せつけられている。

 そもそも、人間がそれなりに強い程度で竜人相手は無理なのかもしれない、まして五体も相手では。こいつをなるべく早く倒して向かうつもりだった。浅はかだった。この世界は、俺の居た世界とは違うのだ。知らない強いやつがいるのだと理解した。


「あきらめた」


「お主、人にしては中々の強さだと思うが、力の差でも分かったか?」


「いや、差はまだわからないが、時間が無い」

 ハーシエルの方を見る。竜人達の成すがままとなっている。がんばってくれと心で願った。


 今回は、魔神石の力は充てにできない、となれば思いつく方法は一つ。

(変身を解くイメージをする……すぐできる様に今度練習しておこう)

 俺の姿は、魔族に……今の本来の姿に戻った。


「なっ」

 竜が驚きの声を上げる。


 直ぐにその顔面に一撃入れて吹き飛ばしてから、ハーシエルを襲う竜人達に向かう。

 一瞬で近づき、蹴散らす。

 だが、助けたはずのハーシエルも王も王女も、それまで以上の恐怖の目を俺に向けていた。

 その表情を見て俺の動きは止まる。やはり、まずかったか……。


「おい」

 なぜか、竜が起き上がりながら声をかけてきた。


「お主、魔族か?」


 続けて問われたが、俺は答えずに振り向く。


 すると、

「お前達こっちへ来い」

 竜人達へ命令する。竜人達は、慌てる様に起き上がり竜の元へ集まる。

 竜は背中の巨大な斧を手に取る。

 俺が魔族と知って使う気になったのか。


 しかし、その巨大な斧は突風の様な音と風圧を伴って横なぎに振られ、集合した竜人達を上下に切断しながら吹き飛ばした。


 そして、

「おい」

 何事も無かった様に、また、俺を呼ぶ。

「わしは、帰る。お主も来い」

 何を言い出した。

「まぁいい。 その女は惜しいが、お主にくれてやる。 わしは、ガラダエグザ。 いずれ、また会おう」

 そう言って、斧を背中に戻すと、俺の横を通って森の奥へ消えていった。


 あきらかに俺の魔族の姿を見て態度が豹変した。なぜなのか聞きたい。だけど、今は、三人を無事に連れ帰るのが先だ。

 俺はすぐに姿を人間に戻した。

 それで何か変わる訳でも無いだろうが、恐怖の目で見つめる三人に向かう。


 王と王女の拘束を解き。

「お待たせして申し訳ありません」

 と、詫びを入れてみた。


「お前は……味方なのか?」

 警戒しつつ、王が聞く。


「ハーシエルさんの味方です」

 俺のイメージではハーシエル『様』だが、王に向かっては使いにくい。

 言いながら、ハーシエルの方を見ると、王女が自分のマントを掛け、抱きついて泣きじゃくっていた。


 王女も、張り詰めていたのだろう。


「わたくしが、その方にご助力をお願いいたしました」

 ハーシエルは、辛い状態だろうが答えてくれた。


 見上げると、空が少し青くなってきた、もう少しすれば夜もあけるだろう。


「今は信じていただけると助かります。 あと、少しだけ移動しましょうか」

 竜人の凄惨な死体の転がるこの場所には、あまり居たくないだろう。


「そうしよう」

 王は、それなりの歳の様だが、率先して立ち上がってくれた。恐怖の表情も消えている。いや、消しているのだろう。


 俺は、ハーシエルの方に近づき、お姫様だっこで持ち上げ、歩き出す。

「わたしは大丈夫だ」

 と、嫌がられたが、無視して進む。実際、その肌には、多くのダメージの後が見えた。

 王と王女も直ぐに着いて来てくれた。


 そして、少し移動と言ったが、途中には先ほど追撃された者達の死体が間隔を空けて転がっており、結局、歩き続けて森を抜けてしまった。

 王と王女も疲れが見える。ハーシエルは力尽きたのか、腕の中で気を失っていた。

 夜明けは近いが、街の傍に来ても、まだ人の気配も無い。誰か居ればお城に知らせてもらえるのだが。

 そのまま、王達の歩く速さに合わせて建物の塀にそって進む。ここまでくれば、死体も無いので休憩もできるだろう。


「大丈夫ですか? 少し休みましょう」


「ここまで来たら、城まで頑張ります」

 王に肩を貸して歩く王女が答える。


「王女よ、ここからは一人で歩こう」

 王も頑張るとのこと。


「わかりました」

 王女も応じる。


 しばらく進むと、建物の切れ間に道があった。そこから街に入り、そのまま城まで歩いた。

 城の前に着くと、王様の計らいもあり守衛にあとは任せ、イオルの居場所を確認して急いで向かった。

 部屋を移しても、イオルはぐっすりと寝ていたらしい。

 それでも、逸る気持ちは、王のもとに集まる兵士達の流れを変える勢いで進ませる。


「まだ、寝ててくれよう」

 芯から願った。だが、なぜだろう、彼女の顔を早く見たかった。


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